第88話『後2日、危険物かい』

 まだ口の中が臭い気がする。

 軍資金は使い切ってしまったはずなのに、いつの間にか財布の中には五百円玉が十枚ほど増えていた。ゲンジが賢者スキルで転送してくれたのだろう。


「軍資金が多すぎるって文句言ったけど、正直助かった」


 後でお礼を言っておかないと。

 お手洗いからでて、すぐ近くの自動販売機で水を買って一気飲みしてようやく一息つけた。ヒカリとヨシカはまだ帰ってきていないので、二人の分の水も買っておく。


「お待たせサトルくん」

「お待たせして申し訳ありません」


 待つこと五分ほど、戻ってきた二人に水を差しだした。


「ありがとう助かった」

「申し訳ありません、わたくしが変な物に興味をもったばっかりに」

「気にしないでいいよ、こんなことも後になれば笑い話になるんだから」


 共通の想い出、三人が集まってキャラメルを見たら絶対に今日のことを思い出す。記憶が残っていれば何年先でも、それほどインパクトが強かった。


「わたくし今日のことは絶対に忘れません」

「忘れたくても忘れられそうにないよね、それで、最後の一個はどうしよっか」

「俺も考えていたんだけど、二階で四人が対戦してるんだよな、そこに持っていこう」

「サトルくん、もしかして」

「思い出はみんなで共有しようぜ」


 俺たちが二階にやってくると、四人はレーシングゲームに夢中であった。


「ゲームでは僕に勝てるわけがありません、ありえないのです!」

「たとえゲームだろうが、タイヤ転がす勝負で俺が負けるわけないだろ」

「勝敗は四回勝負の合計、一着を一回取るよりも、二着を四回取った方がポイントは高い」


 男たちは白熱していた。

 一回の勝敗ではなく、ポイント制で勝負をしているのか。


 平日で人が少ない時間帯、並んでいる人たちもいないからできる遊び方。


「あ、近道見つけちゃった」

「またなのですか? この僕でさえ知らない道をポンポンと見つけないで欲しいのです。それは絶対にバグなのです!」


 最下位だったサリの車が一位のレンサクの前にいきなり現れた。


「ちょっと、そこはどいて欲しいのです!!」


 レンサクの悲鳴、スピードに乗っていたレンサクの車が、サリの車の後ろから突っ込んだ。避けられずに体当たり、リアルなら大事故だけどこれはゲーム、車は大破することなく、後ろからぶつけられたサリは加速して後続との差を広げ、レンサクは衝撃でスピン。


「何をしているバカ者が!」


 そのスピンにケンジを巻き込んで二台は完全に止まってしまった。

 タンガは間をすり抜けサリを追いかけるが、差が開きすぎていて捕まえることができず。サリがそのまま勝利した。


「これで一位を二回とったから、あれ、もしかしてあたしが優勝じゃない、やったー」

「ありえないのです。コースを把握しつくしている僕が負けるなんて」

「はん、何がコースを把握しつくしているだ、サリの近道は知らなかったんだろ」

「あれは絶対にバグなのです。コースを半分以上ショートカットする近道なんて、バランスブレイクどころではありません。この現象をレポートにまとめて開発会社に送り付けてやるのです!!」


 レンサクの持論。ゲーム開発には途方もない時間と労力をかけているので、ゲーム開発関係者にはもれなくリスペクトをして、バグを見つけても、クレームをつけるのではなく、起きた現象を事細かく報告して改善してもらうべきなのだそうだ。それが好きなゲームならなおさらとのこと。


 ゲームのできない異世界に飛ばされていた間、ゲームができないストレスがとてつもなかったらしく、こちらに帰ってきてからはゲーム開発者へのリスペクトが強化されている。


「点数を合計すると、最後のレースで最下位だったレンサクがトータルでも最下位だな」

「そんな、ありえません」


 かなりの衝撃だったようだ。レンサクの後ろに衝撃の雷鳴が見えた気がする。


「もう一度勝負なのです。先ほどのバグも把握しました。それが最初から分かっていれば負けるわけがないのです」

「でも、負けは負けだよ、最下位人は何か罰ゲームするって決めてたじゃん、罰ゲームの内容は優勝者が決める権利付きで、レンサッチにはまず罰ゲームを受けてもらわないとね」


 サリさんがとてもいい笑顔でレンサクを見下しています。

 いつもはレンサクがやっている行為だ、ここぞとばかりにやり返してる。思い返せばサリがゲームでレンサクに勝つのは初めてかもしれない。


「それならサリ、ここにちょうどいい物があるぞ」


 俺はヨシカの結界に守られている最後の真イカ焼き風味キャラメルを取り出してみせる。


「うわ、なにそれ、どうしてヨシカの結界で守られてるの、意味わからないんだけど」

「一言、罰ゲームにぴったりの品とだけ言っておこう」

「そうなの、それじゃはい、レンサク」


 結界を壊さないように丁寧に渡す。


「匂いは嗅がない方がいいぞ、一気に口に放りこめ」

「なんですか、この美味しさを一切感じさせない名前は、食べたくないのですが」

「ほう、ゲームの伝道者が自分で言い出した罰ゲームができないと」

「まあ無理することないぜ、たかがゲームの勝敗じゃないか」

「たかがとは何事ですか、僕はゲームにはいつでも命懸けなのです。見ているのです。これくらい僕がゲームに掛ける情熱の前には普通の駄菓子と変わりません」


 結界を解いて包をあけると、レンサクは投げ込むように口へ入れた。そして一噛み……。


 レンサクの動きが止まった、かと思ったら無言でトイレにダッシュした。


「やっぱりトイレにダッシュするよな、これでようやく危険物が処理できたぜ」

「そのことなんだけどサム、大変なことが起きた」


 今まで姿を消していたホカゲがサトルの背後から現れた。


「どうしたんだ」

「クレーンゲームが楽しかった。熱中できた。そしたらこれが取れた」


 とてつもなく嫌な予感がする。みたくないと直感が警報を鳴らす中、恐る恐る、ホカゲが手に持っているモノを見たら。


 そこには『真イカ焼き風味キャラメル改』と書かれた危険物が存在していた。


 俺は無言で影縄を伸ばすと、影の中に引きずりこんで見なかったことにする。また一つ、俺の影の中に危険物が増えるのであった。

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