第87話『後2日、ヤッてしまった』
「最初から勝負するつもりもなかったけど、俺の勝ちだな、先に二種類のぬいぐるみを手に入れた方が勝利なんだから」
「汚いぞテメェ、どんなズルをした」
ズルも何も明確なルールなど決めていなかったし、そもそも賭けに乗る気もなかった。負けたらデメリットが大きく、勝ってもメリットが一切ない勝負など承認するわけがない。
ぬいぐるみを手に入れた方法は、ここの店の店長は知り合いで、昔母さんに誕生日プレゼントをユーホーキャッチャーの景品にしようと考えた小学生の時、お小遣いを使い果たしても取れなくて悔しがっていたら、中の人形を一つプレゼントしてくれたのがここの店長だ。
今回は事情を説明したら、ぬいぐるみ一個を五百円で交換してくれた。
ちなみに店長はスマホを片手にどこかに電話を掛けながら、こちらをチラチラと見ている。
「おい、まずいぞ」
「くそ、せっかくいい女と遊べると思ったのに」
店長の動作は、心にやましいことがあれば警察に通報しているように見えただろう。
三人のヤンキーたちは、そそくさとゲーセンから出て行った。
「暴力ざたにならなくてよかった」
「店長のおかげだね」
俺は店長に頭を下げると、ヒカリとヨシカも一緒に下げてくれた。
店長は笑って電源の入っていないスマホを振ると業務へと戻っていった。やっぱり電話をかけるフリだったのか。
「いい人ですね」
「あの人の店だから安心して遊べるんだ、ここは」
目的のぬいぐるみをゲットできたしタンガたちと合流しようと、二階に足を向けたら。
「あの、サトルさん、すみません。もう一つとても気になるモノを見つけてしまったのですが」
ヨシカがお菓子すくいゲームの前で足を止めた。
このゲームはレーンの上を台が前後に動き、クレーンですくったお菓子を押し出しゲットするもの。
「この景品は本当に食べられるお菓子なのですか」
「そうだよ、コンビニに売っているモノと同じだろ」
「大体はそうなのですが、あれは見たことも聞いたこともありません」
高く積まれたお菓子タワー、その上に鎮座していたのは『真イカ焼き風味キャラメル』とパッケージに書かれた四角い箱のお菓子であった。
噂でタコやき風味キャラメルは聞いたことがあるが、真イカ焼きは聞いたこともない。そもそも真ってなんだ、どうやって企画会議にOKを貰った。誰も作る時に止めなかったのかと、どうでもいいことを考えさせられる程度には衝撃を受けた。
「食べてみたいのか」
「その、怖いモノ見たさと申しますか、美味しそうには感じませんが、どんな味なのかは無性に気になってしまい」
「遠慮することないんじゃないか、ここにはゲームで遊ぶためにきたんだから」
ここは俺がとってやると言いたいが、さっきの騒動で軍資金を全て使い切ってしまった。
「わかりました。今度はわたくしが挑戦してみます」
流れるお菓子をシャベル型のクレーンですくって動く台の上に落とす、押されたお菓子が、ほんの少しだけお菓子タワーを動かしたが、高く積まれたお菓子タワー、重量もそれなりで数センチ動いたかどうかだ。
「なるほど、これは見た目よりも難しいですね」
「ヨシカ、これ使って」
「ありがとうございますヒカリさん」
ヨシカが本気モードになった。
ヒカリが差し出したゴムを借りて長い髪をポニーテールにすると、再びプレイ。
そこまで気合を入れるか、凛々しい表情とポニーテールにしたので覗けるようになったうなじがとても艶めかしい色香を発している。
「いきます」
「頑張れヨシカ」
「はい!」
今度は大量のお菓子を救い上げることに成功した。
動く台に流し込こまれた菓子たちがタワーの下部を押して全体が傾く。
「おしー、あとちょっと」
「コツはわかりました。後三回でタワーを崩壊させます」
いったいどんな計算をしたら三回って答えを導き出せるのか、ヨシカはこれが初体験なのに、俺は数回はやったことがあるけど、ぜんぜんわからない。
でもヨシカが宣言したのだから三回で崩壊するだろう。
俺は備え付けのビニール袋を取り広げて崩壊に備えた。
そして宣言通りに崩壊するお菓子タワー、魔力は感じないので魔法は使っていない、正当な方法で成功させた。受け取り口には大量のお菓子が流れ落ちてくる。
「これを使ってくれ」
「まあ、準備がいいですね、ありがとうございます」
ものすごく集中していたようで、俺が袋を用意していたことにも気が付いていなかった。
袋は一つでは足りず。出てきたお菓子を全部つめこんだら、なんと三袋分になっていた。真イカ焼きキャラメル以外は普通のお菓子なのが救いだな。
「どうしましょう。こんなに食べきれるでしょうか」
「部室にご自由にどうぞって置いておけば、すぐに無くなると思うぞ」
タンガは大食いだし、レンサクは甘いものが大好物だ。サリなどもタダなら大量に持ち帰るだろう。
「そうですね、そうします。では目的の真イカ焼き風味キャラメルを」
ヨシカがパッケージを開けると、鼻を突く匂いが漏れてきた。たまらずヨシカが結界を使って空気も通さないように包み込む。
なんだろう。腐った化学薬品のような匂いがしたと例えればいいのか、今までに嗅いだことのない激臭だった。
「わたくしが開けましたので、責任はわたくしが取ります」
キャラメルの箱は、大粒の四個入り。
これをヨシカ一人に処理させるわけにはいかないだろう。
「待ったヨシカ、俺も協力する。半分は俺にくれ」
「ですが」
「ヨシカにはいつも美味しいお弁当をご馳走になっているんだ。このくらい恩返しをさせてくれ」
「すみません、ありがとうございます」
「サトルくんだけカッコつけてる。私も協力するよ、一人だけ仲間外れはいやだから」
俺たち三人は意を決して一粒ずつ口に放り込んだ。
一噛みするだけで、口内から鼻に伝わる激臭、覚悟しても耐えられなかった。俺たちは無言で歩き出し、ちょっとお手洗いに移動した。
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