第82話『魔法使いのサリⅡ』

 サリを中心に噴火したかと錯覚するほどの熱気が広がり、地面がマグマのように赤く染まりドロドロになる。自分の魔法の熱には耐えられるサリだが、焼けた地面、マグマの海からの熱は耐えられない。


 数秒で体力は奪いさられ、足の力が抜けてしまったサリがマグマの中に倒れ込みかけたが、力強い腕によって抱きかかえられる。


「まだ、魔力は残っているんだろ、しっかりしろ魔力で体を守れ!」


 全員逃げて誰もいないはずなのに、頭上から降ってくる男性の叱責。

 口には熱のせいで温められた温い液体が流し込まれる。


「ゴホッ」

「飲んでくれ、回復ポーションだ」


 ふらふらだった足に力が戻る。

 言われた通りに魔力で体をガードすればマグマの海の中心にいても何とか耐えられた。足元にはかろうじて地面だった岩場が残っているが、三百六十度、余すことなく、まさにマグマの海。ここは真っ赤な海に浮かぶ絶海の孤島。


 それでも魔物たちはサリたちを見逃す気は無いようで、マグマの海の向こうからこちらの様子を伺っている。


「マグマを渡れるような強力な魔物がいなくて助かった。あのレベルの魔物ならギリギリ抑えられるか、スキル影縄」


 対岸にいる魔物たちが足元から伸びた影の縄によって拘束される。


「背中に掴まってくれ!」

「どうするつもり」

「説明している時間はない、早く!!」


 急かされてサリは言われた通りに背中に掴まる。


「絶対に放すなよ!」


 どうするのかと思ったら、なんと男性はマグマの中を走った。


「ウソ――」


 嘘でしょ、と叫びたかったサリだがマグマの熱で喉に痛みが走り、叫ぶことは出来なかった。いったいどうやってマグマの海を走っているのか、膝下までは完全にマグマに飲み込まれている。一瞬で焼け落ちてもおかしくないのに。


 地上の魔物は縛り付けられているが、空には飛べる魔物が旋回している。

 攻撃を受けずに逃げるには、マグマを突っ切るしかないのだが、例え思いついたとしても実行しない行動を男性は取った。


 レベルが上がり強靭になった体と防御力を高める魔法があって初めて実行できる荒業。


 もう少しでマグマの海を抜ける。

 だが向かう先には空を飛べる魔物が先回りしている。両手はサリを背負い塞がれていたので、男性はマグマを足ですくいあげるように蹴り、魔物にマグマを浴びせた。


 慌てて飛び退く魔物たち、サリと男性はマグマを渡りきることに成功した。

 しかしその代償は安くは無い。

 マグマに足を突っ込み無事なわけがなかった。

 男性の足は、目覆いたくなるほどの大火傷をおっていたのだから。


「急いで手当てを」

「そんな余裕はない、逃げるぞ」


 影の縄で拘束されていた魔物たちがいつ抜け出してくるかわからないのだ。


 男性はサリを抱える。

 動かなくなった足でどうやって逃げるのか、男性は腕から影の縄を伸ばして枝に巻きつけると、某サルに育てられた映画の主人公のように振り子の原理で強引に空中機動をおこなった。振り子が最大に降られたら、また新しい影を伸ばして枝から枝へと移動する。


「ここまでくればって、勘弁してくれ」


 後ろの魔物を振り切ったと思った矢先、前方から別の魔物の集団が姿を現した。


「あたしだってただのお荷物じゃないんだぞ!」


 火炎魔法では無く、次に得意な風魔法を魔物の集団に打ち込む。


「真帆津さん、少しだけ時間をかせいでくれ」

「了解だよって、真帆津さん」


 再び魔物の集団に風魔法を撃ち込んで時間稼ぎを了承したところでサリは疑問を持った。自分は一度も名前を名乗っていない。名乗る余裕などなかったのに、どうしてこの男性は自分の名前を知っているんだ。


「もしかして、クラスメート」


 魔物の集団がいるので視線を男性に向けるわけにはいかない。


「まあ気が付かなくても、しょうがないかな。同じクラスの夷塚悟だ」

「いつかさとる?」


 名前に聞き覚えが無かったサリ、新しいクラスになってまだ二週間、だいたいのクラスメートは覚えたと思っていたサリだが、覚え漏れがあったようだ。


「あはは、クラスで目立つ方じゃなかったから仕方がないよ」


 名前を聞いても思い出せなかったことを悟られた。


「顔を見れば思い出すはずだから、あとでちゃんと顔を見せてよ」

「それじゃ、どうにかしてここを切り抜けないとな」


 夷塚悟は照明弾を打ち上げた。

 すると、返事をすように別の場所から照明弾が打ち上げられる。


「さすがだ、思ったよりも近くにいてくれた」

「近く?」

「救援がすぐ近くまできている。あと三分くらい」

「三分だね、だったら残りの魔力を全部使い切る」


 サリは両手に風の魔力をかき集め、自分と夷塚悟のまわりを囲うように竜巻を発生させた。


「無理やりだけど、結界魔法の代り、全力でやったから三分は持つと思う」


 魔力を使い果たしたサリは座り込み、この時初めて夷塚悟の顔を正面から見ることができた。今までは背負われたり、抱えられたりしていたからである。


「君が夷塚悟くんか」

「そうだよ、真帆津紗里さん」


 確かに見覚えのある顔であった。

 クラスの隅でだいたい一人でいる物静かな男子生徒、記憶に残っていた印象はそれだけであったが、今は違う。


 見捨てられたサリをただ一人、助けに来てくれた人。

 マグマの海を渡った両足は真っ黒に焦げ、原型を留めていることさえ奇跡に思えた。そんな状況であるにも関わらず。彼はサリを責めることは一切しなかった。


「ごめん、ポーションも使い切っちゃったから、その、足の手当ても……」

「このくらいなら大丈夫、俺たちの仲間には優秀な聖女さまがいるからな、この程度なら完治できると思う。問題はその後の説教の方が怖い、影抜けを使えたらよかったんだけど、真帆津さんの魔法抵抗が強すぎて、一緒に影に入ることができなかったんだよな、ヨシカには見つけ次第影抜けで離脱するって説明して単独行動の許可をもらっていたから――」


 何故か救援がきていると確信できる戦闘音が近くなるにしたがって、夷塚悟の顔色が青くなっていく。


「あの、真帆津さん、一つだけお願いがあるのですが」

「なに、街に戻ったらデートに誘ってくれるの」

「いやそんなことではなく」

「そんなことって酷い、あたしはこれでもクラスで人気があったんだぞ、岸野さんや青磁さんの次くらいには」


 足の償いのため、精一杯の勇気をだしたサリの告白が、そんなことで流されればサリとてショックをうける。だが、そのショックを吹き飛ばすほどの展開が巻き起こった。


 今しがた名前を出した二人が魔物の集団に突っ込んできたから。


「サトルくん、大丈夫!」


 サリたちの一番近くにいた魔物が光の剣を持った岸野陽花里に斬り飛ばされ。


「サトルさん、ご無事ですか!」


 クラスメートなら誰でも知っている後衛のエキスパート聖女のジョブを持つ青磁芳香が、真っ白な鹿に乗って魔物を轢き飛ばした。後衛じゃなかったの、盾を持ったおそらくタンクの男子が必死で後ろから追いかけてきてるけど。


 その後は金築錬作製の転移アイテムで離脱して事なきを得たが、夷塚悟の両足は聖女芳香の力で完治はできたが、痛々しい火傷の跡は残ってしまった。


 サリは自分を見捨てた仲間たちとは、もう行動をともにはできず。流れで夷塚悟のパーティーに合流したけど、足の火傷の負い目から溶け込むのに少し時間が必要だった。






 歯ごたえのあるイカを噛みしめ昔のことを思い出していたサリ。わさびが効いていて鼻がツンとする。


「人の手をかえさず全てを自動でやるのか、なかなかに面白い」

 すしの味ではなくシステムを楽しむケンジが、大量に注文したすしが目の前に並べられる。

「やや頼みすぎたか」

「テメェ、食える分だけ注文しろよな」

「すまない、面白かったのでな、キャンセルはできないのか」

「できるわけないだろ」

「もう食べられないのです」


 ケンジの大量注文に自分の注文をやめたタンガとレンサクが消費を手伝っていたが、小食のレンサクが早くもギブアップする。


「しかたがないなレンサク、サトルと席を替わってもらえ、あいつにも食べるのを手伝ってもらうぞ」

「ちょっとケンジッチ」

「もう、吹っ切れているのだろ、だったら壁を作るな、時間が経つと壁が増築されて余計に話しづらくなるぞ」

「もう、ありがとね」

「気にするな、仲間だろ」

「恰好を付けるのもいいが、お前も食べる方に口を動かせ」


 ケンジの計らいで、大量のすしを食べきるころには、いつものサトルとサリの関係に戻っていた。

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