第77話『後5日、タンガのバイト先』

「それで、サトルくんとヨシカがデュエットしたの」

「はい、最高に幸福な時間でした。カラオケとはとても素晴らしいモノなのですね」

「カラオケでここまで感動する人初めて見た」


 二時間ほどカラオケで歌った後、ダンジョンを改修していたヒカリとタンガが合流して八人でラーメン屋にやってきた。ケンジの希望である赤いカウンターのあるラーメン屋だ。


 カウンター席十席に四人用のテーブル席が二つの昔ながらのラーメン屋。

 男性陣がカウンターに座り、その近くにのテーブル席に女性陣が座った。全員が注文を頼み、待っている間にヨシカがカラオケの感想をヒカリに伝えている。


「ヨシカッチ、歌うまかったよね。カラオケ初めてだったんでしょ」

「外のカラオケは初めてでしたね」

「外の?」

「家に音楽ホールと防音の練習部屋がありますので、そちらで練習してきました」


 うん。間違いなくそっちの方が街中にあるカラオケチェーン店より設備がよさそうだ。そこでポリスのOPの練習をしていたのか。

 背後から聞こえてくるスケールの大きすぎる女性陣の会話。


「家に練習部屋とか、流石は青磁家だな、俺の家にもバイクのサーキット場とか欲しいぜ」


 それは音楽ホールよりもスケールが大きいぞ。


「家には無理でもダンジョン内なら作れんじゃないか」

「それだ!!」


 俺がただ話を聞いていて、思いついたことを考え無しに口にしたら、タンガが拾いあげてしまった。


「どうしていままで思いつかなかったんだ。そうだよジャングルなんて作る必要無かった。ダンジョン内にサーキットを作ればよかったんじゃないか」


 居残りまでして改修したタンガのダンジョンだけど、明日にもまた改造されていそうだ。


「お待ちどう」


 待つこと数分で注文したラーメンが出て来る。


「早いな、注文してから調理を始めていたのに、こんなにも早く出て来るのか、この店のシェフの作業スピードは一流だな」

「驚いている所もうしわけないけど、他のラーメン屋でもそんなに早さはかわらないと思うぞ」

「なんだと、私がこれまで行ったレストランは、いや、そうか、これが普通なのか」


 滅茶苦茶驚いております。いったいどんな店と比較したのだか。


「あっちのメシ屋もこんな感じだっただろ」

「向こうは魔法やスキルがあったからな」


 なるほど、魔法で料理していると勘違いしていたのか、ヨシカみたいに料理スキルを持っていればカンストしていなくても調理は早くなっていたし、勘違いもするか。


「うん、うまい」


 記憶を取り戻して時間の感覚が少しおかしなことになっている。異世界から戻ってきて、これが最初のラーメン。つまり数年ぶりのラーメンの味に感動する自分と、異世界の記憶を取り戻す前の記憶には、一ヶ月前にラーメンを食べた記憶があり、感動していることに驚いている自分もいる。


 こんな感覚はもう二度と味わいたくはないな。

 俺が不思議な感覚でラーメンを食べていると、店主の娘さんらしき人が買い出しから戻ってきて厨房に入る。年齢は俺たちより少し上かな、大学生くらいか。

 栗色のセミロングの髪をひとまとめにして三角巾をかぶる。


「あら丹狗くん、どうしてカウンターに座ってるの」

「今日は客だ、集団を引き連れて来やがった」


 娘さんがタンガを見つけて不思議そうに質問をしてくる。するとタンガではなくラーメン屋の店主が答えた。


「そうなんだ、ありがとうね」


 部室で、どこのラーメン屋にしようか相談していたらタンガがおススメの店があると紹介されたのが、このラーメン屋。頑固オヤジが作る昔ながらの醤油ラーメンが絶品だと太鼓判を押したのでここにしたら、この店はタンガのバイト先でもあったのだ。


「賄いでも食わせてやってるのに、わざわざ金払って食いに来るなんて、おかしな野郎だ」

「いいだろ、ここのラーメンはホントにうまいんだからよ、お客を連れてきたんだから感謝の言葉の一つくらい言って欲しいぜ」

「割引はしないぞ」

「お父さん、せっかく丹狗くんがお客さん連れてきてくれたのに、そんな言い方ないでしょ」

「うるせぇ、弟子は叱るのが俺流の教育よ」

「お父さん、丹狗くんは弟子じゃなくてバイトでしょ、まったく、ごめんね丹狗くん。たくさんのお客さんを連れてきてくれてありがとう。みんなもトッピングぐらいならサービスするから、好きなの注文して」

「すみません、すみれさん」

「気にしないでいいよ」


 なんか、タンガがいつもよりおとなしい、言葉使いもいつもより丁寧な気がする。

 タンガの行動に違和感、そんな時スマホにメッセージがきた。サリからだ。


『これは、アレだ!』


 アレとはなんだ。


 こんなに近いんだから直接話せばいいのに、俺はサリへ振り返ると、こっち見るなとのサインを送られたので、すぐに視線をラーメンに戻して、メンをすすっていると、またメッセージ。


『鈍いぞサトッチ、タンガッチの反応で分かんないかな、タンガッチはすみれさんにアシル・イテだよ』


 危うくメンを吐き出す所だった。

 アシル・イテ、俺の最新の黒歴史になった呪文。

 まさかタンガが、と思ってしまったが、これまでの行動を振り返ってみると、違和感がなくなっていく、なるほどそういう事だったのか。


 レンサクとケンジは気が付いたのかと伺ってみたが、タンガを気にした素振りはなく普通にラーメンを食べている。ケンジなんて夢中だ、ラーメン以外目に入っていない様子。


『女性陣は全員気がついたのか』

『当たり前、私たちは全力でタンガッチを応援するで意見の一致をみた』

 もうそこまで話が進んでいるのか。

 女の勘と団結力、恐るべし。

「そうだオヤジさん、今週のバイトなんだけど明日から4日間、休みが欲しい」

「どうしたの丹狗くん、いきなりだね」

「こいつらとちょっと遊ぶ約束をしたんだ」

「遊びたいから仕事を休みだ、弟子の分際で良い身分だな」

「弟子になった覚えはねぇ。頼むオヤジさん」


 真面目なタンガの態度に察するモノがあったのか、店主がタンガを真正面から見据えた。


「本当に遊びなのか」

「おう、全力で遊ぶ予定だ」

「4日間か、私も講義があるから手伝えないんだよね、半分くらいにならないかな」

「すみません、すみれさん」


 普段、大雑把なタンガがすみれに対して丁寧に頭を下げる。


「すみれ、余計な口出しをするな、丹狗、4日だけでいいんだな」

「ああ、明日から4日だ、週末には必ずバイトに復帰する」

「そうか、それならかまわん」


 対策は万全、不安などないはずなのに、時間停止が解ける五日後に不吉さを感じているのは俺だけではないんだな。


「また、こいつらをつれてこいよ」

「ああ、必ずまた八人で食いに来る」

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