第76話『後5日、月曜、放課後』
「昨日、みなが帰った後、ダンジョンに侵入者がきた」
月曜日の放課後、部室に集ったメンバーにケンジがとんでもないことを簡単に報告する。
「ダンジョン内に次元の裂け目ができてな、そこから魔物が沸いてきた。ダンジョンを使って迎撃していたのだが、ヨシカを狙った賊まで一緒にきたぞ」
「さらりと爆弾発言はやめてくれ」
ダンジョンへの魔物出現は、昨日のケンジの態度からなんとなく予想はしていたけど、まさか賊までくるなんて。
「あの、賊とはつまり人間がきたのですか」
狙われたヨシカがたまらずケンジに質問をした。
「その通りだ、盗賊ギルド所属の騎士崩れのザドラが率いる六人組であった。まあまあの手練れであったが、サトルのダンジョンの五階層でギブアップしたぞ」
「五階層っていうと、だましザルか」
だましザル、正式名称イリュージョンモンキー。森の奥や洞窟などの薄暗い場所に隠れ住み、やってきた人間の心を読み、一番会いたい人へと変身して奇襲を仕掛ける。戦闘力はそれほど高くないが、イリュージョンを見破れないと攻撃できなく者も多く、初心者などはよく被害を受けていた魔物。
「誘拐しようとしたヨシカに見えていたのだろう。見事に罠まで誘導されていたぞ」
「つかまえたのか」
「無論だ、殺すまでも無かったので、向こうの情報を定期的に送ってくることを条件にあちらの世界に帰してやった」
「ルトサのダンジョンで命拾いした賊なのです。僕のダンジョンでしたら間違いなく命はありませんでした」
「レンサクのダンジョンは恐ろしく殺傷性が高かったな、突入した魔物の九割以上が死んでいたぞ」
怖いな、俺のダンジョンは殆ど殺傷性がないから、侵入するダンジョンによって明暗をわけたようだ。それにしてもレンサク、そんなに殺意の強いダンジョンで俺たちを遊ばせようとしていたのか、挑戦するのがとても怖いんだけど。
「セーフティモードを外せばそのくらい当然なのです。逆にセーフティをオンにすれば安全は保障なのです。ちなみにどのくらいの魔物が攻めてきたのですか」
「二千と三百だ」
「もしかしなくても全部あの紫の鎧を装備していたのか」
「していたな、あれだけの数、出現場所次第ではこの町は朝までに蹂躙されていただろう」
迎撃出るダンジョンがあってよかった。
族から得た情報で、送られてきた魔物の群れは悪魔王軍の生き残りが立て籠もっていた砦にいた連中らしい、紫の鎧もそこにあったとのことで、処分にこまりこちらの世界に押し付けてきたんだと。
ダンジョンステータスを確認すると、えげつない数のDPが溜まっていた。ダンジョンは侵入者を倒して魔力を吸収、DPへと変換する。たった一晩で使えるDPが十倍まで膨れ上がっていた。
「付け加えて報告だ。ヒカリとタンガのダンジョンは魔物によって完全攻略されてしまった。よって二人にはこれからダンジョンの改修を命じる」
「え、これから」
「マジかよ」
ヒカリは改修を命じられたこと自体に驚いているが、タンガは完全攻略されたことを悔しそうにしている。
「他のメンバーは、ダンジョンの設定を少しいじってしまったので、その確認をしてくれ、もう襲撃は無いと思うが念のためにな」
どうして襲撃が無いと断言できるのですかケンジ君。絶対に何か仕返しをしただろ。ちょっと怖くて聞きにくいけど、みんなが俺に聞いてくださいと訴えてくるので、ここは部長の俺がしかたがなく貧乏クジを引きましょう。
「なんで襲撃がないってわかるんだ」
「捕えた魔物を逆送還した。さっそくザドラから送還陣が再起不能にまで破壊されたと報告がきたぞ」
その報告方法はどうやってだ。時の賢者は伊達ではないか。
「えげつない」
「こっちは勝手に送ってきた危険物を発送元に返しただけだ。レンサクの魔導爆弾を送りつけないだけ感謝して欲しいな」
爆弾をやったら、それはもうテロだよケンジ。
「それをやったらあいつらと同類になりそうだからやめてくれ」
「だからやっていないだろう」
しかし、それだけの戦力で攻められて迎撃できるって、遊びで作ったダンジョンなのにとんでもない性能になっているな。
「今回の襲撃で、サトルを狙った次元の裂け目の発生条件は完全に判明した。今後、裂け目の発生場所はダンジョンの入り口に固定もできた。そのため先程も伝えたが、攻略をされた二人はダンジョンの改修をしてくれ」
「あの、それじゃ私とタンガくんの、この後の予定は」
「終わり次第の合流だな」
「そんなー」
かなりのショックを受けるヒカリ。今日は部活を早めに切り上げて、ヨシカの希望であるカラオケに行って、その後ケンジの希望であるラーメン屋に行くことになっていた。
朝一緒に登校したとき、カラオケが楽しみだと言っていたからな、急いでダンジョンを改修したとしても合流できるのはラーメン屋あたりだろう。
「明日に改修したダンジョンをテストするから手を抜くんじゃないぞ」
「はーい」
「昨日は遊びで手加減しただけだ、俺の本気を見せてやるよ」
渋々承諾するヒカリとやる気に満ちるタンガを残して、俺たちはカラオケへと向かった。
「ヒカリさんやタンガさんには悪いですが、楽しみですね」
「また今度、一緒に行けばいいさ」
「……そうですね、また今度、何度でも行きましょう」
カラオケは楽しみ、でもヒカリに申し訳ないと気にするヨシカ。また今度一緒にと俺が言うと少し考え込んだ後に同意してくれた。
ケンジが送還元を潰してくれたので、短くても数カ月は魔物が送られてくる心配は無いはずだけど、廃病院ダンジョンで無数の次元の裂け目を見た後から感じる得体のしれない不安が消えない。
この不安に駆られて、俺はやりたいことリストを作ってしまった。
残りは今日を入れて後5日。
みんなも俺の不安に気が付いているみたいだ。そりゃいきなり、やりたいことリストを作りだせば感づかれて当たり前だよな。だから、ヒカリやタンガにダンジョンの改修を急がせたのもその一環。
でもそれを表面に出したくないから、カラオケなどのリスト消化も同時並行。
俺の不安は杞憂だと思いたい。対策は万全なんだから。
これは俺のマイナス思考が生み出した杞憂なんだ、油断さえしなければ対処できるはずと自分に言い聞かせた。
それでも不安は消せない。
「サトルさん、ポリスのオープニングをデュエットしてもらえますか」
不安は消せない、とか、なんとか。
「サトルさんに貸してもらった漫画、アニメ化してたんですね、サトルさんと一緒に歌いたくて昨晩練習してきました」
不安を少しでも紛らわせようと、カラオケにきたけど。
学園一のお嬢様が、俺の一番お気に入りの漫画のアニメ化OPを覚えてきたですって。
「はい、どうぞ」
渡されるマイク。流れるイントロ。
ポリスがアニメ化したのは五年も前、中学生だった当時、一緒にカラオケに行った連中が誰も知らなくて歌うのを諦めた曲が流れだす。
狭いカラオケルーム。6人も入れば自然と距離も近くなって、ヨシカから甘い香りがする。
そして耳に聞こえるはヨシカの全てを癒してくるような、美しい歌声、俺は不安だ。こんな美しい歌声に俺のだみ声を重ねていいのかと。
でも歌いたい、歌詞を見なくても歌えるほどリピートしていた曲。
そっと肩を叩かれ、一緒に歌おうと促される。
こうなればやるしかない。俺はヨシカと共に声を出した。
やってみるととても爽快。ヨシカが俺の声を引き立たせるように合わせてくれている。俺の中にあった一緒に歌っていいのという不安など吹き飛ばされる。
他の不安、何かあったっけ。
「サトッチからキラキラオーラが出てる」
「聖女の歌声に浄化されたな」
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