第75話『後5日【裏側Ⅲ】』
「
仲間の盗賊スキルを持つ男、通称はそのまま盗賊が魔導のメガネを渡してくる。
このメガネには翻訳機能がある。そのメガネをかけ盗賊がさした上下二つある階段の間に設置された看板を見ると。
『ここは地下十階層、地下20階層中の地下10階層目、上にも下にも行けるけどコアルームは一つだけ』
「ダンジョンマスターがいるダンジョンか、もしかしたら影法師がダンジョンマスター、いやそれはないな」
異世界においてダンジョンマスターは悪魔族がなることが多い、まれに人間のダンジョンマスターが誕生することもあるが、それは悪魔族の同類として扱われ人類の敵認定される。聖女の想い人になるほどの人物だ、ダンジョンマスターなどになるわけがない。オレですらダンジョンマスターになれたとしてもお断りだ。
「どちらかが、ハズレの道ってことか」
「おい」
俺は盗賊に階段を調べさせた。
「最近、上へ行く階段を使った形跡がありやす」
影法師はそちらか、オレたちは静かに追跡を始めた。
一階上がって9階層の作りも10階層と変わらなかった。床は相変わらずの白黒で、魔物の気配もない、盗賊に調べさせたが罠もなかった。それでも不意打ちを警戒して慎重に進み、何事もなく8階層への階段を見つける。
「階段を誰かが通った形跡はあるか」
「へい、おそらくさっきの階段と似たような痕跡がありやす」
このダンジョンは安全すぎる。その安全が逆に不気味だ。
8階層の作りも同じ、床は白黒のまま、進んでいくと今度は壁までもが白黒のブロックタイル張りになったが、それだけだ、魔物いない、トラップもない、階段には使用した痕跡。
まあこれだけ安全なダンジョンなら攻略を失敗する方が難しいだろ。
7階層目も同じ作り、今度は最初から壁も白黒になっていた。
でも、やっぱりそれだけ。魔物いない、トラップない、人が通った形跡がある。
6階層目も同じ作りだが、ここでようやく変化が現れた。
魔物との戦闘跡を見つけたのだ。
十字路になっている分かれ道、ここで魔物の奇襲を受けたようだ。ネズミの魔物の死骸があり、人の物らしき血痕も残されている。
ダンジョンは壁を傷つけられても時間が経過すれば修復するし、魔物の死骸も吸収され抜け毛一本残らない。それがまだここに有るということは、戦闘が行われてから長くても数時間くらいしか経っていないはず。
進む速度を上げた。
やはり生まれたてのダンジョン、魔物も想定より数段弱そうだ。
警戒や索敵が少しおざなりになってしまうが、この程度の魔物相手なら、不意打ちを食らっても問題ない。
部屋を駆け抜け階段を上がる。
5階層に到着すると戦闘音が聞こえてきた。
仲間たちの姿隠しを確認、姿隠しを使った者同士なら視認できるが、他の者は見ることが出来ない仕様の高級品。ハンドサインで合図を出し、戦闘が行われている場所を伺う。
すでに戦闘が終了してしまったか、音がやんだ。
ネズミ系の魔物では、素材は殆ど取れないので剥ぎ取りなどはやらないだろう。
まずは、相手が影法師なのかを確認しなければ。
悪魔王を倒した八大英雄の一人だ。姿隠しがあっても油断はしない。
いた。六人組の若い男女。
八大英雄の顔は姿絵が出回っているので確認は簡単だ。
集団の中にターゲットは、いた、なんという幸運。影法師もいたが、本命である聖女まで一緒にいるじゃないか。相手は戦闘直後で油断しているようだ。オレたちの存在にまったく気が付いていない。
どうする。このまま襲撃して聖女を攫うか、それとも追跡して絶好のチャンスを待つか。
考えるのはほんの一瞬だ。
オレは襲撃すると決めた。今こそが絶好のチャンスだろ、仕事の運気は大事な判断基準。
ハンドサインを送り、一人を退路確保に残して、五人で波状的に襲撃を掛ける。初めに二人が攻撃をしかけ、注意をそちらに誘導して残りの三人で聖女を確保する。
先行した二人がまさに攻撃を仕掛けようとした瞬間、見えない壁にでもぶつかったかのように、何もない空間に激突して崩れ落ちた。
「なんだ!?」
慌てて急停止。
伸ばした手に何かが当たる。
壁だ、本当に見えない壁がある。
『我が世界が誇る強化ガラスだ、そちらの世界には無い物だろ』
「誰だ!?」
『こちらからすれば、お前たちこそ誰だになるんだが』
どこから聞こえてくるのかわからない、そこら中から響いてきて声の発生源が見つけられない。
「まさかダンジョンマスターなのか」
ダンジョンマスターが存在するのは知っていたが、まさか話しかけてくる存在がいるとは、いまだかつて聞いたことが無い。
『行動を見ていれば大方の見当はついた。貴様ら聖女を狙っているな、宮廷魔法使いに雇われた盗賊ギルド辺りだろう』
先程の攻撃だけで、こちらが何を狙っているのか正確にバレたか。
「ダンジョンマスター殿、取引がしたい」
『ほう、どんな』
「あなたのダンジョンはまだ生まれたてで防衛能力も備わっていないだろう。あなた様も気が付いた通り聖女がいる攻略者チームが先行している。オレたちの目的は推察の通り聖女一人、攻略者チームをオレたちが排除するので手出し無用に願いたい」
聖女たちはオレたちの襲撃に気が付いたのか、ダンジョンマスターから声を掛けられたことに驚いている間に姿を消してしまった。手ぶらで帰るわけにはいかない、なんとしても聖女を捕獲するためならば、ダンジョンマスターとだって一時的なら手を組んでやる。
『ハハハッ』
盛大に笑いやがった。
「何が可笑しい」
『いやはや、とんでもない勘違いをしているぞ貴様。ここはダンジョンであることには違いないが、仲間内で遊ぶために作られたレジャー施設のような物。呼ばれざる来訪者がきたのは貴様たちが初めてだ』
なんだと、こっちの世界ではダンジョンが遊ぶための施設になっているだと、なんて凶悪な世界なんだ。なるほど勇者や英雄がごろごろいる世界、国が総力をあげて異世界人召喚に拘るわけがやっとわかったぜ。
ダンジョンマスターの存在はオレたちの世界とは大分違うことになるな、オレたちの世界では人類の敵であったが、こっちの世界ではせいぜい闘技場のオーナーくらいの感覚かもしれん。
だとしたら、オレはとても嫌な可能性に気が付いてしまった。
ダンジョンが遊ぶ場所になっているのなら、ダンジョンマスターと攻略者は敵対していないことになる。つまり――。
「聖女たちと敵対していない、もしかして仲間なのか」
『これだけの情報で気が付くとは、貴様、賊のわりに頭が切れるじゃないか』
ピンチの時のオレの勘は良く当たる。一番当って欲しくない予想が大的中か。こうなれば面倒ではあるが正面突破しかのこっていない。この程度で任務放棄ができない。
「聖女を負うぞ、速やかに確保し撤退だ」
『はたして残り三人で、このダンジョンの攻略はできるかな』
「バカな」
最初に襲撃をかけ、見えない壁に弾かれた二人が、気が付かない内に姿を消していた。
「どうなっている」
「わかりやせん、魔力探知にも一切反応はありやせんでした」
オレだって気を抜いたつもりは一度もない、ダンジョンのトラップが発動したなら、かならず魔力の流れに変化が起きるはず。だとすれば考えられる可能性、オレたちの察知できないほどの魔力隠蔽を持った魔物に連れ去られた。
ネズミ系の弱い魔物しかいないと思っていたダンジョン。ほとんど魔物がいなかった下の階層、いなかったのではなく察知できなかっただけで、すでにオレたちは正体不明の魔物に取り囲まれている。
これは無理だ。
任務放棄できないを撤回、遂行不可能なら悪あがきは自分を苦しめるだけ。
「降伏する」
『……なんだと』
「オレたちのレベルでは、こんな高次元のダンジョンはクリアも生還もできなそうだ。いや絶対にできない。聖女を狙ったことを謝罪するので降伏を受け入れてもらえないか」
「頭!?」
「お前たちも薄々は気が付いているだろ、ここはダンジョンを遊び場にする世界なんだぞ、勝ち目など最初からなかった」
姿隠しのマントを外して、隠し持っていた暗器も含め、持っていた全ての武器を捨てて両手を上げた。
『おい、潔すぎないか、賊ならもっと足掻いたりする場面だろ』
どうして降伏をすると言ったらダンジョンマスターが慌てるのだ。
「勝てないと思い知らされた。このまま挑んでも無駄死にするだけ、だったら、聡明なダンジョンマスター様の慈悲にすがるほかない」
オレは自分の勘を信じて裏社会を生き抜いてきた。その勘が過去最大の警報を鳴らしている。ここは額を地面にこすり付け、持っているプライドを全て投げ捨ててでも降伏を受け入れてもらう以外に生き残る道はない。
幸いにして、宮廷魔法使いに付けられた魔法の契約にはダンジョンマスターに降伏してはいけないという記述は無い。
『わかった、降伏を受け入れよう』
「感謝する」
なんとか地獄は脱出できたようだな、残る問題は魔法の契約だけだ。
『ただし、条件が一つある。このダンジョンは今日完成したばかり、招いていないがせっかく外部の挑戦者がきたのだ。全力で攻略に挑め、安心しろ、セイフティモードにはしといてやるから、命だけは助かるぞ』
勘違いであった。オレたちの本当の生き地獄はここから始まってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます