第74話『後5日【裏側Ⅱ】』

 紫の鎧を着た魔物の侵攻を受けてから数時間、すでに深夜零時を過ぎているが、襲撃は止まる気配が無い。


 タンガとヒカリ、二人のダンジョンは20階層全て攻略されてしまったが、まだ6つのダンジョンは持ちこたえている。


「レンサクのダンジョンは殺傷性が高い、反対にサムのダンジョンは非殺傷で捕縛率が断トツ」

「性格が出ているな」


 レンサクのダンジョンはオーソドックスなダンジョンに見せて、えげつない所にトラップを仕掛けている。発泡スチロールの大岩もその一つで、何度か引っかかった後に、デーモンが軽い素材だと気が付き叩き割ったら、中に仕掛けられた魔導式の爆弾が炸裂する仕組み。しかも時限式にもなっているので、抑え込み割らなくても時間がきたら炸裂する。そんな感じのトラップばかり。


 反対にサトルのダンジョンは面倒くさいを全面に押し出した作りになっていて、挑戦者は必ず精神的疲労を患い、ちょっとした油断のタイミングで捕縛されてゲームオーバー。


 捕まった魔物はヨシカのダンジョンに送られるので、現状のヨシカのダンジョンの1階層は満員電車のようなすし詰めになっている。


「送還まであと三十分」

「これだけの魔物をまったく関係ないこちらの世界に押し付けるとは、私たちが対処しなければ、三、四都市は崩壊していたぞ」

「ケンジ、今度は人がきた」

「なんだと」

「サムのダンジョン、姿隠しを使っている」


 姿は見えないが、次元の裂け目の揺らめきをホカゲは見逃さなかった。

「サトルのダンジョンに初めて人間の挑戦者か、どこまで行けるか見せてもらう」

「ケンジ完全に悪役」

 ケンジがモニターを魔力探知モードに切り替えると、六人の人影が浮かび上がった。






 俺の名はザドラ。騎士崩れのザドラと言えば、王国の裏ではそれなりに名が通っている。騎士団にいた頃から、剣の腕も騎士団トップレベルで、魔法も使えた。何でもアリの戦いでは騎士団長にすら勝つ自信はあったが、幹部以上は貴族出身の騎士で固められていて、嫌気がさして騎士団をやめた。


 やめる時に、退職金として団の倉庫からちょっとばかり金貨を拝借したらお尋ねモノにされてしまった。貴族騎士様たちは、俺が盗んだ金額以上の金を一晩の飲み代に使っているくせに、どうして生まれが貴族でないだけで、オレだけが悪人扱いされるのか納得できなかった。


 お尋ねモノにされてしまった以上、まっとうな仕事にもつけず、流れ着いたのが盗賊ギルド。そこで汚い仕事を受けている内に、宮廷魔法使い様お気に入りの暗部へと昇進していた。俺の腕は盗賊ギルドでもトップレベルだったからだ。


 さらに汚れ仕事もやるようになったが、報酬もそれに見合った額になっている。

 騎士団なんかよりもオレにはお似合いな仕事だぜ。


 そして今回は過去最高額の報酬が約束された依頼、高難易度クエストだが、報酬とは別に経費も使い放題と太っ腹な条件だったので、望みうる最高のメンバーを部下の中から選び、装備も充実させた。


 依頼内容は異世界に帰った勇者や英雄様たちが持っていってしまった。宝剣や宝珠の回収、そして聖女の奪還である。

 依頼書にはそう書かれている。


 だが、それを真っ正直に信じる者はオレが集めたメンバーにはいない、宝剣や宝珠なんかは、英雄たちが、悪魔王との戦いで自ら獲得した物で、聖女の奪還ってうたっているが、元々聖女は異世界の存在だ、奪還と書いて誘拐と読むのだろう。


 あんな強欲宮廷魔法使い様に目を付けられた聖女様には同情をするが、報酬が出る以上は必ず元の世界に連れ帰らせてもらう。


 世界を渡る方法は、悪魔王を倒した英雄様に宮廷魔法使いが目印を付けていたらしく、それをたどれは、送還は可能だとか、これまでにも何度も処分にこまった魔物や悪魔軍の兵器などを英雄たちの世界に廃棄しているらしい。


 その送還魔法を今回はオレたちを異世界に送るために使用すると、報酬が過去最高額になるわけだ。

 ついでに異世界のお宝も頂いちまえば、もう暗部の仕事などしなくても一生遊んで暮らせるかもな、異世界、それはオレにとって誰にも荒らされていない宝島だ。


 オレは部下として雇った五人を引き連れ送還の時を待っているが、なかなか送還されない。


「どうした」

「申し訳ない、どうも送還先が詰まっているようで、上手く送還できんのだ」


 送還先が詰まっているって、そりゃ、あれだけ紫の鎧やオーガどもを詰め込んだらつまりもするだろう。


 イライラしながら、数時間待ちようやくオレたちが送還される番となった。

 向こうには頭の良い賢者がいるらしいが、これだけの魔物を送った後に姿隠しのマントを使用していくのだ、気が付かれるわけがない。


 魔法陣の上に乗り、魔法が発動、オレたちはこの世界から消える。


 竜巻に飲み込まれたかのような回転を数分味わったあと、次元の裂け目から外へと放り出される。一般人なら意識を失うレベルの回転だったが、鍛えられたオレたちは誰一人、物音も立てることなく着地する。


 姿隠しのマントも無事だ。

 完璧だ、これなら誰も気が付かれるわけがない。


 オレたちは、目印を付けた英雄様の傍に送還された。この近くにその英雄がいるはずだ。悪魔王を倒した八大英雄の一人、意味不明の影法師。貴族の中にも強いのか弱いのか、英雄チームの中心なのかただの荷物持ちなのかで評価が分かれている人物。


 情報によれば、聖女が想いを寄せているらしい、いくら英雄でも姿が見えないオレたちが六人掛りで奇襲をかければ倒せるはず。そして影法師を人質にすれば聖女はオレたちの言いなりになるしかない。


 世界を渡ること以外はいつもやっている仕事と変わらない、いや、世界渡りを除けばイージーな部類だと言える。


「ここが異世界か」


 近くに影法師がいるはずだが、誰もいない。


「ダンジョンのようだぜ」


 部下の一人、盗賊のスキルを持った男が流れる魔力からダンジョンだと判断する。オレも同じくダンジョンと判断した。


「異世界のダンジョンか、影法師は今、ダンジョンを攻略しているのか」


 それなら近くにいないのも納得できる。

 たいていのダンジョンは転移魔法などでの侵入はできない。たとえ目印に目掛けて転移してきても、目印がダンジョンの中にあるなら入り口で止められてしまう。


「ついているな、ダンジョン攻略中なら、背後から簡単に奇襲がしかけられる」


 この出入り口で待ち、出てきたところを捕まえるのも有りだが、オレほどのベテランになればダンジョンの入り口を見ただけで、どの程度のダンジョンか判断できてしまう。


 このダンジョンはまだできたばかり、数年、もしかしたら一年以内に生まれたダンジョンの可能性もある。それなら長くても二十階層。凶暴な魔物も凶悪なトラップも生まれていないはず。


「追いかけるぞ」


 中の情報はまったく持っていないが、生まれたてのダンジョンなど、田舎の村から出てきた初心者冒険者でもクリアできてしまうのだ。

 オレたちはダンジョンへと踏み込む、もちろん油断などはしないがな。


「見たこともない作りだな」


 最初の一階層目、床にはゲーム版を思わせる白と黒の四角形タイルが隙間なく敷き詰められていた。タイルの大きさは一メートル四方くらいか。


「とくに罠はないようだが」

「異世界のダンジョンだからか、作りが違うだけだろう。難易度はそう変わらない、いや、宮廷魔法使い様曰く、こっちの世界は大気中の魔素が少ないから、魔素を利用した魔法や魔道具の威力も下がると言っていた」


 この法則で考えるなら、ダンジョンも低レベルになっているはずだ。

 部屋を二つ、探索したが魔物もいない、トラップもなかった。

 そして三つ目の部屋で、早くも次の階層に行く階段を見つけた。やはりオレの読みに間違いはなかった。床は相変わらずの白黒だが、脅威はまったく存在しない。

 この分なら先行している影法師に簡単に追いつけそうだ。


「頭、上に行く階段と下に行く階段がありますが、どっちに行きやす」

「なんだと」


 サトルの仕掛けた。異世界には存在しないトラップはすでに発動していた。

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