第72話『後6日、バトルサッカー』

「ここが2層目か」


 芝が敷き詰められた広い空間。

 周囲には客席があり、こちら側とあちら側には白い枠のゴール、芝には白いラインもひかれている。


「これって、サッカーのグラウンドだよね」

「それ以外にないよな」


 ヒカリの気持ちはよくわかる。一目でサッカー場だとわかるけど、ここはダンジョン内だ、確認したくなって当然。

 この前、使ったサッカー部のグラウンドによく似ている。違いがあるとすれば、客席があることくらい。


「ワンフロアをブチ抜いて、サッカー場を作ったのかよ」


 一階層、ロッカールームを出てすぐの階段を降りてきたら、サッカーゴールの後ろに出た。ご丁寧にあちらのゴール裏には下に降りる階段が、隠しもせずむき出しになっている。


「あの階段を降りれば次の階層に行けるなんて簡単な仕様じゃないよね」

「そのとーり!」


 アナウンスではなく肉声でサリの声が聞こえてきた。


 ダンジョンに入った時には制服を着ていたのに、今は青いユニフォームを着ているサリが客席の最上段に腕を組んで立っていた。

 客席上に備え付けられている大型ビジョンには、サリのアップまで映し出す演出付き。


「まさかサリ、サッカーの試合をして勝てたら階層突破なんて仕様にはなってないよな」

「サトッチ惜しい、勝てたら突破はあってるけど、階層じゃないよ、私のダンジョン自体の突破になるから、試合に勝つイコールダンジョンクリアだよ」

「はい?」

「DPが足りなくて、サッカー場を作ったら、さっきのロッカルームを作った段階で残金ゼロ」


 聞けば納得できるサリらしさ。

 足りないなら他の階層を切り捨てる思い切りの良さはまさにサリだ。


「ルールを説明するね」


 客席の間にある入場口から二足歩行で虎顔の魔物が姿を現す。その数六人、ご丁寧にサリと同じ青いユニフォームを着ている。


「ここでサッカーの試合をしてもらいます。こっちの選手は魔物のライガーマン。レベルは15だからリストバンドしているみんなとは互角だね」


 ライガーマン。異世界でも珍しい魔物で数回しか遭遇経験がなかったはず。ゴブリンよりも強かったがリザードマンよりもやや弱かった、そんな魔物だ。完全武装の一般兵士と互角ぐらいだった気がする。


「ここわね、10階層に相当する場所。ゴールすると3階層進んで、反対にゴールされると3階層戻るシステム、19階層に到達できたら20階層への階段が繋がるから」

「えっと、点を取られずに三点取ればクリアってことでいいのか」

「その通り、あと、特別ルールで反則は一階層分、相手に献上だから注意してね」


 グラウンドの中心にサッカーボールが降ってきた。


「そっちのボールからでいいよ」


 ロッカールームでサッカーの簡単なルールは詰め込まれたけど、字で読んだだけで実際には理解してない部分が多いが、制限時間もあるし、とにかく行動するしかない。


「えっと、俺とタンガ、ホカゲで攻めるから、残りのヒカリたちが守りをやってくれ」


 簡単に役割を決めると、サリが試合開始を宣言する。


「試合開始!」


 鳴り響くホイッスル。

 俺はボールをタンガにパスすると、ライガーマンたちが一斉に襲い掛かってきた。


「なめるなよ」


 タンガがライガーマンを迎え撃つ。


「タンガ、ダメだ!」


 まずいと思って声を掛けたけど、遅かった。

 異世界にいた時の癖が出てしまった。例え不意打ちを食らっても体が無意識に反撃してしまう。これが出来なければ生き残れない戦いであったのだが、今はその癖を出すのはまずかった。


 ボールを奪いに来たライガーマンをタンガが殴り倒してしまったのだ。

 牙を剥き出しにした二足歩行のトラが襲ってきたら反撃してしまうのは、もう仕方がない。俺もやってしまいそうだから。


 鳴り響くホイッスル。


「あ」


 タンガの足元には完全に倒され、ドッペルドールへと戻った元ライガーマン。


「タンガッチ反則、レッドカードで退場ね」


 ルールは知っていた。相手を攻撃してはいけないと、でも体に染みついた癖はそう簡単に抜けることは無かった。


「タンガッチ」

「すまん」


 盛大な溜息をつくサリ。


「でも、フットサルの大会に出る前にわかってよかったかも、タンガッチだけじゃなくて、前衛は相手を攻撃しないように注意してね」


 確かにこのままフットサルの大会に出ていたら危なかったかも。


「サトッチチームはこれから五人ね、こっちは交代のライガーマンを入れるけど」

「わかってる」


 タンガが退場となり一人少なくなってプレイ再開、いったいどんな手品を使ったのか、魔物であるライガーマンが普通にサッカーのプレイだけをする。

 ボールを持てば魔物が自分の方へ走ってくるので、どうしても反撃をしてしまいそうになる。


「想像以上に難しい」


 反撃してしまいそうになるのは、俺だけでなく、ヒカリやホカゲも同じで、つい迎撃態勢を取ってしてしまっている。


 これではまともな攻撃もできるはずもなく、ボールを持っても簡単に奪われてしまう。ライガーマンのシュートは幾度も俺たちのゴールへ放たれたが、ヨシカの張った防御結界のおかげで、まだ一点もとられていない。


「ちょっとそれずるくない」


 サリからクレームが入った。

 俺もちょっとどころではなくずるいと思う。ヨシカの防御結界はゴール全体を覆っているので、結界を突き破るシュートでない限り、得点はされないのだ。

 勝てはしないけど、負けもしない膠着状態、いや、制限時間があるからタイムオーバーで負けてしまうのか。


「しかたがない、あたしが出るしかないか」

「ちょっと待て、そっちの方がずるいだろ」

「だってライガーマンじゃ、どう頑張っても得点できないんだもん」


 サリがライガーマンの一人と交代してグラウンドに入ってくる。


「これはまずいのです」

「レンサクは端に行ってろ、直撃するとヤバい、ホカゲはレンサクを守ってくれ」


 レベルの下がった戦闘職じゃないレンサクがサリの必殺シュートを食らったら、本当に必殺になってしまう。命を守るセフティモードになっているらしいが限界があるかもしれない。


「いっくよ、必殺ファイヤボールシュート」


 本当にバトルサッカー漫画の世界になってしまった。

 ガチで燃えてるシュートがヨシカのいるゴールへ飛んでいく。

 防御結界とぶつかり合い、激しい火花を散らす。


「サトルくん、今が得点をするチャンスだよ」


 シュートの前へと回り込んだヒカリが、結界を削っているボールを手刀で撃ち返した。


「なるほど」


 打ち返されたボールは相手のゴール前まで飛び、俺が押し込んでゴールを奪った。


「ちょっとちょっと、今のはノーゴール、反則だよ、キーパー以外は手を使っちゃダメなんだから」

「え、私がキーパーだけど」

「キーパーはヨシカッチじゃないの」

「わたくしはディフェンダーです」


 そりゃゴール前で結界を張っていればキーパーに見えるけど、ヨシカは結界を張っていただけで一度も手でボールを触っていない。ミスリードってヤツだ。


「やってくれるじゃない」


 ゴールが決まったので、階層が三階下がる。

 これでようやく攻略方法を見つけることができた。ルールに抵触しないやりかたでスキルを使えばサリを出し抜ける。

 こっちがゴールを決めたので、サリチームのボールからゲーム再開。


「今度は全力のファイヤボールシュートだ」

「少しは手加減しろ!」

「ファイヤボールシュートを撃ってはいけないってルールは無いから大丈夫」

「そっちがそう来るなら、こっちもスキルを全て解禁するからな」


 グラウンドの中心から放たれる業火球。

 それを俺は影隠しで吸い込んで、相手のゴール前に出現させると、相手キーパーとゴールネットを燃やした。


「2ゴール目ゲット」


 スキルを使えば案外簡単にクリアできそうだな、サッカーのルールはほぼ無視になるけど。

 それからは、スキルの応酬になってしまった。

 そうなるとスキルの使用できる人数の多い、こっちが有利で、ギリギリだったが制限時間内にクリアすることができた。


「悔しー絶対に突破できないと思ったのに」

「最初のクイズ部屋を後2階層作られていたら、多分クリアはできなかったと思うぞ」

「それじゃ、サッカーできないじゃん」


 最後の方は、サッカーで無くなっていただろ。

 ともかく、こうしてサリの挑戦者ダンジョンへのアタックは終了した。




 サリのダンジョンから出ると、ちょうどケンジが休憩をしてくつろいでいた。


「サリのダンジョンにだいぶ苦戦したようだな」

「斬新なダンジョンだった、ケンジの方は順調なのか」

「魔水晶の加工は終了した。そうでなければまだ出てきていないさ」


 次元の裂け目に仕込まれたトラップ対策。ほぼ一人でこなし、協力は殆どできなかった。ケンジには感謝以外ない。


「よかった。助かる」

「気にするな、これが俺の役割だ」


 真面目に真正面から感謝するとケンジは皮肉れて受け取ってくれないので、軽めの礼の言葉だけをさりげなく言う。これがケンジに礼を受け取ってもらう一番のコツだ。後は言葉でなく形で返していくしかない。


「魔水晶も終わったなら、今日の帰りは希望通り、どこかで寄り道していくかラーメンかカレーでも」

「せっかくの心惹かれる申し出だが、今日はまだ本調子ではないから、明日からにしてもらえるとありがたい」


 ケンジ希望の寄り道を提案したが断られてしまった。理由も納得できるモノだったけど、ではどうして、瞳に決戦前のような力がこもっているのか、記憶を取り戻す前の俺なら気が付かなかったが、今の俺なら気が付けた。


 部員のみんなも気が付いているはず。

 ケンジは自分を過大評価も過小評価もしない。

 手助けが必要な時には必ず声をかけてくれる。


 これから何をやろうとしているかは知らないけど、ケンジが口に出さないなら、気が付かないふりをしよう。

 最近の一番の功労者が寄り道を辞退したので、今日はこのまま解散となった。

 まだ少し、部室に残るというケンジを置いて俺たちは部室を出る。


「あ、もし俺のダンジョンに挑戦したくなったら、先に挑戦してもいいぞ、けっこうな自信作だから」

「僕のもいいのです」

「あたしのも、サッカー場だけど好きに使ってもいいよ」


 最後に、各自が残ると言い出したケンジに自分のダンジョンに挑戦してもいいと言い残して帰宅した。





「ケンジ、サムも気が付くようになったよ」

「わかっている。もうあいつは記憶を完全に取り戻しているからな」


 部室に残ったのはケンジだけに思えたが、ホカゲも気配を殺して残っていた。ケンジの気配探知には一切引っかからなかったが、もう長い付き合いになる。残っているだろうと察していた。


「サムはケンジの気持ちを優先して手伝いを申し出なかったけど、私は手伝う」

「いつの間に私の影に鞍替えしたんだ」

「していない、私は命尽きるまでサムの影、サムのためにケンジを手伝う。それだけ」

「そうか」


 ケンジはホカゲをともない、自分の担当のサブコントロールルームへと戻る。ルームのモニターには、たった今、ダンジョン内部に開いたばかりの次元の裂け目が映しだされていた。


「これまで散々利用してくれたな、今度はこっちが利用させてもらう」

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