第70話『後6日、ダンジョン仮組』

 遅めの朝食をすませて部室にやってきた。


 今日は日曜だが、水晶の回収とダンジョンの内装をやることになっていた。

 集合は十二時だけど、俺がヒカリと一緒に部室にやってきた十一時半には、俺たち以外の全員がすでに集まっていた。


「みんな早すぎるだろ、ケンジまで体は大丈夫なのか」

「まだ全回復ではないが、激しい運動をしなければ問題ない」

「良く言うぜ、サトル、こいつ朝一番で部室にきてコアに魔力を流し込んだんだぞ」


 なんだって、ダンジョンステータスを確認すると、昨日は138階層だったのが162階層まで成長していた。


「無理はしていない、体に影響の出ない範囲でやっただけだ」

 それでも24階層も伸ばしたのか。

「これで一人20階層は内装をいじれるだろ、残りの2階層は資源採取用にすればいい」

 あ、わかった。昨日仲間外れになって寂しかったんだな、それにケンジもダンジョン製作をやってみたかったんだ。


「ヨシカ、ケンジの体は」

「大丈夫ですよ、ケンジさんの体は治りかけています。魔力も全力を出していないのも本当の事です」


 我らの生命線、聖女ヨシカの診断なら安心できる。

 全力じゃなくても24階層も伸ばしたのか、賢者のジョブは伊達ではない。


「それよりもサトルさんは大丈夫でしたか、昨日の疲労状態だと家まで帰りつけるか怪しい所でしたが、ヒカリさんからいつ応援要請がきてもいいように待っていたのですが、要請はこなかったので、その部分は安心していましたが」


 その部分とはどの部分、我らの聖女様は勘も鋭い。


「さ、さぁ、ちょっと早いけど、全員揃ったんだし、まずは水晶の回収をやろう」

「ルトサ、何をごまかしているのです」


 あれ、ごまかしたのがバレて、察する人が増えてしまった。


 男性陣よ、その温かい目はやめて――そして女性陣、その疑いの視線もやめて、朝食を一緒に食べただけでそれ以外は何もなかったから。


「サトルくんの言う通りだよ、さぁ水晶の回収をしよう回収」


 ヒカリも顔を赤くして、いつも以上に明るく振る舞う。

 家にいた時は余裕のそうな態度だったけど、もしかして演技だった、ヒカリも緊張していたのか。


 俺とヒカリ、自分でも挙動不審とわかっているが、どうすれば元に戻れるのかがわからくなっていた。






 部室ダンジョン1階層。

 ここだけ、昨日の内にレンサクが水晶の採取部屋として設定した階層だ。

 ダンジョンは設定に従い、ダンジョン内の魔力を使って水晶を生産してくれていた。


「青い水晶と紫の水晶があります。この二つは同じ物で、魔力を放出すると青く、吸収すると紫になる性質があります」


 魔力の吸収と放出の性質を持った水晶か。


「正式名称『魔水晶』。向こうの世界特有の水晶でしたが、設定で作れたのでやってみました。ケンジの要望には適うと思うのです」

「ああ、最高の品だ」


 魔水晶。異世界でも希少素材なのに使用頻度が多く、俺の影の中にも在庫がなかった素材。それが洞窟のそこら中の壁から雑草のように生えている。


「私の割り当て階層の一部を研究部屋にしてみるか、魔素の濃度をいじれるようだし、諦めていた実験や研究もここでなら」


 魔水晶をあらゆる角度から観察して独り言を始めたケンジ、こうなると人の話は聞こえなくなるので、放置が互いに喜ばれる対応だと向こうの世界で学習した。


「ケンジの探し物も見つかったし、水晶を見つけた人が一番にやりたいことリストをやるは、レンサクでいいよな」

「僕のやりたいことは決まっているのです。みんなで思う存分ダンジョンをいじくりまわし、楽しく愉快な最高のダンジョンを完成させるのです」

「との事なので、一日で完成は無理だけだ、今日の部活はダンジョン制作になりました」


 部室ダンジョン162階層。

 2階層は共用階層として、一人20階層が割り当てできる。


「完成するまで、各自シークレットでやりましょう」


 レンサクの要望、各自が作ったダンジョンを攻略しやって遊ぼう。水晶を制作する方法を発見したのはレンサクなので、希望通りに、相談や協力無しで、各々が20階層のダンジョンを作ることになった。


 20階層の内の一つにサブコントロールルームを作り、そこからダンジョンの内装をいじれる仕様とした。

 俺は割り当てられたサブコントロールルームに移動して、どんなダンジョンにするかを考える。


「まさか、ダンジョンが作れる日がくるとは」


 ダンジョン物の小説を読んだり、ゲームをしていた時、俺がダンジョンマスターならこんな罠を仕掛けるのにと、何度も考えたことがある。


「まずは、このサブコントロールでできることを調べないとな」


 サブコントロールルームは、大型モニターと操作パネルが備え付けられた六畳ぐらいの部屋で、割り当てられた階層ならいろいろと改造できるようだ。

 部屋の拡張や追加、罠の設置、魔物の配置、魔物は本物を召喚するわけではなく、ドッペルドールと呼ばれる人形にダンジョンポイント(DP)を使用すると任意の魔物に姿を変える。


 ドッペルドールで作った魔物は本物よりも弱いがメリットもある。食事はいらいないから排泄もしない、命令にも忠実なので、遊びでの攻略ならドッペルドールの魔物方が安全だ。


「レンサクらしい仕様だな、これならダンジョン制作モノの作品を読んだことのない、ヒカリやヨシカにもわかりやすいな」


 レンサクはこのシステムを一晩で作り上げたのか。

 設置できる部屋や罠、魔物の一覧の横に必要コストもかかれている。


「一人1万DP。多く見えるけど、ガッツリ作りこめば、1階層作るだけで枯渇してしまうぞ、どう節約しながら、難しいダンジョンを作るか」


 何もいじっていない1階層の構造は、バスケットコート位の部屋が四つと部屋どうしをつなげる一本道通路。この四部屋の内の二つに上に行く階段と下に行く階段がランダムに設置されているだけ、魔物もいなければ罠もない。


 同じサイズの部屋を一つ追加するのに200DPほどかかる。

 罠も一番安いのは落石(小石)5DPからあるけど規模が大きくなればなるほど、かかるコストが高くなる。

 なかなかワクワクさせる使用じゃないか。


「よし、中学の時に考えた『俺の考えた最強のダンジョン計画』を実現してみますか」


 まずは魔物の中から必要なスキルを持った魔物を探して。

 見つけたグラフィーコボルト、こいつを一ダース召喚。


 グラフィーコボルト、通称ラクガキ犬。

 最低ランクの魔物コボルトの亜種で召喚ポイントは一ダースでも30DPと格安の魔物、力は武器を持った一般人にも負けるほど弱いが、特技を一つだけ持っている。それがラクガキだ。


 どうしてラクガキが好きなのかはわからないが、描く絵の完成度が高く、岩場に書かれた洞窟の入口を本物と勘違いした冒険者が騙されて、ぶつかったなんて話もある。


「想像通りにいけば、大幅にDPを節約できるぞ」


 グラフィーコボルトにDPで取り出した画材を渡して、お試しとして一階層に絵を描かせてみた。

 これが、予想通りの結果が出たので、さらに追加で十ダースのグラフィーコボルトを召喚して画材を渡した。


「いいなこれ、第一段階はこれで決定だ、他に魔力で探索された時の対策に、力でごり押しされた時の交わし方も必須だよな」


 やっている内にのめり込んでしまった。

 創りこむゲームや箱庭系は好きなジャンルなので、一度調子が出ると止まらなくなる。


 ヒカリからの着信に気が付き手を止める、時間を確認したら作り始めてから四時間が経過していた。


「こんなに集中していたのか」


 ヒカリからの電話がかかってこなかったら、後二時間ぐらいはぶっ続けで作業していただろうな。


 まあ、仮組は完成したのでいったんサブコントロールルームを出て部室に戻ってみた。残りの仕上げは、誰かにダンジョンを一度アタックしてもらった後に調整だな。


「あ、やっと出てきた、サトッチも少しは休憩しなよ、水分補給も大事なんだぞ」


 俺もってことは、俺以外にも休憩なしで作業していたヤツがいるな。

 そこの壁際の丸メガネ相棒とか、水を入ったペットボトルを揺らすヤンキー兄弟とか、言葉にしなくてもわかる。かなりの自信作が完成したんだな。


「いないのはケンジだけか」

「ケンジくんは、ちゃんと休憩とってたよ、魔水晶を仕上げたいからって、またダンジョンの中に作った研究室に戻ったけど」


 時間はまだ午後四時前か、この時間なら一つくらい誰かのダンジョンへアタックできそうだ。


「誰から行きますか」

「俺からでもいいぜ」


 レンサクが挑発してきたので、俺は余裕の笑みを浮かべて言い返した。

 早く自分の作ったダンジョンを試してもらいたいんだろう。それは俺も同じだ。もしかしたら、こっちの世界でお化け屋敷とか製作している人たちもこんな気持ちなのだろうか。


「まさか日本に帰ってきて、俺たちがダンジョンを作るとは思わなかった」

「僕たちは洞窟探検フットサル不思議研究部なのです」

「あたしの付けた名前に間違いはなかった」

「違いない」


 さぁ、誰のダンジョンからアタックしようか。

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