第69話『後6日、日曜、朝のヒカリ』
うわぁぁーと悲鳴をあげなかった自分をほめる。
やばい、どうしよう。寝起きのせいか思考が現実に追いつかない。
どうしてヒカリが俺の部屋で朝の挨拶をしているのでしょう。
「あれ、まだ寝ぼけてる」
「……そうみたいです。おやすみなさい」
なるほど、これは夢だったのか、だったら寝なおして現実で目覚めないといけないな。
「ちょっと、サトルくん本当に二度寝するの、サトルくんのお母さんはもう仕事に出かけちゃったよ」
「はい!?」
時計を見るとすでに朝の10時を過ぎていた。
「遅刻だ!」
「本当に寝ぼけてるね、今日は日曜日だよ」
そういえば昨日は土曜日だった。
確か部室で、やりたいことリストを作って、みんなで魔力を流し込んだよな、そこからの記憶が曖昧なんだけど、100階層以上のダンジョンが出来あがって、それから、えっと、明日、つまり今日また部室に集ってダンジョンの内装をしようって決めて部活終了。
それから、いつものようにヒカリに護衛をしてもらって下校――あれ、校門を出たところまでは何となく覚えているけど、その後の記憶が一切ない。
「俺はまた記憶を失ったのか」
「違うよ、サトルくんは魔力の使い過ぎで倒れたの、ポーションで魔力は回復したけど、体と精神は疲れ切っての」
ヒカリの説明によると、みんなと別れた直後に俺は意識を失ったらしい。気絶というよりも、歩きながら眠りに落ちた感じだったとか。ゲームでは寝落ちしたことあったけど、歩きながらの寝落ちは初めての経験だ、倒れる前に俺を抱き留めたヒカリが、家まで運んでくれたらしい。
「認識阻害の札を使ったから、私がサトルくんをおんぶして運んでいる姿は誰にも見られてないよ」
よかった。
近所のおばさんたちに見られていたら、今日中にも町内会に噂が広まっていただろう。『夷塚さんところの息子さん、高校にもなって女子高生におんぶされて帰ってきたのよ』と、考えただけで恥ずかしい。
「あ、でも、サトルくんのお母さんには見られちゃった。サトルくんが目を覚ます気配もなくて、勝手に上がり込むわけにもいかなくて、その、ごめんね」
母さんに見られてしまったか、それも、ものすごく恥ずかしいけど、それは回避のしようもない事態で、ヒカリが謝る必要はない。
「こっちこそ、ごめん。迷惑をかけた」
「ぜんぜん迷惑じゃないよ、私がやりたくてやったことだもん」
「タンガたちを呼んで運んでもらえば――」
「大丈夫、私がやりたくてやったことだから」
もしかしてヒカリさん、俺が帰り道で寝ちゃったことを仲間の誰にも連絡していない、恥ずかしかったから、それはそれで助かったけど。
もう一度時計を確認、時間に変わりなし、この時間なら、さっきヒカリが言った通り母さんは仕事に出かけている。
つまりだ、今この家には俺とヒカリ、二人だけなのか。
夜の日時計公園以降、もう一度ヒカリと二人きりになれるチャンスを願っていたけど、こんな形で実現されるなんて急展開すぎるでしょ。
「えっと、朝食の用意が出来てるよ、サトルくんのお母さんに教わって、サトルくんの一番好きな、ちょっと焦げ目のある目玉焼きを作ってみたの」
間違いなくヒカリは母さんと合ってけっこうな会話までしていますね。
一年前までは半熟目玉焼きがベストワンだったけど、最近は白みの外周部分がちょっと焦げた目玉焼きが首位をキープしている。
このことを知っているのは母さんだけ、ヨシカに朝食はどんなメニューかと聞かれた時にも目玉焼きが多いとしか答えていなかった。
そしてだ、さらに気になることが出てきた。
朝から母さんと会話をしているヒカリ、昨日の帰りに家まで送ってくれたヒカリ、まさかと思うけど。
「あのヒカリさん、一つお伺いしたいことがあるのですが」
「どうしたの、急に敬語なんて使って」
「あのですね、昨日のことなんだけど、ヒカリはその、送ってきてもらった後は、どのように、おすごしで」
「ああ、そのこと、サトルくんをお母さんと一緒に部屋まで運んで、帰ろうとしたんだけど、迷惑をかけたからって、夕ご飯をご馳走になったの、その時サトルくんの朝の好物とかいろいろ聞かせてもらったんだ。学園でのサトルくんの様子を気にしていたから、部活の部長になって楽しく学生生活をしているって話しちゃったけど、まずかった」
「そのくらいなら問題ないけど」
問題はその後です。
夕食を食べた後、ヒカリはどんな行動を取ったんだ。
母さんの性格からして、どう行動する。
ダメだわからない、自分の母親だけど、女子を自分の家に招待したことなんて過去の一度もないから、母親の行動がまったく予測できない。
もしかして『もう遅い時間だから、泊まっていったら』なんてことを言って、ヒカリを家に泊めたり――。
いやいや、男ならあり得るけど、ヒカリは女性だぞ、いくら母さんでも女子を家に泊めたりはしないよな、でも、だからって、夜になって一人で帰らせるか。
それに朝からヒカリが家にいるのは昨日泊まったからではないのか。
気になって仕方がないが、なんて聞けばいいんだ。
あーくそ、記憶を取り戻しても簡単に勇気なんてわいてこない、ヘタレはどこまで成長してもヘタレ脱却はできないのか。
「すごい顔になってるよ」
「あのさ、俺、昨日の記憶がほとんどないんだけど」
「安心していいよ、寝てただけだから記憶喪失とかじゃないよ」
「それは、理解できたんだけど、えっと、その、朝から家にヒカリがいる理由が、その、ちょっと、気になりまして」
「ああ、そのことね、私ここに泊まったよ、お母さんが布団を貸してくれたの」
ヒカリが指さしたのは俺の部屋の床。
つまり一緒の部屋に寝たってこと、異世界では同じテントで寝たり、安宿に泊まったときなんて一つの部屋で雑魚寝をしたこともあったけど、ここは日本ですよ母さん。なんでヒカリに布団を貸したりしてるの。
仮に泊めたとしても一階に客間が合ったでしょ、最近掃除した記憶が無いけど、それで俺の部屋に、いやいやいや。
「ありえるのか」
そもそも、ヒカリと一緒の部屋にいて記憶が一つも無いなんて、なんて勿体ない、いやそうじゃない、けしからん、でもない、せっかくのチャンスだったのに、どうして爆睡なんてしていたんだ。いやチャンスってなんだ、これでは理性の無い獣になってしまう。
「あはは、ごめんサトルくん冗談だよ、昨日送り届けた後はちゃんと家に帰りました」
そうか、冗談か。良くなかったけど良かった。
「驚かせないでくれ、心臓が驚きにハートブレイクしそうになったから」
まだパニックが完全に収まっていない。
「あまりにも熟睡していたから、もしかすると寝坊するかもって迎えにきただけ、本当は家の外で待っているつもりだったんだ、でも、お母さんが起こしても起きなかったから、家にあげてもらったの。朝食を一緒に作ったのはこの時だね」
ビビらせてくれるぜ、もう俺のライフゲージはレッドゾーンだぞ。
気持ちを落ち着かせるため、洗面所に行って顔を洗う。
冷たい水でようやく、落ち着いてきた。
「サトルくん、スマホに着信があったよ」
「おう、サンキュー」
リビングからヒカリがスマホを持ってきてくれた。
「サリからのメッセージだ」
『おはよー、朝起きられた、昨日は相当疲れていたから、念のためのモーニングメッセージ、感謝していいよ』
俺が相当バテていたのを気が付いたのはヒカリだけではなかったか、この分だと、みんな気が付いていたんだろうな。
起きてるぞーとだけメッセージを返してリビングへ。
そこには、いつものメニューなのに、どうしてか輝いて見える朝食が並べられていた。
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