第65話『ヒカリの告白』
他のメンバーから事後処理は無事に終わったとの連絡がきた。
牧野の病院脱走は少し心配したが、夕方に攫われ夜に戻したので騒ぎには、ならなかったらしい。彼女と勘違いされた弓崖がお見舞いにきていたので、看護師さんが気を使ってくれたとか。経緯はわからないが、牧野は運がいいヤツだ。
日の出まではあと一時間もない。
寝かせた外園は、後でタンガがバイクで迎いにきてくれることになった。これで目覚める前に、家に送り届ければ全てが夢になる。
ヒカリと二人、並んで夜道を歩く。
何となく外に出て無言で歩く。
話を聞かせて欲しいとお願いしたんだけど、ヒカリはどこから話せばいいかと思案しているようだ。
目的地も決めずに歩ていたら、日時計公園に到着してしまった。
二十四時間のコンビニはやっているが、ここまで来るつもりはなかったので、財布は離れに置いてきてしまった。
いつものベンチに座り日時計を見るが、あたりまえだけど夜なので時間を示していない。
「話しにくいか」
「ものすごくね」
「質問形式にする」
「そうしてくれると助かるかな」
夜の暗闇のせいなのか、いつも座る場所よりもヒカリとの距離が近い。あと十センチ傍によれば、ヒカリの肩と触れ合ってしまう距離。
この距離感に気が付いているのは俺だけみたいだ。
ヒカリから余裕が消えている。隠し事なんてしたくはないけど、話したくない。そんな葛藤が伝わってくる。
「次元の裂け目を消すと俺はどうなる」
「いきなりの核心だね」
「そこを聞かないと始まらないだろ、覚悟はできてないけど、覚悟したつもりになってる」
「変な言い回し」
話を聞けば、ショックを受けて動揺や錯乱をするかもしれないから、覚悟ができたなんて言えない。
「次元の裂け目を消すと、俺は死ぬのか」
「…………」
精一杯の勇気を出した質問ですので、無言はやめて欲しいなー。
「あの、ヒカリさん」
「ごめん、そうだよね、説明してないから、深刻な方に捉えるよね。やっぱり隠し事は良くないって思い知らされた。本当にごめんなさい」
深々と頭を下げるヒカリ。
「俺は死なないのか」
「命の危機では無いかな、でも、結局は命の危機でもあるのよね」
「えっと、意味がわからないんだけど」
「そうだね、複雑な事象が絡み合っているんだけど、次元の裂け目を消した場合の結果だけを答えるなら」
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
「サトルくんの異世界での記憶はまた消えると思う。そして今度は簡単には思い出せない可能性が高いんだって、レベルも完全リセット」
「記憶の完全喪失にレベルは1に戻るのか」
ヒカリは無言で頷いた。
「それだけでも酷いのに、次元の裂け目にはトラップが仕掛けられていたの」
「トラップ?」
「裂け目を直に見たレンサクくんが見つけたんだけど、次元の裂け目には変な術式が組み込まれていたの、それが異世界召喚の術式だったんだって」
「それって、俺たちのクラスが異世界に呼ばれた術式か」
「うん、だけど今回の術式はターゲットが指定してあった。サトルくんに」
「俺に?」
「次元の裂け目を閉じると、サトルくんが向こうの世界に強制召喚される仕掛けになっていたんだって」
俺が五階層を攻略している最中に、俺以外のメンバー全員に連絡があったらしい、それでケンジがパジャマ姿のまま駆けつけてきたのか、合点がいった。
でも死ぬわけじゃないのか、その点だけは安心。
「記憶が消されてレベル1になったサトルくんを強制召喚なんて、あっちに呼び出されたとたんに掴まって、奴隷の首輪をはめられるに決まってる。向こうの連中もサトルくんはレベルが上がれば最強になるって知っているから、記憶が無い事をいいことに洗脳もしてくるでしょうね」
まったく安心できませんでした。
もしかして死ぬよりも苦痛を味わうってやつですか。
廃病院の最上階で、先走って次元の裂け目を塞がないで本当によかった。
「ヒカリたちが、最上階で裂け目を消すのをためらっていたのは、それが原因だったのか」
「ごめんね」
今日だけで何回ヒカリの謝罪を聞いただろうか。
涙をこらえながら謝罪するヒカリに申し訳なさが一杯になる。
ヒカリは何も悪くないのに。
「ヒカリ、もう謝るのはやめてくれ、ヒカリはまったく悪くない、それどころか隠していてくれて助かった。心の準備ができていない内に聞いてたら、恐怖で押しつぶされていたかも」
俺一人だけが、記憶を消されて異世界召喚。しかも奴隷確定ってなんだよそりゃ。
ダメだ、想像するだけで、ゾッとする。
「安心して、サトルくん」
「安心?」
「もし、サトルくんが異世界に召喚されるような事になれば、必ず私も付いていくから、どんな世界でも一緒に召喚される。そこで私がサトルくんを守る。私はサトルくんの剣だから」
ヒカリの目はどこまでも本気であった。
不思議に思う。どうして、俺なんかにここまで優しくしてくれるのか。
裂け目に近づいて、異世界の記憶はかなり思い出したはずなのに、ヒカリがここまで俺につくしてくれる理由が思い出せない。
ごめんと口から出そうになる。でも、さっき俺自身が謝るのをやめてくれと言ったばかりだ。それにヒカリは俺の謝罪を聞きたいわけじゃない。ここで言う言葉は謝罪じゃない。
「ありがとう。ヒカリがパートナーで最高に良かった」
「どういたしまして」
ぎこちない笑みでヒカリは俺の感謝を受け取ってくれた。
ヒカリと一緒ならどんな世界でも生き抜ける。
記憶の欠片が繋がった。
この気持ちが最後のカギだったのか、今まで思い出せなかった記憶が頭に流れ込んでくる。
思い出す異世界の記憶、その中でヒカリはずっと俺の隣で支えていてくれた。俺も必死でヒカリを支えていたようだ。
俺はこんな大事な記憶を忘れていたのか。
そして、俺はヒカリの方から告白を受けていた。
ヒカリに言わせていたのかよ過去の俺、異世界に召喚される前から好意を持っていただろ。そこは俺から告白しろって、それができないのが自分である。本人である俺が一番良く理解している。
さらにヒカリの告白を返答する前に、悪魔王との戦いで命を落としているらしい、最後の記憶だけがあいまいで、ぼやけているからハッキリとはわからないけど、とにかく命を落として返答していない。
映画のラストシーンじゃないから、そんなフラグ拾うなよ。
「どうすればいいんだ」
頭の中がいろいろと混ざり合って、つい呟いてしまった。
それをヒカリは異世界召喚トラップのことだと捉えた。
「もしもサトルくんが異世界に召喚されたら一緒に行くって言うのは本当だけど、そうならないように、対策をケンジくんが考えてくれてるの」
「へ、へー、そうなんだ」
告白の返事をどうすればいいんだって呟きだったんだけど、訂正できないので、ここは素直に相槌をうつ。
「最初、次元の裂け目から流れ込んでくる魔力がサトルくんの記憶を取り戻すカギになっているって推理して、次元の裂け目を維持する術式を考えていたの。でも状況が変わったから、トラップの破壊を最優先に切り替えるって連絡がきたんだ」
記憶よりもトラップ優先、当たり前だ、俺もその方が助かる。
「でも、私たちは最大の成果を狙っていくからね、トラップも解除してサトルくんの記憶も守る」
「ありがとう」
今度は素直にお礼を言うことができた。
「それで、私も聞きたいことがあるんだけど、いいかな」
「もちろん」
ヒカリとの会話で気持ちもかなり落ち着いてきた。一人で悩む必要なんてなかった。記憶を取り戻して確信したこと、いや最初からわかっていたこと、俺には心強い仲間がいたんだ。俺に足りなかったのは、話す勇気。
それを教えてくれたのはヒカリ。ヒカリの質問にならどんなに恥ずかしい質問だったとしても答えてみせる。
「記憶は、どのくらい戻ったの」
「大事なことは、けっこう思い出したと思う」
これに嘘は無い、みんなと仲間になるきっかけとなった事件や、四魔将軍、悪魔王の戦いも全部思い出せた。最後の辺り、俺の死んだ原因とか一部はまだぼやけているけど。
「それじゃね、その……」
今度はヒカリの方が挙動不審になっているな、聞きにくいことか。
「何でも聞いてくれ」
「私が悪魔王城でサトルくんに言った言葉を覚えていますか?」
顔を真っ赤にさせて、一息で言い切るヒカリ。
悪魔王城でヒカリに言われた言葉って、記憶が再生される。
『サトルくん、私はあなたが〇〇です』
ちょっとまて、一番肝心な箇所がぼやけて聞き取れないぞ、もっとはっきりと甦れよ、俺の記憶。
前後の流れからして、アレだとは思うけど、告白されたってことは覚えている。なのに肝心の告白場面だと思われる部分がぼやけるって、嘘だろ、本当に勘弁してくれ。
「ご、ごめん、そこはぼやけていて」
「そうなんだ」
ヒカリが悲しい顔をしてしまった。
何やっているんだヘタレ、ヒカリが何を聞きたいかわかるだろ、ここで男をみせろよ、異世界にでも一緒に来てくれるって、言ってくれた相手だぞ。
「ぼ、ぼやけているけど、前後の流れで言われた言葉の想像はつく」
「え?」
「その返事を、ここでしていいかな」
もう後戻りはできない、せっかく記憶を取り戻したんだ。今言え、ここが一生涯最大の見せ場だろ。
「俺は、ヒカリのことが――」
言いかけた所で俺の声はバイクのエンジン音によって、かき消された。
「悪い、遅れた外園を迎えにきたんだが――二重の意味で悪かったみたいだな」
それは無いぞ兄弟、最大の見せ場を潰した上に、状況を察して謝罪までしないでくれ、落とし穴を掘って自分ではまりたくなるから。
外園を迎えに来ることになっていたタンガ、しかし、ヒカリの家を知らなかったので、ヒカリが持っているスマホの位置にやってきたそうだ。
これは外園最後の呪いか。
ちくしょう、俺のヘタレ野郎、結局なにも言えない夜だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます