第64話『ヒカリの家』

「この離れを使って、ここはお父さんの趣味部屋だから、普段は誰も来ないの」

 案内されたのは、ヒカリの家の庭に作られた離れ、八畳ほどの部屋が一つあるだけの小屋、トイレと小さなキッチンが付いているぐらいで、ザ大人の隠れ家と表現するにはぴったりの部屋。設置された大きな棚には釣り具とミニカーコレクションが、こだわりディスプレイされている。


「それじゃ、私はミノリを部屋に寝かせてくるから、サトルくんも頑張って」

「おう、ばっちり事後処理しとく」


 離れから出ていくヒカリが、入口に人避けの結界を張っていったので、俺と外園がここに泊まるのは家族には内緒にするのだろう。

 そっちの方が助かったと胸をなでおろす。


「離れではあるけど、外園と一緒にヒカリの家に泊まることになるとは、予想外にも程があるぞ」


 人避けの結界を張ってくれたので大丈夫だとは思うけど、外に光が少しでも漏れないように、しっかりとカーテンを閉めて、入口にカギを掛ける。


「さて、いつまでもオタオタしていられない、任された仕事はしっかりこなすぞ」


 レンサクから渡された強力な催眠スプレー。一ヶ月分の出来事を夢と思わせることができる。ノズルが回転式になっていて、催眠効果を小、中、大の三段階に切り替え可能になっていた。


「どのレベルで催眠をかけるかな、ダンジョンは作ったけど、外園には、そんなに迷惑はかけられていないから小で、いや、迷惑かけられているよな」


 勇者ほどじゃないけど。

 初めは体育館裏でグレイウルフに襲われた。ヒカリが強かったから助かったけど、下手をすれば死んでいたかも、勇者の対応を見ると殺す気は無かったかもしれないけど、それは、後になってから分かったことだ。

 それからも何度か、グレイウルフに襲われた。

 爆弾内蔵のグレイウルフにも襲われたな。


「そう言えば、こいつは俺を勇者と同じ目に合わせようとしていたんだっけ」


 あの恥ずかし動画。俺だったら、もう引きこもりになるレベルのダメージを食らっていた。断言できる。


「やっぱり、ここは中にしておくべきだな」


 最後の情けだ。大は使わないでやろう。


「グフフ、どうした岸野、早く並べよ」


 目覚めたわけではない、寝言だ。随分とはっきりした寝言だ。


「そうだよ、そのグレイウルフの横に四つ這いになって並べ、おっと、どうして服をきたままなんだ、犬は裸になれよ。お前はオレの犬になったんだろ」


 こいつ本当は起きているんじゃないか、俺を挑発してるだろ。


「なんだ、青磁に真帆津もオレの犬になりたいのか、だったらわかるだろ、服はいらないよな、心配するな、これからオレ様がたっぷり調教してやるぜ」


 思い出した。

 記憶の欠片が教えてくれた。

 こいつ、外園のジョブは調教師。


 王国の訓練場で他の生徒たちに手伝ってもらって上位の魔物のテイムに成功したんだ。そうしたら、こいつは王国の用意していた宿舎から魔物を連れて脱走。

 山岳地帯で生活していた獣耳の獣人たちを襲って無理やり奴隷にして、奴隷商になったんだ。魔獣と奴隷の力でさらなる魔獣をテイム。辺境にある村を襲っては奴隷を増やし、売りさばき、たった半年でマフィアのような組織を作っていた。

 構成員は全員奴隷であった。


 王国も看過できない規模になり、勇者に外園討伐命令、時間軸的に、宝剣を授かった少し後の出来事だ。

 勇者と外園が二人でぶつかるだけならいいが、外園の組織の構成員は無理やりに捕まった奴隷たち、必死に勇者の足止めをして、外園の奴隷解放に奔走したんだ。

 テイムできるのは魔獣だけ、しかし、その魔獣で村を襲って奴隷の首輪をはめさせ魔法の契約で縛り付けるのが手口だったので、契約を無効にする作業が、とてつもなく面倒だった。


「おら、どうしたどうした、そんな奉仕じゃご主人様は満足しないぞ~」

「貴様は、寝言を寝ても喋るな」

「イテッ」


 外園の頭を叩いて起こして、すかさず催眠スプレー(レベル大)を吹きかけた。


「ふにゃー」


 うつろな瞳になる外園。


「いいか外園、この世界には魔物はいない、グレイウルフやレンズバットは幻の存在だ、はい、復唱」

「この世界には魔物はいない、グレイウルフやレンズバットは幻の存在」


 レンサク特製の催眠スプレーの使い方。言葉に魔力を乗せることで、復唱させた事を真実だと思い込ませる。魔力を乗せていない言葉は復唱しないので、誤認が起こりにくく使いやすい。


「この世界にはダンジョンも存在しない、はい復唱」

「この世界にはダンジョンも存在しない」


 えっと、他には。


「勇実には思う存分、復讐したので、これ以上の騒ぎは起こさない、はい復唱」

「勇実には思う存分、復讐したので、これ以上の騒ぎは起こさない」


 勇実に刺激を与えると、どんな被害が周囲に出るかわからないからな、もう余計な刺激は与えないで欲しい。それからも、こまごまとした異世界関連やスキルの事を夢だと思い込ませていき、ふと気が付いた。


「あ、アイツの存在、忘れてた」


 確か落とし穴に落ちていたよな、その後ってどうなった。

 時間停止をする前に、気配探知を使って廃墟病院の敷地内は確認している。あいつが落とし穴の中にいたなら気が付いていたはず。

 もしかして、あいつは記憶を残したまま逃げ出したのか。


「少し不味いかも」

「何が不味いの?」

「うわっ、ヒカリ、いつから」

「たった今だけど、外園くんの処理は終わった?」

「あと少しだ、それよりもアイツの存在を忘れていたことを今思い出して、ちょっと不安に」

「アイツって、ああ、完全に忘れてた」


 ヒカリも忘れていたか、額に手を当てて難しい顔で考え込む、俺と同じ不安に襲われたな。


「私がみんなに連絡するよ、サトルくんは事後処理を最後までやって」

「わかった」


 心配だけど、今は外園だ。できることから片付けていくしかない。

 魔物の存在を否定、ダンジョンの存在も否定、アイツとのいざこざも控えてもらい、残るは万が一の場合に備えて能力を使わないような暗示を――そうだ。


「魔物をテイムしようとしたら、男の大事な所に噛みつかれるから注意、すぐに逃げる。はい復唱」

「魔物をテイムしようとしたら、男の大事な所に噛みつかれるから注意、すぐに逃げる」


 これでテイムはできないはず。


「サトルくん、みんなも完全に忘れてたって」

「うわっ、ヒカリ」

「さっきと同じ反応だね」

「もしかして、聞いてた」

「大丈夫だよ、どんなサトルくんでもサトルくんだから」


 完全に聞かれていたみたいです。


「外園くん、いい夢を見て、明日まで目覚めない、はい復唱」

「いい夢を見て、明日まで目覚めない。ああ、岸野の声がする。いい夢だ……」


 バタリと倒れいびきをかいて眠りに落ちる。


「弓崖さんの方はどうなったんだ」

「ダンジョンでの記憶は殆ど残って無かったよ、でも紫の鎧を装備したせいで、魔力が完全に目覚めちゃったから、事情を簡単に説明したよ異世界抜きで」


 角森にした説明と似た感じか、クラスでの集団誘拐以降、スキルや魔力に目覚めました。不用意に使うと危ないから気を付けようってヤツだな。


 悪さしないなら、記憶の消去や催眠、それにスキルの封印をすることはない。俺たちが関与するのは俺たちに被害がある場合のみ。


「弓崖さんはこれからどうするって」

「ジョブが弓使いだからね、弓を持たないと使えるスキルも少ないし、でもせっかく使えるなら使いたいんだって、もしかしたら私達の部活に入部するかも」

「俺にも後輩ができることになるのか」

「え、サトルくんは部長で私達のトップだよ」


 心情的な問題です。能力では間違いなく俺が最下位でみんなに助けられてばかりだから。


「なあヒカリ」

「なに」

「次元の裂け目を閉じなかった理由、聞いてもいいか」

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