第63話『事後処理』
加勢する必要性はあまりなかったけど、討伐時間は少しだけ短縮できたと思う。
病院から出て来る紫鎧の魔物。
俺は、自分ではトドメを狙わず、とにかく足止めや誘導に専念した。少しでも仲間が戦いやすいように。
魔物からの魔法が飛んでくれば塹壕に飛び込み巻き上げられた土砂をかぶり、接近されてしまった場合は、鎧の一部を破壊して助けてもらう。
病院から湧き出て来る魔物が止まった時、俺一人だけボロボロの泥だけ、ヨシカは結界を張る準備に集中しているので、ポーションを飲んで回復する。
ボスを倒した時には強くなったと実感があったのに、現実はまだまだだと思い知らされる。
「サトルくん、ありがとう。とても戦いやすかったよ」
「少しでも、役に立ててたらいいんだけど」
「もう、相変わらずの謙虚なんだから」
「サトル、俺の装備を出してくれ、スキルコスト削減のセットだ」
コスト削減セット。
言われてると、浮かんでくる記憶。
これも次元の裂け目が近くにある影響なんだろう。理由がわかれば、これを失うのが怖くなる。でも、怖くて震えても、動きを止めないと決めたから、止まらない。
影の中からコスト軽減セットを取り出した。
もう以前のように、狙った物とは違う物を呼び出すことは無くなった。
取り出したセットは、知の賢者のマント(スキルコスト30%軽減)、知の賢者のブレスレット(スキルコスト20%軽減)、知の賢者のモノクル(スキルコスト20%軽減)、知の賢者のバッジ(スキルコスト15%軽減)、この四点セットを同時に装備すると、セットボーナスとして、さらに10%軽減が付く。
つまり、全部装備するとスキルコスト95%軽減になるのだ。
「これがあの時、取り出せていれば、ケンジは倒れずに済んだのにな」
「あの時は咄嗟だった、例え取り出せていても、装備している時間はなかった。だから気にするな」
パジャマにスリッパ、予定外の事態が起こって慌てて駆けつけてくれた姿。
大変ありがたいし、まだ治りきっていないのに無理をさせて申し訳ないとも思うんだけど、パジャマの上からマントにモノクルって、滅茶苦茶シュールなんですけど。
タンガなんて地面をバンバン叩いて笑い転げている。
サリさん、落とし穴の中に顔を突っ込んで笑っても、声漏れていますよ。
ヨシカは視線をこちらに向けないように、背中をこちら側にして結界の準備を続けている。あとちょっとで一時間になる。笑って準備を台無しにはできないよね。
だけどこの仲間たちの態度のおかげで、メンタルがいつも通りに戻っていく。
「笑いたければ笑うがいいさ、俺を怒らせたら、いずれお前たちにも辱めを受けてもらう」
怖いことを宣言しないでほしい。
わかってるよねケンジ、俺は一切笑っていないからな。
もうシリアスな顔は保てなくなっているけど。
「ヨシカの結界と同時に、私も結界内の時間を止める。総員速やかに結界範囲から出てくれ」
強引に押し通すケンジ。
外園を含め、気絶している四人をみんなで運び、病院の敷地から退避する。
「解放します聖域結界」
「時間よ止まれ、クロノスストップ」
ヨシカが展開できる最大の結界術。悪魔王の決戦時にも用いた最大のフィールド型結界で病院の敷地を全て覆い包んだ。そしてその結界内の時間をケンジが止める。
「何とかなったのか」
次元の裂け目も含めて時間を止めた。それを守るのは最強の結界、これで魔物が外に出て来る心配は無くなったのかな。
「一時しのぎだ、いつまでも時間を止めておくわけにはいかない、ヨシカ、結界はどのくらい持つ」
「全力を注ぎましたので、数十年は持つと思います」
聖女様ハンパねー。
「それは気合の入れすぎだろ、私の時間停止は一週間しか持たないぞ」
普通なら一週間も時間が止められるなんてケンジ半端ないって、思っていたはずなのに、数十年って単位を聞いた後だと一週間は。
「しょぼく感じるな」
恐れ知らずのタンガが、俺の思ったことを代弁した。
それは口にしてはいけない言葉ではないのか。
「フン、時間停止がどれだけ高難易度のスキルかもしらないで、勝手なことを言ってくれる」
ほら、ケンジがへそを曲げたぞ。まだ体調も戻っていないせいか、悪態に力が無いけど、復活した時の報復には巻き込まれないように気を付けないと。
俺にそれだけの時間が残っていればだけど。
「サトルくん、ごめんね隠し事をして」
「知られると俺が負担に思う事なんだろ」
多くの記憶を取り戻したから分かる。ヒカリはずっと俺に誠実でいてくれた。それでも隠し事をする時、それは俺に不都合がある場合、知れば俺が悩み苦しむ可能性がある時のみ、ヒカリは俺へ隠し事をする。
「俺への説明は、落ちついてからでいいよ、今日はもう疲れた」
「ホントにいいの」
「ああ、何を隠しているかはわからないけど、何のために隠していたのかは、わかっているつもりだ」
できる限り、陽気な感じで言ってみた。
ヒカリの気持ちが少しでも楽になるように、もちろん、何を隠しているか知りたい気持ちもあるが、きっと、心して聞かないと、精神的なダメージが大きそうだ。
ひとまず次元の裂け目の対処は一週間の猶予ができた。後日に聞く時間くらいは作れるだろう。
「ごめんね、ありがとう」
「いいさ、それより後回しにできない問題もある」
気を失った四人だ。
角森、牧野、弓崖さんの三人は意識がなかったようだから、目を覚ましたら、ダンジョンの事は覚えていないかもしれないけど、覚えていたら面倒な事になる。
この手の処理はケンジが得意分野なのだが、不調なのに時間停止まで使ってしまい、いくら軽減アイテムを装備していても、これ以上の負担はかけたくない。
手伝うと言って聞かないケンジだったが、フラフラなのは一目でわかるレベルだったので、事後処理など、細かい作業が苦手なサリがタクシーを呼んで家まで送って行った。
「角森は能力を知っているから、事情を説明すれば済みそうだけど」
「それなら俺が角森を担当するぜ」
角森への説明担当はタンガに決まり。
「それでしたら牧野は僕が担当するのです。病院から黙って連れ出したようなので、こっそりと病院に帰しておくのです。目が覚めたら、どこまで覚えているかの確認、もしダンジョン内での記憶が残っていれば、催眠系アイテムで夢と思わせておきます」
牧野の担当はレンサク。病院で病人が消えたと騒ぎになっていないことを祈る。
「ミノリは私の家に連れて行くわ。ちょうどヨシカも泊まりに来るし、無理やりだけど辻褄を合わせてみる」
「できる限りお手伝いしますね」
「それじゃ、俺は残った外園だな」
「ルトサ、これを使ってくれなのです」
「これは?」
レンサクがラベルの無い霧吹きを渡してきた。お風呂掃除などで使うタイプに似ている。
「強力な催眠剤が入っています。これでダンジョン関係の出来事を夢と思わせてください」
「スキルの封印とかはいいのか」
「あまり良くありませんが、外園の調教スキルは魔物相手にしか効果がないようなのです。つまり魔物と遭遇さえしなければ、魔力を持つだけの一般人になりますので、ケンジが復活を待って封印しても間に合うと思うのです」
記憶消去ではなく催眠による誘導か、かってな都合だけど、そっちの方が気が楽だ。記憶を失う悲しみは知っているから。
外園もその能力で悪さをしなければ、俺たちは手を出すつもりは無かったんだぜ。
こうして俺は外園の事後処理担当となった。
記憶を取り戻してから、はじめて仕事を割り振られた気がする。面倒なはずなのに少しだけ、仲間たちと同格に扱われたことが嬉しかった。
「でも、サトルくんは一人にするとまだ危ないから、家に来てもらおうかな」
「へ?」
何を言っているのですかヒカリさん。
「また次元の裂け目がサトルくんの前に現れるかもしれないでしょ、ヨシカの傍なら裂け目もできないはずだからね」
「ねって言われましても」
ヒカリの家に行くだと、それも外園を連れて。
「そこなら事後処理も一緒にできて楽だし、落ち着いたら、今日の事の説明もできるよ」
俺がヒカリの家に行って落ち着けるわけ無いでしょ。
必死で抵抗を試みたが、一人では危ないという正論の前には歯が立たなかった。
こうして俺は、憧れのヒカリの家に泊まることになってしまった。
そして、最後まで誰も勇者の存在を思い出さなかった。ケンジが時間を止める前に、廃墟病院の敷地内に誰もいなかった事だけは確認している。
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