第62話『カッコ悪い×カッコ悪い=』

「サトッチ、この魔力はいったい」

「詳しくはわからないけど、次元の裂け目が、複数出現しだしたんだ」

「魔物じゃなくて裂け目事態が?」


 論より証拠ではないが、詳しく説明するよりも早く、サリの近くに裂け目が出現する。


 サリの実力から、魔法一発で簡単に裂け目を消滅させられるはずなのに、ヒカリたち同様、サリも裂け目を消すのをためらった。

 そして、そこからも上と同じように紫の鎧が吐き出され、出てきたオーガに装着される。


「セイヤ!」


 ダンジョンボスを倒した、俺が出せる最大の攻撃を鎧オーガに叩き込む。

 みんなのように鎧を砕くことはできなかった。

 ヒビが入っただけ、ならば続けて三度の連続攻撃、これでやっと鎧の一部を砕けた。


「サトルくん」


 追いついてきたヒカリが、俺が壊した箇所に輝く剣で攻撃してトドメを刺す。


「ヒカリ、裂け目も消そう」

「――、そうだね」


 やっぱり、ためらった。

 それでもヒカリは魔法を使い次元の裂け目を吹き飛ばす。複数出現したので、一つくらいなら消しても大丈夫、そんな雰囲気だ。


「ヒカリ」

「ごめんねサトルくん」


 こちらが何かを聞く前に謝罪されてしまった。

 もう俺が、みんなから隠し事をされていると気が付いた事に、ヒカリも気が付いている。


「隠し事もおしまいみたいだね」


 今にも泣きだしそうなヒカリ、それほど俺に知られたくなかったのか。


「まさか、次元の裂け目がこんなに沢山できるなんて思っていなかった」


 もう何度目かも分からなくなった次元の裂け目が、また現れる。


 目算で数えられるだけでも十を超えた。

 吐き出されるのは、紫の鎧とそれを装備する人型の魔物。

 裂け目の出現速度が速い。


「とりあえず。このピンチを切り抜けようか」

「うん、私はサトルくんの剣、これはどんな時でも変わらないから。望みを言って」

「後で話を聞かせてくれ、だけど、その前にこのフロアをキレイにしよう。ヒカリ、久しぶりにアレをやるぞ」


 俺は黒刀を自分の影に突き刺した。


「アレって、そこまで思い出したんだ」


 ヒカリは俺の構えで何をやりたいか察してくれた。

 俺が影でヒカリが光。

 異世界にて、互いが最初のパートナーであり、もっとも一緒に戦ってきた仲間。

 影は光が強ければ強いほど、色を濃くする。

 つまり、ヒカリが狙って光源を操作すれば、俺の望む影が瞬時に作り出せる。


「光よ集い輝け!」


 周囲の光源を一つに集め、俺の後方にまるで太陽のような強烈な光源を生み出した。俺の足元の影が星の無い夜空の様に、全てを吸い込むようなダークカラーとなる。


「影スキル『斬影転写』」


 黒い刀身へ全力で魔力を流し込む。

 すると俺の足元の影は周囲へと延び、サメの背びれのような刀身を生み出し地面を走る。駆け回る背びれの刃は魔物の足を切断して、後方にあった次元の裂け目をも斬り消滅させた。


 斬影転写、影に刺した刃を複製して周囲の敵を切り刻むスキル。ヒカリのサポートが無くても使えるが、ヒカリが周囲の光源を操作することで、スキルの威力は三倍以上に跳ね上がる。


 このスキルは、多勢の相手を対処する方法と考えたら、自然と浮かんできた。これまでのように記憶の欠片が蘇るような感覚ではなく、普通にちょっと忘れていたモノを思い出せた、みたいな感じ。


 魔物を倒しきることは出来なかったけど。


「後は任せて」


 今まで待機をしていたサリが貯めていた力を解き放つ。


「連続ファイアボールシュート&サンダーボールシュート」


 入り乱れる火球と雷球、火球は鎧を砕き、雷球は金属の装甲を無視して直接魔物にダメージを与えていく。

 これで九割を殲滅、残った一割もホカゲが素早く処理して、三階フロアの再制圧を完了させた。


「ルトサ、早くここからも撤退するのです。どうやら、ルトサが七階の裂け目に近づいた影響で、次元の裂け目が活性化したみたいなのです」


 つまり、俺がここに留まり続ければ、また次元の裂け目が出現してしまうのか。

 ヒカリたちが隠していたのはこの事なのか、でも、それなら最初から連れてこないよな、訓練だって、七階層まで突破しろって、俺じゃなくレンサクが言い出したことだ。まだ別の隠し事があるのか。


「レンサクくん、影響の範囲ってわかる」

「正確にはわかりませんが、この病院の建物を出れば大丈夫だと思うのです」

「それじゃ外の落とし穴を塹壕代りに使おう。出てきた魔物だけは、絶対に倒しておかないと」


 俺が病院内にいれば魔物が永遠に出てくるかもしれない。

 だったら留まる理由は無い、病院の外を目指す。

 どれだけの裂け目ができ、どのくらいの魔物が吐き出されたかは知らないが、放置してこの世界に解き放つわけにはいかない。


「一時間ほど時間を稼いでいただけませんか、わたくしにできる最大の結界でこの病院の敷地全てを隔離します」

「サトルくん、説明は後でするから、時間稼ぎでいい」

「七階まで攻め込んで、次元の裂け目を消すのは無しなんだな」


 俺にはできないが、ヒカリやサリならできるはず。


「それが――」


 それが、俺の願いなら叶えます。

 ヒカリの言葉は小さく、病院内から出てきた魔物の咆哮によってかき消されたけど、俺にはそう聞こえた。


 できるのにやらない。


 ヒカリたちにも考えなくてもわかる判断、この世界のためには、次元の裂け目なんて早く消した方がいい。

 それなのにためらう。


「私はもう、世界のために、あなたを犠牲にしたくはない」


 顔をそむけてつぶやくヒカリ、今度は聞き取ることができた。

 表情を伺うことはできないが、涙をこらえているのが伝わってくる。

 驚きはなかった。

 なんとなく、予想ができてしまっていた。

 七階の裂け目に近づくほどに、俺は記憶や力を簡単に取り戻せた。

 その原因が次元の裂け目。


 そこを閉じてしまえば、俺はどうなるのだろうか、取り戻した記憶や力を全て失うのか、それとも――ヒカリの態度からそれ以上なんだなと、理解してしまった。

 ヒカリたちは、次元の裂け目を封印して残すことを狙っていたんだ。俺を近づければ記憶が戻ると願っていたのだろう。そこまでは正解だったけど、裂け目が活性化するとまでは予想していなかった。それが今の現状。


 とたんに襲ってくる恐怖。

 指から力が抜けて、黒刀を落としそうになる。


 ヒカリたちにはみっともない姿は見せたくない、そう誓っていたのに、戦いでは弱くても、せめて心だけは強く保っていたかった。せっかく意中の相手が好意を示してくれているんだぞ、カッコ悪い生き方はしたくないじゃないか。


 それでも、俺は心まで弱いままだった。

 力を得る前のカツアゲされていた頃と何も変わっていない。


 ゴトリ、ゴトリ、ゴトリ。


 動けなくなってしまった。俺を無視して増え続ける次元の裂け目から、紫の鎧は吐き出されてくる。


「棒立ちになってるんじぇね、素人か!」


 タンガに怒られ、俺は大盾の上に担がれて外の落とし穴の中まで運ばれた。

 意識の無い角森たちと一緒に、塹壕代りに使うと言っていた落とし穴に隠される。

 カッコ悪すぎるだろ。


 せめて、様子を伺って足手まといにならないくらいの行動をしないと、これでは、気を失っている角森たちと何も代わらない。

 俺はどうすればいいんだ。

 急激に成長した感覚が、探っていなくても病院内から溢れてくる魔物たちを察知した。


 そのすべてが紫の鎧を装備していて、下位のゴブリンですら、中位の魔物のような魔力を発している。

 即座にヒカリたちが迎撃していく。

 ゴブリンくらいの魔物なら俺でも、例え鎧があっても倒せる。

 動いてくれよ俺の体、本当にカッコ悪すぎるだろ。


「何をカッコつけようとしている」


 塹壕の上から、ここにはいないはずの男の声が聞こえた。


「ケンジ」

「何をカッコつけようとしている。どんなにカッコ悪くても最後までもがくのが、お前のカッコよさだろ」


 いや、哲学的でかっこいいセリフを言っているんだけど、ケンジ、その恰好で言っても様になっていないぞ。


 メガネはいつも通りだけど、ひよこ柄のブルーのパジャマにスリッパ姿って、俺の中のシリアスが全て吹き飛ばされてしまったぞ。


 でも、そうだな。


「ありがとう親友、カッコ悪くあがくのが俺だった」

「フン、それでいい我が親友」


 何を悩むことがあるんだ。俺が弱いのは最初からわかっていた。だったらカッコ悪く足掻く以外に、やることはないじゃないか。

 俺は塹壕から飛び出し、ヒカリたちに加勢をする。


 自分にできることをしよう。

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