第61話『紫の鎧』
ダンジョンボスを倒して一息入れる。これで本当にクリアのはずだけど、どうしてだろう。黒刀がまだ戦闘態勢を解くなと訴えている気がする。
ゴトリ。
重たい金属製の物が落ちた音がする。
気が付かない内に次元の裂け目が広がり、紫色の物体が落ちてきていた。
「あれは、角森たちが付けていた鎧か?」
音の正体は紫色の全身鎧であった。色も形も角森たちが装備させられていた物に似ているけど、比べ物にならないほどの禍々しい魔力を発している。
あれはだめだ。
「影縄」
「サトルくん⁉」
本能があれはダメな物と訴えてくる。
俺は自分にできる最速で、影縄を巻き付け、影隠しで影の中へと引きずり込んだ。
影の中にしまえば問題ないはず。それはメタルドラゴンやガーゴイルで証明されている。それなのに、嫌な予感が続いている。どうして背筋のゾワゾワが止まらない。
「ここに留まるのはダメ、撤退準備!」
嫌な予感がしていたのは俺だけではなかったようだ。ヒカリが珍しく大声を上げた。
即撤退でないのは、ここには一般の人には見せられないものが大量に溢れている。
「ルトサ、ダンジョンコアも影の中に!」
「わかった」
レンサクの要望にしたがい、ダンジョンコアも影の中に放り込み、放置できない倒したダンジョンボスも丸ごと回収。
「サム、こっちも影に入れて」
今度はホカゲが部屋の隅に積み上げられていた、不思議な素材やアイテムの山を指さす。
「これは異世界の物、ここに残しておくわけにはいかない」
ダンジョンで産出された物なのか、裂け目から落ちてきた物なのかはわからないが、魔力を放っている意味不明物体の山、確かに残しておけば騒ぎになりそうだ。
俺は影隠しを広げ、みんなで手分けして、意味不明物体を影の中に放り込んでいく。その間も嫌な予感は消えない。
全てを放り込むのに、数分しかかかっていないが、ダンジョンコアから引き離されたダンジョンは急速に元の廃墟の病院へと戻っていき、残っているのは空間の亀裂だけとなった。
あれも、どうにかした方がいいんじゃないか、ヒカリやヨシカあたりなら、簡単に処理できそうだけど。
「亀裂はどうすんだ!」
「ヨシカの術で一時的に封印、ケンジくんが回復したら対処してもらうの」
異世界とダンジョンの痕跡は裂け目以外すべて片付け終わり、階段へ向かおうとした瞬間、また、ゴトリ、ゴトリ、ゴトリと、裂け目から紫の鎧が複数、吐き出された。
「またか」
これも素早く影の中へ、仕舞い込もうと影縄を伸ばしたが、鎧自体が浮かび上がり、影縄を避けられた。
鎧は空中でバラバラになると、新たに亀裂から現れた魔物、黒いオーガの体に吸い寄せられ、装備される。
「ブラッドオーガ」
黒いオーガの姿を見て、ブラッドオーガについての記憶が蘇る。
オーガ種の中でも最上位種。それがブラッドオーガ、肌には絶えず殺した相手の返り血が付いていないと落ち着かず、暴れまわる戦闘狂の魔物。
悪魔軍の中でも扱いに困り、殺す敵が居なければ仲間も殺しだす気性難。
それが三体も、身体強化をする鎧をも装備して目の前に現れた。
「よりによってこのタイミングでかよ、アイツら飛んでもねぇモノを捨ててきやがった!」
タンガが盾を構え最前列に進み出る。
ブラッドオーガ、パワータイプの魔物なので素早いわけではない、それに加えて全身鎧まで装備したのだから、更に動きは遅くなっているはず。
「どうする。撤退するか迎撃するか」
どうしてタンガは悩むんだ。強敵ではあるが、全力を出せば間違いなく倒せる相手に。
「大技は禁止、各個に撃破で」
「各個撃破、了解」
ヒカリが迎撃を選択しホカゲが了承する。
ブラッドオーガがタンガの盾を殴りつけた音がゴングとなった。素早く飛び出したホカゲが、右のブラッドオーガに攻撃を仕掛ける。
「爆裂分銅」
大鎖鎌の分銅が伸びる。その分銅を両腕をクロスさせガードするが、分銅が手甲にぶつかった瞬間に爆発、手甲は砕け散り、そこに踏み込んだホカゲが、今度は大鎌の一振りで手甲の無くなった両腕を切り落とす。
「光よ伸びよ!」
防御手段を失ったブラッドオーガを、光の刃を三メートル近くまで伸ばしたヒカリの剣が鎧ごと両断した。流石はヒカリ、剣を持つようになって攻撃力が格段にアップしている。
戦闘開始、数秒の速攻、以前は目で追えなかった動きもギリギリ視認できる程度には俺も成長したようだ。
強敵だと最初から分かっていたので、いつもみたいに分散して戦うのではなく、一体を確実に仕留めるためにアタッカー二人による速攻、残りの二体はタンガとヨシカによって足止めされていた。
「いつまでも女性陣ばかりに活躍させていられないのです」
レンサクが日曜日にも持っていた魔導アサルトライフルを構えて、フルファイア。
狙いはタンガが足止めをしていた中央のブラッドオーガ。
音は電動ガンのままなのに、発射された弾の威力はすさまじく、紫の鎧の表面を削り、全身にヒビを入れていく。
「マガジンを増設して連続四百二十発はいけるのです。そして、二丁目もあります」
マガジンを交換するのではなく、アサルトライフル自体を持ち換えて、攻撃の手を緩めない。二丁目の弾丸を撃ち終わるころには、装備していた鎧は機能を完全に失っていた。
「タンガ」
「オウ!」
リボルバーを抜いたタンガが六連発、ブラッドオーガの急所に打ち込みトドメを刺す。
残るは一体、最後は俺も加勢しようとヨシカの方へ振り替えれば。
「聖獣召喚、来てディアナ」
ヨシカが純白の大鹿を召喚していた。
また記憶が簡単に湧いてくる。あれは聖女にしか契約できない伝説の召喚獣であり聖獣、死者すら蘇えさせると伝えられている。正確には死後数分、魂が霧散する前なら蘇生可能だけらしいが。
その召喚された大鹿、名をディアナがブラッドオーガへ突進していく。
目標はもちろん残った最後の一体、こいつの鎧はまだ傷も付いていない新品同然、他のブラッドオーガは鎧を壊してから倒していた。だからディアナが鎧を破壊した瞬間を狙おうと、黒刀を強く握りしめたけど、真正面からの角の突き出した突進は、鎧を砕き、黒き体をも貫いた。
「あら」
貯めていた力が無駄になった。
追加で思い出した記憶、大鹿ディアナの突進は悪魔王にすら手傷を負わせる。仲間内でも単体火力ならトップレベルである。
何もできなかったけど、これで終了かな、ヒカリたちがすごい警戒していた割には簡単に倒しているけど。
「後は、裂け目を塞ぐだけか」
「そ、それは、ケンジくんが回復してからで」
どうして歯切れが悪いんだ。
不思議とこの階層についてから、どんどんと蘇ってくる記憶で、強い魔力をぶつければ、次元の裂け目は閉じることが出来るってあるんだけど。
過去の俺は知っていたんだ。みんなも当然知っているはずなのに、どうして塞ぐのをためらう。
「なあヒカリ、どうして――」
どうして裂け目を閉じる事をためらうと、最後まで言い切ることができなかった。今度は裂け目から何かが出てきたわけではなく、空間に裂け目自体が無数に現れたのだ。
ゴトリ、ゴトリ、ゴトリ。
できた裂け目から次々と吐き出される紫の鎧、続いて出てくるのは、レッドオーガからゴブリンまで人型と言う共通点を持つ魔物たちが続々と這い出して来て、紫の鎧を装着していく。
「撤退、撤退、三階のサリと合流して防御陣を敷きます。タンガくん」
「おう、殿は任せろ」
「サトルくん、先行して三階まで」
「わかった」
余計なことを考えている暇がなくなった。今、俺にできることは、一秒でも早くサリたちと合流すること、俺が急げば急ぐほど、みんなの撤退が早くなるのだから。
七階を出て、六階、五階と降りて四階で前方に次元の裂け目が出現した。
考える余裕もなく、反射的に魔力を込めた一太刀を叩き込む、すると、裂け目からの魔力の流れ込みが止まり、溶けるように消えてなくなった。
やっぱり、裂け目は簡単に消すことができる。なのにどうして、誰も裂け目を消そうとしなかったんだ。
疑問を持ちながらも、俺は三階でサリとまだ眠る角森たち三人との合流に成功した。
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