第59話『忍者ホカゲⅣ』

 サムの仲間の救援で私は生き残ることができた。

 私達を追いかけてきた魔物たちは撃退できたけど、それは砦にいた魔物の一部に過ぎない、砦の指揮官は倒したと思うけど、まだまだ戦力は残っている。


 魔物たちはどう動く、指揮官が倒された。そこにタイミング良く勇者の襲撃、絶対に繋がっていると考える。

 相手の選択肢は「逃げるか」「戦うか」の二択。


 逃げを選ぶか? 軍勢を見て逃げ出す勇者相手に、それは選ばないだろう。

 準備を整えたら勇者が逃げ込んだ村に攻め入るだろう。


 私はサムたちに事情を説明、村人を逃がすのに協力してほしいと頼む。


「最初から、そのつもりだから安心して」

「ありがとう」


 たった「村人を逃がして」の一言だけでも、魔法の契約が発動「勇者の名声のために村人を逃がして」に変換される。忌々しい。


 敵の規模がどれくらい残っているかを確認するため砦に戻る。

 さらに増援を呼んだのか、砦の戦力は千を軽く超えていた。


「今なら確実に勇者を殺せると判断したのかな、岸野さん、敵の気配ってわかる」

「強者の気配がいくつかあるよサトルくん、もしかしたら四魔将軍の誰かが直接きているかも」

「そうなると、もう砦に潜入するのも危険だな」


 指揮官を失った砦、混乱しているならもう一度潜入して情報を得ようとサムと相談していたけど、ヘルメト・ブルよりもさらに上の魔人がいる可能性が高く、断念。


「こっちは迎撃の用意もできない、それに引き換え、向こうは出撃準備が今にも完了しそうだ。ケンジ、策はないか」

「無理だ、あきらめろ、俺たちがここに留まり命懸けで戦っても、あの数全てを倒しきる前に村は壊滅する」

「逃げるしかないか」


 結論は出た。

 勇者が逃げ込んだ村に戻る。


 そこでは勇者は村人を使い、防御陣地らしき物を作らせていた。

 堀を深くして丸太で棘の柵を設置している。


「この程度じゃ防げないぞ」


 サムのぼやきに同意。

 村に防御陣地を作り待ち構えるのは悪くない戦術だ。サムたちもそのつもりだった、けど、それには村人に避難してもらう必要がある。


 魔法やスキルがあるこの世界では、人数よりも能力者の質が戦いを左右する。村人の安全のためにも、思い切り戦うためにも、村人には避難をしてもらう必要があった。

 私では勇者に意見できないので、申し訳ないけど、サムが勇者の説得をした。


「魔物の群れは俺が倒す。よって避難の必要はなし」


 聞く耳を持ってくれなかった。

 増援で増えた敵の姿も見ていないのに勝手なことを言い出す勇者。


「貴様たちは勇者の力を知らないだろ、心配は無意味だ」


 逃げ出したくせにどうして、あんな自信が持てる。


「時間が無い、バカは無視して俺たちで村人を逃がそう」


 サムたちは勇者の無視を決め村人を説得する。


「でも勇者様が守ってくれるって」

「畑を捨てたら、生きていけね」


 生まれ育った村を捨てて逃げろと言われても、そう簡単に応じてくれる村人は少ない。


「しかたがないサトルくん、あれ出して、私がさっき倒した魔物」


 岸野さんが倒した魔物、救援に来てくれた時、大型の魔物も倒していて、それがサムの影の中に収納されていた。


「騒ぎになりそうだけど、仕方がない」


 サムの影から、鋭い角を持つライオンに似た魔物を取り出した。


「こんな魔獣が大群で向かってきています。今すぐに避難を」


 これは効果覿面であった。避難を渋っていた村人たちが、我先にと村から最低限の荷物を持って避難していく。


「最初からこうすれば良かったか」

「怖がらせたくは、無かったんだけどね」


 魔物の脅威をしっている中央付近の村なら、普通の説得で避難してくれていた。でもここは辺境で、魔物の脅威など数十年なく感覚がマヒしていた。

 サムたちが倒した魔物を持ち帰っていなかったら、説得が難航していただろう。


「俺の活躍を見る観客を勝手に逃がすな!」


 これで村人を気にせず戦えると、気持ちを前に向けた瞬間だった。

 私に勇者の刃が振り下ろされた。


「危ない!」


 勇者と私の間に、サムが自分の体を割り込ませる。

 肩口から斜めに斬られるサム、鮮血が飛び散り、体が崩れ落ちる。


「サム!」

「ち、こんな役立たずをかばうなんて、バカな野郎だ」

「バカはテメェだ!!」


 盾崎丹狗が大楯で勇者を殴り飛ばした。


「ヨシカ、早く、傷が深いぞ!」

「はい、今行きます!!」


 サムの傷はかなり深かった。青磁さんのおかげで傷が塞がったけど、流れた血が多すぎた。顔色も悪いまま回復しない。


「チィ、ここでの防衛線も中止だ、俺たちも避難するぞ、タンガは勇者を担げ」

「どうして、こんなヤツを、捨てておけばいいだろ」

「伊賀野が勇者関連の契約で縛られている。勇者を逃がさないと伊賀野も逃げられない」

「疫病神が!」

「いや、俺は大丈夫だ、ここで食い止めないと、大きな街にも被害がでるぞ」


 青い顔のままサムが起きあがる。


「だが」

「俺はケンジの作戦を信じる。頼む親友」

「この卑怯者が、わかった撤退は取りやめここで迎撃する。ただしサトル、貴様は前衛にはでるなよ」

「わかってる」


 撤退に傾いていた流れをサムが変えた。

 本調子でないにも関わらず、影に隠れて奮迅の活躍をした。

 これにより、魔物の軍勢は退けられ、勇者の手柄として王都へと帰還することになった。


「本当にゴメン」


 私はサムたちに頭を下げる。私が一緒に戦ったせいで、サムたちの活躍まですべて勇者の手柄へとすり替えられてしまった。私の手柄は全て勇者の手柄となるようになっていたから。


 傷つきながら戦ったのはサムたちだ、勇者パーティーは妨害をしただけ、それなのに褒め称えられるのは勇者、頭を下げる事しかできない自分が惨めで情けない。


「気にしなくていいよ、名声は邪魔にしかならないし、報酬は魔物の素材を換金して手に入れるから問題ない」


 私はせめてものお礼として、勇者の財布を丸ごと渡した。理由は勇者のために戦ったから、それに見合う報酬を渡した事にした。一切の嘘をついていないから、契約にも縛られなかった。




 ヘルメト砦の戦いから二週間、王都へ帰還した勇者パーティーは悪魔軍の大幹部ヘルメト・ブルを討伐した功績を称え、第一王女から直々に褒美をもらう事となった。ヘルメト・ブルは辺境砦の指揮官から、いつの間にか悪魔軍の大幹部に昇進していた。

 プロパガンダである。大々的に国王までも参加する授受式が行われる流れとなった。


 私も勇者パーティーの帰還に合わせて第二王女の元へ帰ってきていた。


「これが最後のチャンスだと思いなさい」


 そして下される新たな命令。

 第一王女が勇者に褒美として渡す物が、宝剣であることが判明。

 第二王女は、第一王女が勇者に宝剣を渡す瞬間を狙い、影スキルで第一王女の腕を操り、宝剣を国王に投げつけさせろと命令した。

 下手をすれば、国王の命に係わる。


「それが、どうかしたの」


 国王は自分の父親ではないのか。


「むしろ死んでくれた方がありがたいわ、あなた、もし宝剣を投げ付けて国王が生き残ったらトドメを刺しておいて、その罪も全部、お姉様に被ってもらうから」


 外道が。


 本当に、私はこいつから解放されるのだろうか。


『ふむ、これはかなり強力な魔法の契約だな、金で用意できるランクでは最上位だろう』

『ケンジでも解除できないのか』

『時間をかければ、私に不可能はない、ただ、その時間はなさそうだ』

『じゃあ、どうすれば』

『慌てるなサトル、解除は無理でも、書き加えならできそうだ』

『第一王女に被害は出ないのか』

『私がそんなミスをすると思っているのか』

『よかったー』

『ねぇサトルくん、気になっていたんだけど、第一王女様とずいぶん仲良くない?』

『そ、そんなことはない、です。ケンジ、シャドウさんの魔法の契約を何とかしてくれ、頼んだぞ』


 賢者のジョブを持つ、刻時賢二が魔法の契約のシステムを解析した。それによると、出せる命令は一つだけで、その命令を解除しないと、次の命令は出せないらしい。


 そして新たに下された命令の内容。


◆命令:第一王女が、勇者に剣を渡す直前、剣を持つ腕を操り、国王を攻撃しろ。

◆解除:命令の成功、もしくは失敗。


 失敗が条件に組み込まれているのは、失敗した場合、次の命令が出せなくなり、魔法の契約が無意味なモノに成り下がるためだ。第二王女の慈悲なんかではなく、魔法の契約で無理やり言うことを聞かせる時の常識らしい。

 いやな常識だ。


 サムたちとの会話を思い出しながら、私は授受式が行われる会場の隅で身を隠していた。式はもう間もなく始まる。

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