第58話『忍者ホカゲⅢ』
ヘルメト砦の裏手、毒の沼と茨で覆われた一角。
ここだけは昼間でも警備が薄い。
厳重に警備する必要がないからだ。
もし茨でカスリ傷でも作ってしまえば、そこから毒が入り、砦に侵入できてもただでは済まない。魔法で防御をすれば魔力反応を探知されるだろう。だけど私には、潜入に特化した魔力ではなくスタミナを消費する忍者スキルが複数ある。
多大なスタミナと引き換えに砦に潜入成功。
ここからは時間との勝負。
一時間以内に敵将ヘルメト・ブルを倒さないといけない。
人相をまったく知らないが、情報だと牛のような顔をしているらしい。
これだけの情報で暗殺を実行、言い出したのは私だけど正気の沙汰じゃない。いや、顔が牛に似ていると情報があるだけでも良しとしなければ。
悪魔族だからと、そうそう牛頭の魔人なんているはずがない。
…………二人いました。
一人目は檻に捕らえた人間を調理しようと、五人ほどが一度に入れるほどの大鍋に油を注いでいる。
二人目は、出来上がる料理を楽しそうに待っている。
どっちが、ヘルメト・ブルなんだ。構図を見れば二人目だけど、魔力を抑えているので、どちらの力が上か判断できない。襲撃を警戒しての偽装の可能性も捨てきれない。
それに人が囚われているなんて情報もなかった。二十人以上が狭い檻に押し込められている。まだ痩せ衰えていないので、掴まって間もないようす。
このあたりの村や街から大勢の人が消えた噂は聞いていない。二十人もいなくなれば絶対に耳に入っているはず。
食料として別の地域から連れてこられたのか。
砦の中の兵力は、悪魔が五百から六百、騎乗用や戦闘用に飼育されている魔物が二百前後、予想よりも戦力が多い、私の予想の三倍以上、転移魔法で直接送り込まれていたんだ。
こんな辺境に、これだけの戦力を揃えるなんて勇者討伐しかありえない。あの勇者は自分の存在を隠しもしていなかった。
「この砦を攻めるなんて、自殺行為でしかない」
今から引き返して勇者の説得を、できるなら私はここにはいないか。
潜入する前に覚悟は済ませたじゃないか。
私にできることは、敵将を倒し、敵の指揮系統を混乱させる。
一人を奇襲で倒し、もう一人は運が良ければ刺し違えられるかも。これが限界。
確率は二分の一、仮に指揮官を倒せても、これだけの規模になれば優秀な副官の一人か二人はいそうだけど、もう、今更だ。
奇襲のターゲットは料理を待つヤツに決める。理由、何かエラそうだから指揮官っぽい。
「玉砕覚悟の特攻か」
私の影の中から、腰に刀を差した一人の男子が姿を現した。
「どうしてここに」
「助けるって約束しただろ、たまたま君が冒険者ギルドに送った連絡を知ることができて全速力で向かってきたんだ。ギリギリ間に合った」
まさか、あの約束を守るために来てくれるなんて、夢にも思わなかった。
「リップサービスだと思っていた」
「友達との約束は守れ、守れない約束はするな、これは親父の遺言なんだ」
その言葉は以前、ファンサムの中で聞いたことがある。
「もしかしてサム」
腰に刀を差していることも影響していた。この名前も知らないクラスメートがファンサムのギルドメンバー、侍のサムとダブって見え、思わず呟いてしまった。
「どうして、ファンサムでの俺のキャラ名を知ってるの」
「私シャドウ」
「え、伊賀野さんがシャドウさんだったの、そういえば忍者、アバターと一緒」
忍者シャドウを知っている。だったら間違いなく、この男子が、あの侍のサムだ。
「まさか異世界に来て、ギルメンに合うなんて驚き」
「同感」
でも、本物のサムなら、この場面を切り抜けられるかもしれない。
ファンタジー世界をテーマにしたオンラインゲームのファンサム、もうサムとは二年以上一緒にプレイしている。
その中で、人質救出ミッションも何度かこなした。
「伊賀野さん、前にオーガの砦から人質救出した時の事って覚えてます」
「もちろん」
サムも同じことを考えていた。
「あの作戦で行きましょう」
「目標は人質救出、ターゲットは牛顔の魔人が二匹、制限時間は後四十五分、それが過ぎると勇者が突入してくる」
「了解」
昔、ゲーム内で使用した作戦がある。
それは、一人がワザと姿を現しもう一人が奇襲を仕掛ける。文字に書けばシンプルな作戦になるけど、私は忍者でサムは影を使う剣術をマスターしていた。
つまり、二人とも影からの奇襲ができる。
最初に狙ったのは、料理を待っていた魔人、影から飛び出したサムの一撃が急所に刺さる。これで倒せればOKだが、悪魔族でも幹部クラスになると耐久値も相当、胸を押さえながらも動き続ける。
サムは素早く影に飛び込み、姿を消すと、今度は私が背後から飛び出し首を付いた。
「まず一匹」
鍋で調理の準備をしていた魔人が、肉斬り包丁を振り回し襲ってくる。人質を取らずにこっちに向かってきてくれて助かる。私は引き付けて影に逃げ込んだ。
敵が私を見失うと同時にサムが影から飛び出し、肉斬り包丁を持つ腕を切り落とした。悶える魔人にチャンスが来たと、今度は影から飛び出した私とサムが同時攻撃で煮えたぎる油鍋の中へ突き飛ばした。
「これで二匹」
ゲームは何度もやった、二人を一人と思わせて、背後からの奇襲攻撃。現実でやるのは初めてだったけど、ここまでうまく連携が取れるなんて驚きだ。
これで戦闘終了ならハイタッチをしたかったけど、ここは敵地のど真ん中。
他の魔物たちが騒ぎに気が付き集まってくる。
急いで捕まっている人たちを解放すると、私の壁抜けやサムの影抜けを使い、砦の外へ誘導していると、予定よりも早く勇者が攻め込んできた。
「食らうがいい魔物ども、勇者の必殺技を」
逃げる進行方向から、勇者の攻撃が飛んでくる。
私もサムも人質だった人たちも、ついでに追いかけてきた魔物たちもまとめて吹き飛ばされた。狙いを定めない無差別攻撃だったから直撃は免れたけど、無差別攻撃だったから巻き込まれた。
「やってくれるな、あのバカは」
サムが無事でホッとした。でも一緒に逃げていた人質たち全員が無事か確認している余裕はなかった。魔物たちに追いつかれた。
「逃げろ、村まで全力で走れ!」
サムが叫ぶ。
もう一人一人を助けている余裕はない。
一人でも多くの者を逃がす戦いに切り替えるしかない。
勇者パーティーは最初の一撃の後、魔物の大群を見て我先にと逃げ帰った。
「災害保勇者が」
そんな日本語は無いが、意味は理解できた。
それからは乱戦であった。先ほどのようなサムとの連携もできない。ひたすらに襲い来る魔物を倒す、逃げる。追いつかれたら倒す、そして、また逃げる。
砦から脱出、ひたすら走る。戦う。そして逃げる。
自分の身を守ることで精一杯だった。
満身創痍、全身がボロボロになった。隣にサムがいなければ、砦すら脱出できていなかった。
でも、もうここが限界。
「大丈夫だ、間に合ってくれた」
「え?」
聞き返すよりも早く、私とサムが防御結界に包まれた。
「ごめんサトルくん、遅くなった」
閃光と共に飛び込んできたのはクラスメートの岸野さん、輝く剣をかざして魔物共をなぎ倒す。
まさかの救援。
「相手はヒカッチだけじゃないぞ、必殺オーバーヘッド・ファイアボールシュート」
またクラスメートだ、ショートポニーをなびかせ、空中で回転した真帆津さんが、うなる火球を魔物の群れの中心に蹴りこんだら大爆発。
「僕だって活躍するのです。くらえ新作の魔導爆弾なのです」
こっちもクラスメートのメガネ男子。名前は思い出せないけど顔は知ってる。マッシュルームカットを揺らし、近くの魔物に投げつける。
爆弾って言ってなかった。こんなに近くに投げていいの。
いくら防御結界があっても近すぎる。
予想通り爆風が襲ってくるが、私の前に割り込んだ大盾使いによって、爆風は完全に防がれた。
「おい、投げるならもっと遠くに投げろ、今のは危なかったぞ」
「ごめんなのです。予想よりも僕の肩が弱かったのです」
そんな理由で巻き込まれてはたまらない。
「痛い所があったら教えてください、すぐに手当てをします」
盾に守られている私の元に青磁さんがやってきた。生贄を免れたって話は本当だったんだ。
みんなが助け合い、時には文句をぶつけ合いながらも、サポートを忘れない。半年も勇者パーティーを見てきたが、あいつらがこんな戦い方をしたことは一度もなかった。
これが仲間なんだと、彼らのことが羨ましくてたまらなかった。
「ふむ、これだけの敵がいる砦に、真っ昼間から潜入して幹部の暗殺を成功させるか」
いつのまにか私の後ろには、戦いに参加していないクラスメートが立っていた。
彼は覚えがある。クラスでも目立っていた。芸能人の息子、刻時賢二だ。
「サトルの言う通り、優秀な人材だな」
「だろ、伊賀野さん、よければ俺たちのパーティーに入らないか」
まさかの勧誘、魔法の契約で縛られていなければ、即頷いていたのに。
「契約のことは知ってる。それを含めて何とかするから、俺たちの仲間になってくれ」
「ヒカリの前で別の女子を口説くとは、サトル成長したな、見直すかは微妙だが」
「そんなんじゃないぞ」
彼らのサムの仲間になりたい。私の中では、いつの間にか死にたいという思いは無くなっていた。
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