第57話『忍者ホカゲⅡ』
第一王女暗殺の失敗。
どんな罰を受けるかと、気が滅入っていたけど。
勇者の剣の儀式が、失敗、復活が不可能となり、勇者を支持していた派閥は国王に睨まれ、それどころではなかった。第二王女も勇者派閥だったようだ。
勇者はほとぼりが冷めるまで前線送りとなった。もっとも激戦地ではなく、重要拠点の無い、前線の端の辺境だが。
私も暗殺の際に顔を見られているので、城には留めておけないと、勇者のサポートを命じられた。パーティーに同行するのではなく、影から正体をバラさないように、私が手柄をあげても、その全てが勇者の手柄になるようにしろと。
「どんな手段を使っても、勇者に手柄を立てさせなさい」
暗殺失敗による拷問を受けずに助かったと思ったのは、ほんの二日ほどだった。
勇者パーティーの連中が酷すぎる。
問題を起こしたばかりなのに、一切の反省なし。
王都から二日の距離の街で早速、騒ぎを起こした。
酒場にいたキレイな女性を攫って無理やり宿屋に連れ込んだ。止めようとした女性の連れや、宿屋の主人を斬り捨てて、町の役人は勇者派閥の貴族から通達があったらしく見て見ぬふり。
私は勇者パーティーのサポートを命令されているので、邪魔はできない。麻薬を使われ思考が鈍っている私より、イカれた思考ってどうなの。
邪魔はできないけど、サポートならできる。
だったら正義の勇者様のためにサポートをしてあげる。
勇者に女癖が悪いなんてマイナスイメージは付けられないので、部屋に戻った勇者たちをそうそうに眠らせる。女性はまだ襲われる前だったので、これは冗談だった、勇者は女性には紳士ですと無理やりな言い訳で女性を解放。
斬られた、女性の恋人と宿屋の主人には、修行明けの勇者が力の制御をミスしてケガをさせてしまい申し訳ないと、中級ポーションで治療、プラス慰謝料と口止め料を払った。
もちろん、宿屋で寝ている勇者の財布から。
私は第二王女から、軍資金など銅貨一枚も支給されていない、なのに勇者パーティーの革袋型の財布には金貨がギッシリと入っていた。
これも勇者のサポートのため、半分ほどを私が管理することにした。
ちゃんと勇者たちが起きる前に両替して、金貨を銀貨に交換、金貨一枚と銀貨十枚の価値はほぼ同じなので、抜いた分の金貨と同じ枚数の銀貨を財布に戻しておく、これで重さは変わらない、勇者たちは軍資金を受け取った後に中身を確認していないのは分かっているので、バレることはないだろう。
そもそも、こいつら食事でも宿屋でも、勇者だと名乗り一切の金銭を払っていない。
街や村では、魔物の襲撃と同レベルで勇者の来訪が恐れられる日は近そうだ。
そして私は手に入れた資金で、薬を購入、体に入れられた麻薬を消すために。
この世界には、どんな症状にも効く万能薬があって助かった。値段は小さな屋敷が購入できるぐらいらしいが、勇者の財布に入っていた総額の三割で買えた。
禁断症状が出れば、嫌でも第二王女の元へ戻らなければならない。城を出る前にも飲まされた、痛覚が鈍り、気持ちが高揚、夜は眠れないのに眠気に襲われる。しまいには殺した罪人の幻覚も現れだした。魔力を探らないと人と幻覚の区別が付かなくなる時間帯もある。
こんな状態で勇者パーティーのサポートなどできるか。
それに薬が切れたら、王都まで帰り着くのは不可能、第二王女は私が死んでもかまわないと思っていそう。
「魔法の契約だけでも面倒なのに、薬でも動きを制限されるなんて御免だ」
彼は助けてくれると、言ってくれた。
嘘でもよかった。
今の私には、あの言葉だけが心の支え。
「地獄」
それから半年、私はまだ勇者パーティーのサポートを続けている。
勇者は手柄を上げるどころか、被害を出しまくっている。一昨日も下位の魔物を倒すために村を半壊させている。
万能薬で麻薬の苦しみからは解放された、けど、勇者の面倒からは解放されていない。ちなみに半年も影でサポートしているのに、勇者パーティーは誰一人として私の存在に気が付いていない。甘く見積もってもレベルはまだ20にもなっていない。
勇者パーティーは王都への帰還を打診しているが、手柄を上げるまでは帰国禁止命令が出ていて、これを破れば、勇者だろうと牢屋行きと国王命令が出ている。
国王の怒り。
国の宝をいくつも破壊した勇者への怒りは、まだ収まっていないようす。
「どうして勇者派閥の貴族たちは、こんな勇者の支援をまだ続けている」
疑問。
私には、勇者を支援することで、名声も地位も財産も失う破滅の道にしか見えない。
勇者スキル『先導者』。後から、このスキルの存在をしり疑問は解消された。
そんなスキル、欲望の欠片も持たず、比類なき智謀でも持っていないと、呪いにしかならないと思う。
「手柄を上げればいいんだろ、だったら、悪魔族の砦を落とすぞ」
勇者が、また変なことを言い出した。
この近くの悪魔族の砦は、ヘルメト砦か、牛の顔を持つ魔人ヘルメト・ブルが守る砦。
四魔将軍の中でも武闘派、戦将ズガンダの部下でヘルメス・ブルも武闘派だったはず。ただ上からの命令無視を繰り返す暴れ者で、この辺境の砦に飛ばされてきたらしい。
勝てる相手ではないので、勇者をどこか別の場所に誘導しようと検討している最中だった。だが、どこに行っても迷惑をかける存在を、どこに連れて行けばいいのか、この半年、移動するたびに良心をすり減らしていた、そのせいで誘導が遅れてしまった。
勇者が悪魔族の砦を攻める。
成功しても、失敗しても、この村には被害がでる。
確実にでる。
村人の全滅、それだけでなく周囲の街すら滅ぶかもしれない。
被害を出さないことをはできない、それはこの半年で学習した。できることは被害を最小限に抑えること。
近くの大きな街の冒険者ギルドに救援要請を送った。
「間に合って」
わずかにでも被害が減りますよう。
ここで勇者を眠らせられれば良いのだが、襲われた女性を助けるのとは訳が違う。勇者が悪魔族と戦うと行動を始めてしまった。こうなってはもう契約の穴を突いた妨害はできない。
勇者自身に足を止めてもらわなければ。
私は仮面をかぶり、今まで接触を避けてきた勇者の前に姿をさらして跪く。
「お待ちを勇者様」
「誰だお前は」
「王国からの支援要員です」
「なんだよ、今更そんな者を送ってくるのか、もっと早くよこせ、のろまが!」
ずっとサポートしてきたが、気が付かなかったのはそっちだ。あれだけ犯罪行為を繰り返して、サポートするのは大変だった。したくもなかったのに、その結果が勇者からの罵倒。
噛みしめた唇から血が滲みでる。
「自分が先行して、敵将を暗殺します。攻撃はそれまでお待ちください」
せめて一日でも時間を稼げれば、村の人たちは避難できる。
「暗殺だと、なんて卑怯な行為だ。貴様は暗殺者か、そんな後ろ暗いドブネズミがよく、俺の前に姿を見せられたモノですね。会話をしただけで、俺の経歴に汚点が残ってしまいそうだ――」
想像はしていた。
この勇者は相手のジョブで態度を変える。
暗殺と口にすれば、こうなるのは分かっていた。でも確実に足は止める。人を罵るために。
「それで、暗殺にどれだけの時間が必要なんだ」
一時間近くも散々暗殺は卑怯だと罵ったくせに、最後はこのセリフである。跪いた手が地面の土を握りしめていた。
この土をこいつの顔面に叩きつけたいけど、それすら魔法の契約は許してくれない。
この稼いだ一時間で、村長へ送った連絡が届いていることを願う。
「一日いただければ、今晩にでも成功させてみせます」
「遅い、王国は一日でも早く勇者の帰還を待っているんだ」
それはない、一日でも長く帰還しないでくれと願っている。
「今すぐに行って暗殺してこい。昼飯を食べる間、そうだな一時間だけ待ってやる。そもそも暗殺なんて卑怯な手段は、最強勇者である俺には必要ありませんが、せっかくの王国からの支援ですので使ってやる。有難く思え」
「ハ。感謝いたします」
一時間、それも真っ昼間に、敵の砦に潜入して敵将を暗殺しろか。
夜の暗闇を利用しても成功するかわからない、砦の中の見取り図すら作製できていないのに、今日が私の命日になりそうだ。
死ねば、この苦しみから解放される。
自殺は禁じられていたが、勇者の命令での玉砕は禁止されていない。
心残りがあるとすれば、日本で遊んでいたオンラインゲーム・ファンサムのギルドメンバー、侍のサム。彼にギルド脱退の連絡が入れられなかったことくらいかな。
最後に思い浮かぶのがゲームだなんて、我ながら悲しい人生だった。
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