第56話『忍者ホカゲⅠ』

 サムたちが廃病院ダンジョンに突入していった。


「お前はあっちの組でも良かったんだぜ、サトルと一緒にいたかっただろ」

「私はサムの影、サムのサポートこそ私の願い」

「強情だね」

「違う本心」


 雑談をしながらラジコンを走らせ、脱出経路を確保すると、私たちも行動に移る。

 忍者の私が、いつものように先行。

 これは異世界にいた頃からの行動。


 私はサムの影、サムが動きやすいようにサポートして逃げ道も確保する。

 忍者スキル『壁走り』で病院の外壁を駆け上がり、タンガとレンサクのためにロープを垂らす。


「夜の侵入は、あのころを思い出す」


 私は異世界に召喚され、ジョブが忍者であると判明した後。

 基礎訓練を受けるクラスメートとは別の場所に、上位の文官らしき人物に連れて行かれた。


 薄暗く人目が無い部屋。そこで待っていたのは、この国の第二王女だった。

 暗い部屋には似つかわしくない豪華なドレス、髪は日本では考えられない血のような赤色、目と眉は性格を表すかのように鋭く吊り上っていた。


「この者が忍者のジョブ保有者、女ではないか」

「申し訳ありません、今回の召喚者の中で忍者のジョブを持つ者は、こやつ一人だけでした」

「まったく嘆きたくなるわ、それでどのくらいの使い手なの」

「まだ召喚されたばかりですので、レベル1でございます」

「なんだそれは、では使い物にならない役立たずではないか」


 人を無理やり連れて来て、ひどい言い草。


「ですから、他の者と一緒に基礎訓練をいたしてからの方が」

「バカなのかお前は、それでは他の者に忍者がいたとバレてしまうではないか、何のために手をまわして召喚者を先に確保したと思っておる」

「申し訳ありません」


 第二王女にへこへこと頭を下げる文官の男。


「二カ月あげる。それまでに、その暗殺者を使えるようにしなさい」

「かしこまりました」


 私のジョブは忍者であって暗殺者ではない。


「まったく世話を掛けさせてくれる」


 第二王女が退出すると、文官の男は急に態度がでかくなった。


「いいか殺し屋、二カ月以内に第二王女が望むレベルに成長しろ、さもないとどうなるか分かっているな」


 殺し屋ではなく忍者です。

 後から判明したことだけど、以前に召喚された者の中にもジョブ忍者が存在していた。だけど、この世界には忍者は存在せず、忍者とは何か理解できなかったらしい。


 能力だけを見れば、隠密行動に、敵地潜入と、暗殺に役立つスキルが豊富で、前任者は忍者スキルを駆使して暗殺を繰り返し、暗躍したことから、異世界人には忍者イコール暗殺者と誤解が広まってしまっていた。


 つまり第二王女は、私に殺させたい相手がいる。

 私の存在を隠して確保したことから、その殺したい相手は、身内の可能性が高い。


 それからの一カ月は地獄であった。

 クラスメートが受けていた基礎訓練とは比べものにならない、拷問だった。


 ストレスで血の尿が出るってホントなんだと初めて知った。

 傷つき動けなくなっても、ポーションで即回復、逃げ場は無かった。

 ひたすらに人を殺すための特訓。


 魔法の契約によって縛られ、命令には逆らえない。

 実際に練習のため罪人を殺せと命令された時には、必死で抵抗したけどダメだった。


 その日の夜は、一睡もできず嘔吐を繰り返した。


「これでは使い物にならんな」


 精神が弱いと判断され、捨ててくれればいいと願ったが、そうではなかった。精神を鈍化させる薬を使われた。ずばり麻薬だ。


 初めは苦痛だったが、薬の効果は強く、罪人を殺すことに抵抗がなくなっていく。

 表情もどんな苦痛を与えられてもポーカーフェイスが保てるようになった。

 そして暗殺の命令が下された。


「予定より、一カ月早い」

「チャンスがきたのだ、殺戮人形は無駄口を叩くな」


 城内が騒がしい。

 遠征に出ていた勇者が、勇者の剣を折って民間人を傷つけたと騒ぎになっている。

 勇者の剣、復活の儀式を執り行うため多くの者が忙しそうに動き回っている。第二王女は今がチャンスと捉えたようだ。


 下された命令は第一王女の暗殺。


「この仕事が成功したら自由の身にしてあげるわ」


 第二王女の言葉、素直に言葉を解釈するなら、暗殺の成功報酬でこの奴隷生活から解放される。だが、おそらく、いや間違いなく、成功したら私を殺すつもりだろう。

 わかっていても魔法の契約で縛られ命令には逆らえない。


「やりたくない」


 薬で精神が鈍化され、罪人を殺しても嘔吐まではしなくなった。でも、私は人を殺したくない、ましてや数少ない召喚者を本気で擁護してくれている第一王女を。

 暗殺のために第一王女の事を調べ上げていた。


 日頃の生活パターンから、趣味趣向まで、そしてわかったのが、この王国で数少ない召喚者を気遣ってくれる権力者。

 彼女がいなければ、クラスメートたちは一週間の基礎訓練も受けられず前線送りになっていた。


 そんな王女を殺したくない、魔法の契約で縛られていなければ、今すぐにも第一王女の元に逃げ込み保護を求めたい。


 でも、それはできない。


 成功すれば、殺される。失敗すれば罰を受けて、また拷問のような特訓の生活になる。どっちがいいのか、もう分からない。


 正直、もう死にたい気持ちもあった。成功しても殺されるなら、痛くない殺され方くらい願ってもいいだろう。そんな考えすら頭に浮かんでいた。


 だけど、あの第二王女の命令を聞いて、このまま第一王女を殺すのは、いやな気持もある。


 自分からは失敗できない、だったら、向こうが暗殺に気が付き、返り討ちにしてもらえば良い。

 暗殺をやめようとすると強制力が働くが、暗殺にやる気を出す分には止められない。


 私は全力で魔力を高め、暗殺を成功させるぞと、気合を入れる。


 作戦決行の夜。


 私は暗殺者用の仮面を被り、あてがわれた部屋から音もなく出る。

 天井を伝い王女の寝室を目指す時も、全力で影スキル影縄を使ってアクロバットに移動する。


「お願い、誰か気が付いて、王女の護衛に付いて」


 メイド、執事、護衛とすれ違ったが誰も気が付かない。


「気が付け護衛」


 音は消してるけど、魔力は発しているのだから。


 学園に通っていたいた頃は、人付き合いが苦手で、いつの間にか気配を殺して動くのが癖になっていた。校門から教室の自分の席まで、誰にも気づかれずに座るのが特技と呼べるかも。


 そのせいでジョブが忍者になったのか、あるいは、唯一遊んでいたオンラインゲームのファンサムで、忍者アバターを使っていたからかもしれない、日本にいた頃は忍者に憧れも抱いていた。だけど実際になってみると、憧れなど、異世界の彼方まで飛んで行った。


 結局、誰にも気が付かれずに第一王女の寝室へとたどり着いてしまった。

 時間は深夜二時過ぎ。

 この異世界にも時計があり、一日二十四時間と元の世界と変わらない事に驚いた頃が懐かしく感じる。どうでもいいことだが、昔の召喚者が時間の概念を広めたとか。


 地獄の訓練で成長してしまった忍者スキル壁抜けで、第一王女の寝室へも潜入できてしまう。

 後は病死と思われるように、目立たない箇所に毒針を突き、殺だけ。


「もうダメね」


 精一杯の抵抗をしたけど、無駄な努力に終わってしまった。

 毒針が王女に刺さる瞬間、伸びてきた影縄によって絡めら足られた。


「邪魔をして悪いとは思わないぞ、お前もそう願っていたんだろ」


 誰、いや誰でもいい、私の願いを正確に読み取ってくれた人がいた。

 でも魔法の契約で縛られた体は、暗殺の妨害者を許さず攻撃する。影抜けで背後に回り込み急所への一撃。


 しかし、妨害者も私と同じ影スキルの使い手であった。


「魔法の契約で縛られているのか、仮面で顔を隠しているけど、多分クラスメートだよな」


 そう言われて初めて相手の顔を確認した。

 名前は思い出せないけど、クラスで見たことがあるような気がする。


「とにかく、青磁さんを助けるためには第一王女の協力が必要なんで、殺させない」


 青磁さんと口にした。クラスメートの青磁芳香のことだろう。こちらはクラスでも目立っていたので覚えている。暗殺のために集めた情報の中に、勇者の剣の儀式で生贄にされそうだとは知っていた。


 彼は、青磁芳香を助けるために動いているのか。

 それなら私も助けて欲しいと願ってしまった。


「お前も貴族の暗躍に巻き込まれたのか」


 頷きたいけど、首が動かない。

 体は勝手に王女を殺そうと動く。


 私の短剣と彼の刀が、数度ぶつかり、その音で王女も目を覚ましてしまった。


 訓練により向上したステータスだが私には実戦経験がなかった。それに引き替え、彼の動きからは、実戦を経験してきた者の強さを感じる。


「た、すけて」


 そんな彼の強さにすがってしまった。

 彼は王女を背後に庇いながらも、頷いてくれた。

「あり、がとう」

 嘘でも良かった。助けると頷いてくれたことが、この世界に召喚されてから、始めての喜び。

 涙が自然と溢れてくる。

 その涙で視界がぼやけ、体の動きが鈍り大きな隙となった。


 彼はその隙を見逃さず。私の懐まで踏み込むと、仮面だけを弾き飛ばした。


「伊賀野さんだったのか、待っていてくれ、必ず助けるから」


 暗殺は失敗に終わった。

 暗殺が不可能となったため、撤退ができるようになった。

 逃げ帰る私を彼は追いかけてこなかった。


 この時はまだ、名前も覚えていなかったクラスメート。後に私、伊賀野帆影の光とも呼べる存在になる夷塚悟との最初の出会いであった。

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