第55話『廃病院ダンジョンアタックⅣ』

 体は無傷。

 でも三頭の武装グレイウルフとの戦闘は精神的に疲れた。

 今、布団に入ったら三秒で寝むれる自信がある。


 だけどここで頑張ってこそ、修行になる。

 俺は数分の小休憩を取って、六階層へ足を踏みいれた。


 五階層は接近戦用に武装されたグレイウルフが中心だった。なので五階層を突破できた者は接近戦に自信を持っているはずと、製作者である外園は考えそうだ。

 そう考えるのなら、次に仕掛けるのは接近戦殺し。

 天井スレスレにレンズバットが飛んでいる。


「これは、俺の推測、当りかも」


 天井に注意を向けさせて、接近してくるグレイウルフの発見を遅らせる。

 気が付いたときには、すぐそばまで、慌てて直接攻撃なんかしたら。


 ドカーン!

 爆発する。


「危なかった、予想をしていてよかった」


 接近していたグレイウルフに、黒刀で一撃を入れた直後、影抜けで遠くへ逃げていた。


「ヒカリ、ヨシカ、大丈夫か」

「こっちは問題ないよ」

「ご心配ありがとうございます」


 一応爆発圏外だったけど、二人に声をかける。

 二人は俺がアタックを始めてからずっと一定の距離を保って付いてきていた。大丈夫だとは思っていたけど、二人は爆発を見ても涼しい顔のまま驚いてもいない、やっぱり経験が違いすぎると実感させられる。


 さあ修行の続きだ。


 爆発するグレイウルフ。俺の防御力では爆発の直撃を受ければ一発でアウト。爆発の規模は三メートル範囲、一頭だけなら攻撃した後に影抜けで逃げられるけど、二頭以上いると逃げきれないかもしれない。

 考えろ、もっとスムーズにクリアできる方法があるはずだ。


「いろいろ試していこうか」


 影針程度のダメージでは爆発しないことが判明。

 ならば、影縄で縛りグレイウルフ同士をぶつけてみた。今度は爆発。

「どうやら、拳で殴るくらいの威力なら爆発するわけか、ならば」

 爆発でできた床や壁の破片を影縄で縛り、分銅のように振り回して爆発グレイウルフを殴ってみた。


 爆発、爆発、爆発。

 良い対処手段が見つかった。


「これなら五階層よりも簡単にいけるな」


 ラジコンとあまり変わりないか、いやいや、今度は自分で動いてスキルも使っているから実戦経験にもなっている。


 フロアの構造は下の階層と同じなので最後は広がったスペース、今度はお腹が膨らんだグレイウルフ五頭が待ち構えていた。

 このフロアの編成を考えるなら、あの五頭は爆発力をさらに強化された固体だろう。


 同じ方法で倒すと、五頭が連鎖的に爆発して、逃げ場なく巻き込まれそうだ。


「ならば、ダンジョンの構造を利用しよう」


 五頭に自分から接近して、影抜けを発動させた。


 今までは俺が逃げる時に使っていたスキルだが、影抜けできる対象は俺だけではない、俺が指定したモノも対象にできる。影隠しには生き物は入れられない。だけど影抜けは影を通り抜けるだけなので生き物相手でも使用できる。

 それが魔物であっても。


 影抜けに飲み込まれた五頭は、下の階層のフロアに落下して大爆発、床が揺れるほどの振動が伝わってきた。落下の衝撃で爆発してくれたようだ。


「下のフロアも同じ作りでよかった」


 もし下が壁などで通過させられなければ、落とすことは出来なかった。影抜けは直線にしか動けない欠点があったから。今回は直線、真下に同じ空間があってラッキー。


「クリアおめでとうサトルくん」

「おめでとうございますサトルさん」


 その、背中がむず痒いので拍手喝采はやめてもらえませんか。

 とにかくこれでダンジョンクリア、特訓は終了したと思っていたけど。


「よく来たのです挑戦者、僕がこのダンジョンのダンジョンマスター、ここまで登ってきたことに敬意を払い、ダンジョンボスが相手してやるのです」


 腕を組んで仁王立ちするレンサクが普通のグレイウルフとは違う、兜を被って一回り大きくなった個体を引き連れ待ち構えていた。あれがボスなのか、角森たちの装備していた鎧で、兜だけが無いと思ったら、こんな所にあったんだ。


 そのビックなグレイウルフの足元で、片方の眉毛が剃られた外園が魔法の結界の中に閉じ込められていた。


 タンガとホカゲはどこにいるのかなと探したら、空間にできた亀裂、あれが次元の裂け目か、その次元の裂け目のそばにソファーを置いて、くつろいでいた。


「なかなか健闘したじゃないかサトル」

「サム、影の使い方うまくなった」

「ありがとう」


 ここで観戦していたであろう二人が褒めてくれたので、一応お礼を言っておくが、もしかしなくてもレンサクは、そのボスモンスターと俺を戦わせるつもりだよな。


「ちょっとレンサクくん、そのボスの魔力量は今のサトルくんが敵う相手じゃないよ」


 ダンジョン内では余裕で静観していたヒカリがレンサクの態度に抗議してくれる。


「今のルトサなら戦えると思ったのですが、ルトサはどう思いますか」

「何言ってやがる。下のグレイウルフだって、卑怯な手を使わないと倒せなかった最弱の夷塚が、オレの最高傑作を倒せるわけがないだろ、おい夷塚、いい加減、岸野たちを騙すのはヤメろ、お前と一緒にいる岸野たちが可哀想だと思わないのか!」

「え、なんで?」

「なんでって、それは岸野が夷塚に騙されて」

「私サトルくんに騙されていないけど」

「ありえない、そうでなければ一緒にいるはずないだろ」

「私が一緒にいたいから一緒にいるんだよ、そもそも騙された内容って何?」

「そいつの家は金持ちじゃない!」

「母子家庭で、お母さんが一生懸命働いているのは知ってるよ」

「過去に活躍した経歴などないぞ」

「サトルくんの活躍は私が一番近くで見ていたから、誰も知らなくても私だけは知ってる」


 外園、金持ちに成りすましたり、経歴を偽装するのは結婚詐欺師の手段であって、学生が使うには無理がある手法だと思うぞ。


「それじゃ洗脳されて」

「例えジョブが洗脳師だとしても、今のサトルくんのレベルじゃ私を洗脳できないよ」


 さっきから外園は俺を最弱と連呼していたからな、ダンジョンマスターとして三階層までの戦いを見て、俺が一番下だと確信を持っているはず。


「おしまいでいい?」

「…………」


 ネタが尽きたようだ。


「話の区切りはついたようですね、さてルトサ、どうしますか、ボスへ挑みますか、イエス・オワ・ノーなのです」

「イエスで頼む」

「ちょっとサトルくん、これは危なすぎるよ!」

「大丈夫だ、何故か分からないけど大丈夫な気がする」


 ヒカリに心配されるのはとても嬉しい、だけど、本当に大丈夫な気がする。明らかに俺よりもレベルが高いボスモンスター、それなのに恐怖は無い、どう倒せばいいのかも頭に浮かんできている。


 これは間違いじゃない、俺はこの階層、正確には次元の裂け目を見てから力が増している。


「ヒカリ、俺を信じてくれ」

「信じてるけど」


 けど、なんでしょうか。


「そのセリフを言った後のサトルくんって、必ず大なり小なりケガするから心配なんだよね」


 俺の事を俺よりも理解してらっしゃる。


「でも今回は、あのボス相手ならケガはしないと思う」

「危ないと思ったら割って入るからね」

「了解」


 ヒカリはヨシカと一緒にタンガたちがいるソファーへと移動した。

 俺は黒刀を抜いてボスの前に立つ。


「それでは行くのです。カブトウルフ」


 俺の上半身を一飲みにできそうなほど大きい狼が襲い掛かってくる。

 逃げることはしない、避けることもしない。

 やったことはただ一つ、上段に振り上げた黒刀を全力で振り下ろす。


「スキル斬影ざんえい


 刀身に纏った黒い魔力が刃となって飛び、カブトウルフを縦に両断、飛んだ斬撃の威力は止まらずに後ろの壁をも斬り裂いた。


「おーお」


 スキルを使った俺自身が驚いた。できそうな気がしたからやってみたけど、威力は想像の数倍以上だった。


「ありえない、俺が考えた最強のダンジョンボスが一撃で、夷塚なんかに一撃で」


 崩れ落ちる外園。強そうだとは思ったぞ、少なくとも日曜日に訓練人形と戦っていた時の俺では、手も足も出なかっただろう。


 理由はわからないけど、記憶の欠片が蘇るように、俺の力も蘇り出したのか、これならヒカリたちに並び立てる日が来るかもしれない。喜びヒカリたちの方へ振り返ると、ボスを一撃で倒したことを称えて拍手してくれる皆がいた。

 ヒカリもヨシカもホカゲも、笑顔で称えてくれる。


「これでダンジョン制覇なのです」

「よくやった兄弟」


 レンサクとタンガも声を大にして褒めてくれる。

 でも、どうしてだろう。笑顔の皆の目に、悲しみが浮かんでいる気がした。


 そして次元の裂け目が広がり始めた。

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