3章『攻略』
第50話『メリットってなんだ?』
「ケンジの様子はどうなんだ」
「激しい頭痛とめまい、それと全身の筋肉と間接の痛みだって」
あいつのバカの演説を止めた日の放課後、ケンジを除く部員が部室に集っていた。昼間に聞くのを我慢していたタンガが、俺が部室に到着してすぐケンジの容体を聞いてくる。
どうもタンガは自分の評判を気にして、教室ではあまり話かけてこない。気にする必要は無いと思うけどね。
タンガ以外のメンバーには休み時間に伝え終わっている。
「スキルを無効化してもやっかいなのは変わらないか」
「信じる者がいなくなっただけマシなのです」
「ウザくて面倒なレベルは変わらなかっただろ」
タンガの愚痴を否定する者はいなかった。
あいつは朝だけじゃない、休み時間になるたびに廊下や校庭で「この学園は狙われている」演説を繰り返した。
ケンジが倒れてしまったので、もう時間逆流は使えない。またグロテスクなモノを取り出すのではと警戒をするしかなかった。ホカゲが学園中を捜索して怪しいモノを処分してくれたのでようやく一息である。
あいつ、頭部だけでなく胴体も持ち込み、体育館裏に隠していた。
「ケンジの復活まで三日ってところか」
「本人はそう言っていた」
「僕の作った反動軽減の装備をしていれば、寝込むことはなかったのですが」
「その装備ってどこにあるんだ」
「そこです」
今後のためにもあった方がいい、異世界に置いてきたならあきらめるしかないが、レンサクが指さしたのは俺の影であった。
影の中にあったのね。前回の取り出しで、そこそこうまく扱えるようになってきたけど、記憶にない、形が明確にイメージできない物を取り出そうとすると高確率で変な物が出てくるため、記憶を取り戻してから入れた物以外の取り出しを禁止されている。
「スキルの反動はわたくしでは治せません、時間経過以外に回復する手段がないのが悔しいです」
回復担当であり専門でもあるヨシカが唯一手の出せない負傷、素直に悔しいと口にした。
「ヨシカが気にする必要は一切ないぞ、すべてはあいつが原因なんだから」
「ありがとうございますサトルさん」
ヨシカは得意分野で役に立てないと落ち込む傾向が強い気がする。
「それにしても、あのバカは外園のヘイトを稼ぎまくってたな」
ナイスだタンガ、そのまま話題を変えてくれ。
「俺はてっきりサトルを狙ってくると考えていたんだが、どう見ても外園はバカに狙いを定めているよな」
「外園、最初はサムを襲う準備をしていた。でも休み時間の演説でターゲットを切り替えた」
そうなんだよな、あいつが休み時間に繰り返した演説の中で学園を狙っている犯人、つまりは外園の事を盛大に批判した。それはもう人格否定にはじまり最後の方は生存そのものを否定してディスりまくっていた。
観察していたホカゲ曰く外園の敵意は完全に勇実一本になったらしい。
「今日の帰り道にまた襲うつもりか」
「不明。あいつはまだ場所を変えて演説してる」
「あそこでね」
実は校門前にお立ち台を作ったことで指導室に呼び出され説教を食らったはずなのだが、まったくコリていない。
今は部室棟の前でやっているので、窓をあければ聞きたくなくても聞こえてくる。
すでに何度も繰り返している内容なので足を止めて聞いているのは数人だ。
「この学園は本当に狙われているんだ!」
「証拠みせろー」
「狼でもつれてこーい」
からかい半分のテキトーなヤジ。
聞いている数人も、予定までの時間つぶしに見える。
「本当は皆にオレが倒した狼の死骸を見せるつもりで持ってきていた、だが、卑劣な黒幕により盗まれてしまった」
「言われてるね、黒幕様」
「君も共犯だから黒幕の護衛様」
「おや、たった今、有益な情報が入った。なんと黒幕の位置が判明したぞ!!」
マジですか、背中がゾワっとして思わず窓際から体を離してしまったぞ。
「ビビりすぎだぞサトル」
タンガに笑われた。
「どうやらルトサの事ではないようですね」
「裏山の裏にあるとある場所、そこに狼を飼いならす黒幕が潜んでいるらしい。廃墟に潜むなどまさに陰険で卑怯で鬼畜で不潔で外道な黒幕に相応しい潜伏場所じゃないか」
おいおい、病院こそ言っていないが、殆ど場所を特定するような事を口にしたぞ。
「どこであんな情報を」
「たった今、レンズバットが、あいつの足元にメモを投げ入れた、高度があったから鳥と区別はできなかったと思う」
「そんなあやふやな方法で飛んできた情報をいきなり公開するなよ」
「サム、おそらく罠」
「あいつの性格だ、場所がわかれば突撃するだろうな、外園もそれが狙いで情報を教えたんだろ」
「潰したいヤローを自分のテリトリーに招き入れる時なんて、徹底的に潰すため以外ないわな」
「俺たちはどう動く」
こんな時にケンジが抜けているのがいたいな、行動方針を考えるのはケンジの得意分野だったから頼りきりになっていた、少しだけ反省、ケンジが安心して休んでいられるように気合を入れる。
「あいつが廃病院に付く前に、俺たちが先行して攻略するか」
そうすれば、あいつの話は嘘だったことになる。
外園の対処も角森と同じ契約魔法で、条件を少し強めにして、恨みは残るだろうけど能力さえ封じてしまえば、グレイウルフはいなくなり、また勇実のヤツが元気になって面倒な事をしでかしそうだ。
えっと、そもそも俺たちが廃病院ダンジョンを先に攻略するメリットってなんだ。
「一つ、みんなの意見を聞きたいんだけど、もし、あいつと外園が衝突して俺たちにデメリットってあるか?」
「…………」
みんな俺と同じように先行しての攻略を前提に考えていたらしく、質問に対してすぐに答えられるメンバーはいなかった。
「ない、かも?」
最初に答えたのはヒカリ、顎に指をあて必死にデメリットを探して浮かんでこなかったようだ。何故なら、あいつがダンジョンに突入、負ける。それで終わりが簡単に想像できてしまったから、あいつが負ける未来で俺たちに不都合はまったく無い。
「万が一の場合を想定して、突入後に隔離結界を張ってしまえば、もうこちらの世界への被害はでません」
もう、あの二人をぶつける方向で意見をだしてきたヨシカ。それだけデメリットが思いつかなかったんだろうな。
「勇者のスキルがどこまで目覚めているかが少し怖いけど、レンサッチ、無効化してるの先導者だけなんだよね」
「さすがに勇者スキルを全て無効化はできないのです。ですがそこまで戦闘系のスキルは使えていないと思うのです。バカが倒したグレイウルフの死骸を確認しましたが、無数の斬撃痕がありました。グレイウルフを一撃で倒せないレベルだと判断できます」
「俺と同レベル位ってことかな」
俺も日曜のレベルアップでようやく一人でもグレイウルフを無傷で倒せるくらいにはなった、はず。
「今夜オレはこの隠れ家に奇襲をかける」
「案の定、罠にはまった」
いつも無表情のホカゲが呆れ顔で盛大なため息をついた。
「奇襲を堂々と宣伝したらダメだろ」
「明日の朝には、この学園は平和を取戻しオレに感謝することになる。その時には今日見せられなかった証拠を拝ませてやろう」
「またグレイウルフの死骸を持ってくるつもりだ、でもサトッチと同レベルくらいで攻略できるのかな」
「無理じゃないか、グレイウルフに三頭同時に襲われたら、俺じゃ勝てない」
「そうかな、サトルくんなら土壇場の閃きで凌ぎきりそうだけど」
ヒカリの俺に対する信頼がカンストしているのは薄々理解してきたけど、所詮レベル16だってことは覚えていてほしい。
「オレは将来、日本を背負う男だ、期待して待っていろ」
怖いは、滅ぶは、絶対にお前に背負われたくないから。
あいつの演説を聞き、満場一致で外園との衝突を静観することに決まった。
あとやることは、夜遅くの行動になりそうなので女性陣、特に親が厳しいヨシカなどのアリバイ工作に時間をかける俺たちであった。
「サトルさんの家に泊まったことにしていいですか」
「ダメに決まっているだろ」
それじゃアリバイ工作にならないじゃないか、素直にヒカリの家辺りにしておきなさい。
「だったらサトルくんも家に泊まったことにしておく」
それも遠慮しておきます。
「ちくしょう、俺がチキンだと知っていてからかってるな」
「いや、ヒカッチもヨシカッチもけっこう本気の目してたよ」
マジですか。
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