第49話『演説パニック』
「みんな聞いてくれ、この学園は狙われている!」
開いた口が塞がらない。
三日ほど前にグレイウルフを使いあれだけ惨めな思いをさせてやったのに、もう復活してきやがった。朝から校門近くにお立ち台まで設置して演説を始めている。いったいどんな思考回路をしてやがるんだ。次は夷塚の野郎を懲らしめてやるため準備をしていたが。
まだまだ元気そうじゃないか。
「意味が分からないぞ」
「本当に頭がどうかしたのか」
勇実に対してヤジが飛ぶ、今まではヤツが何を言っても支持していた生徒たちがだ。どうやらオレが拡散させた動画の効果があったようだな。
みんなヤツがペテン師だと気が付いたのだろう。
「信じられないだろうが、オレが学園を休んでいた理由は、この学園を守るために一人で戦っていたからだ、あの動画だってオレじゃない、あれはフェイクニュース。質の悪い加工動画だ」
とんでもないペテンだな、あの動画は正真正銘の本物、一切の加工無しだ。
お前が泣きわめいてお漏らししたのはホントのことだろ。
「それじゃ漏らしてねえんだな」
いいぞオーディエンス、もっと言ってやれ。
「このオレが断言する。あれはフェイクニュースだ」
少しずつ集まりだしていた生徒たちからドッと笑いが起きた。それに戸惑っている勇実、もしかして、拍手喝采で自分を賞賛する声が聞こえると思っていたのか。
ペテン師だとバレる前のお前なら、そうなっていたかもしれないが、このオレに正体が暴かれた以上もうお前のペテンを信じる者などいない。今なら通報しても警察は俺の言い分を信じてくれるかもしれない。
「笑っていられるのも今の内だぞ、ホントにこの学園は恐ろしいモノに狙われている」
「もしかして狼」
「狼だー、狼がでたー」
また笑いが巻き起こる。中には動画の勇実のモノマネまでする奴がいた。流石の勇実もオーディエンスのこの反応には頭にきたのか徐々に顔が赤くなっていく、いい気味だ。
「いいだろう、刺激が強すぎると思って隠しておくつもりだったが、君たちがオレを信じない愚かな行動をするのなら、この学園が狙われている証拠を見せてやろう」
勇実が足元に置かれていたバスケットボールが入るくらいの段ボールを持ち上げた。
「とくと見るがいい、これが学園が狙われている証拠だ!!」
段ボールに手を突っ込み、中の物を鷲掴みにすると、生徒たちの前に掲げて見せた。
「イヤァァァーーー!!」
「キャァァァァーーー!!」
あいつ正気か、グレイウルフの生首を取り出しやがった。
生々しく、目は濁った緑色で鋭い牙の間から長い舌が垂れ下がっている。
阿鼻叫喚、お立ち台近くの生徒たちは恐怖し逃げ惑う。中には押し倒され踏みつけられた生徒もいた。
「どうだ、恐ろしいだろ、この学園が狙われているのがわかったか!」
パニックの生徒たちを見てお立ち台の上で馬鹿笑い。オレは学園を狙ってなどいない、ターゲットはお前とあと一人だけなんだよ、この学園に混乱をもたらしているのはお前の方だ。
この後どう行動するか、考えていると視界が全て真っ黒に塗りつぶされた。
目を開けているのか、閉じているのか、わからないほどの漆黒の闇の中、音も一切聞こえない。
次に来たのは真っ白い光。
あまりのまぶしさに目を手で覆い隠す。
数秒だろうか、まぶしさがなくなり、ゆっくりと目を開けると、勇実が段ボールを持ち上げる場面にまで時間が巻き戻っていた。
「なんだ眩しかったな、誰かカメラのフラッシュを使ったのか」
わざわざポーズを取るな、今のはカメラ機能で出せる光じゃなかっただろ。
「とくと見るがいい、これが学園が狙われている証拠だ、ってあれ」
また阿鼻叫喚かと身構えたがパニックを起こす生徒は一人もいなかった。お立ち台の上で、段ボールに手をいれ弄っている勇実がいるだけ、どうやら段ボールはカラだったらしい。
さっき見た場面はなんだったのか、まさか白昼夢でも見てしまったのか。
外園が勇実の演説を聞いている時。
「みんな聞いてくれ、この学園は狙われている!」
俺とヒカリ、そして校門で会ったケンジの三人で、遠巻きながらあいつの演説を聞いていた。関わり合いになりたくないけど、お立ち台まで用意したあいつがとんでもないことをやらかしそうで、怖くてスルーもできない。
「ケンジくんの予測通り、ホントに三日で復活したね」
「これほど当たって嬉しくない予測もない」
お漏らし動画を学園中に流されてたったの三日で復活、信じられないメンタルだ。俺だったらもう二度と学園に来られないと思う。
「感心する必要はないぞ、あれは克服したのではなく誰かのせいにして無かったことにしたんだ、例えヤツが人を殺しても罪悪感も抱かずに他人に罪を擦り付けているのと変わらない」
うん、意味が分からない。
「自分の不利益は人のせいにするとだけ、わかればいい」
「とんでもなく迷惑な思考だ」
ヤツの演説はまだ続いている。もしスキル先導者が残っていれば、ヤツの言う通りフェイクニュースだとみんなは信じていただろうが、今はスキルが無効化されているため、あっちこっちで笑いになっている。
「お笑いステージになっているな」
「このままで済めばいいけど」
「とてつもなく嫌な予感が」
冬でもないのに、背中がゾクっとしたぞ。それはヒカリもケンジも同じようで。
あいつが段ボールを持ち上げた瞬間、あれはマズイと第六感が警鐘を鳴らした。
「とくと見るがいい、これが学園が狙われている証拠だ!!」
「なんてモノを!」
「どうだ、恐ろしいだろ、この学園が狙われているのがわかったか!」
今すぐあいつの元へ行って殴り倒したいが、間には悲鳴をあげてパニックになる生徒、パニックは拡散してお立ち台近くの生徒から周囲の生徒を押し倒すように逃げていく。
「時よ止まれ」
「これは」
「ケンジくんのスキル時間停止だよ」
響き渡っていた悲鳴も、逃げ惑う生徒も完全に動きを止めていた。
流石、刻の賢者のジョブを持つ男、時間まで操作できたのか。
「でも、このままじゃ解決にはならないぞ」
「まったくあのバカの尻拭いのためにこのスキルを使う事になるとは」
「ケンジくん、アレを使うの」
「それしかあるまい」
「アレって?」
「時間の巻き戻しだ。今から十秒だけ時間を巻き戻す、後は二人でどうにかしてくれ、私はこのスキルを使うとしばらく動けなくなる」
たった十秒しかないのか、いや十秒もあると考えるべきだ。
しばらく動けなくなると言った。ケンジに相当な負担がかかるスキルなのだろう。作ってもらった時間を無駄にするわけにはいかない。
「任せろ、必ず何とかするから」
「それでこそ俺の親友だ」
「サトルくん、準備はいい」
「大丈夫みんなに付き合ってもらったんだ、必ず成功させる」
「行くぞ、時間よ理を破り反転しろ、スキル『時間逆流』」
まるで映像の逆再生のように止まっていた生徒たちがパニックを起こす前の位置へと戻っていき、十秒前のポジションで時間の流れが元に戻る。
あいつが足元の段ボールを拾うために屈んだところだ。
「フラッシュ」
ヒカリが強烈な光を放つ光魔法を使った。これはまぶしいだけで攻撃力は一切ない魔法。
狙うのは段ボールの中身、大丈夫だ、俺ならできる。昨日、みんなに付き合ってもらってあれだけ使いまくったスキルだ。動いてない的など外すわけがない。
「スキル影縄」
ヒカリの魔法によりお立ち台下の影が色濃くなっている。そこから細い影縄を伸ばして、グレイウルフの首を段ボールから抜き取り。
「スキル影隠し」
影の中に放り込んだ。
「なんだ眩しかったな、誰かカメラのフラッシュを使ったのか」
残念、カメラではなく魔法のフラッシュでした。
「とくと見るがいい、これが学園が狙われている証拠だ、ってあれ」
「流石だ親友、見事な影スキルだったぞ」
ふらふらになったケンジが崩れかけるのを肩を抱いて支えた。
「ケンジこそご苦労様、保健室に行くか」
「いや、この疲労は二、三日抜けない、すまないが校門の外でタクシーを捕まえてくれ、帰って寝る」
そこまで反動の大きいスキルだったのか、ほんとにあいつには迷惑ばかりかけられる。
「家まで送っていくよ」
「この後の授業はどうする。サボりになるぞ」
「気にするな、俺たちは親友だろ」
「お前には勝てないな」
こうして俺はケンジを家まで送って行くことになった。
一人で行けばカッコよかったんだけど、護衛としてヒカリまで一緒にタクシーに乗ってしまった。
「私はサトルくんの護衛だからね、一緒に行くよ」
護衛は大丈夫と言いたいけど、外園の魔物に襲われると俺一人では対処できない、情けなさを痛感する。
ケンジを家に送り届け、学園に戻ってくると、すでに二限目の時間になっていた。
以前タンガとホカゲがいなかった時の代返はケンジのスキルを使っていたらしいので、今回の遅刻はばっちり目撃されている。
二人揃っての遅刻、狙ってやったわけでは無いが、外園と勇実の二人に殺気のこもった目で睨み付けられた。
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