第48話『勘違いマスター』
俺は自室のベットで横になり天上を見つめながら、放課後にケンジが言っていたことを考える。
また記憶を失うかもしれない。
『たった一週間程度でダンジョンが七階層にまで成長した。これは異常なことだ、ダンジョンは魔力を吸収して成長する。この世界にただよう魔力だけでは到底無理な成長速度だ、よってダンジョンコアの近くに次元の裂け目が開き続けていると考えられる』
『それとサトルくんの記憶がどう関係するの』
『異世界から流れ込んでくる魔力でダンジョンは成長している。だがはたして流れ込んでくるのは魔力だけなのか、異世界で失ったサトルの記憶も一緒に流れてきているのではないかと推測した』
ケンジの推測は当っている気がする。
俺が異世界で無くした記憶が簡単に戻りすぎる。こっちの世界で似たような体験をすれば、紐づきされていたかのように浮かんできた。
『それじゃ、ダンジョンを攻略して次元の裂け目を塞ぐと』
『事例が少なく断言はできないが、裂け目を消せばサトルの記憶も消える可能性は高いな』
『せっかく色々と思い出してくれているのに、サトルくんだって頑張ってるのに』
『わかっている』
『あのよ、一ついいか』
これまで黙っていたタンガが発言をする。
『その次元の裂け目って絶対に閉じなければいけないのか』
『どういう意味だ』
『俺たちがダンジョンを制圧して、次元の裂け目を維持することはできないか』
『何をバカな、いや、確かに塞ぐ理由は無いな、裂け目からやってくる魔物にさえ対処できれば、あえて塞ぐ理由はない』
『世界になんらかの影響が出たりは』
とんでもない発言にヨシカが質問をした。
『海に一匙の砂糖を入れるレベルだ、誰も変化に気が付けん』
名前からもっとすごい影響が出ると思ったけど、その程度なの。
『悪魔王討伐の報奨金がそのまま残っている。これを使い廃墟病院ごと周囲の土地を買ってしまえば維持はできる。問題は土地を買うとなると成人の力を借りないと難しいから時間がかかる』
『時間稼ぎが必要だな、ダンジョンを攻略して目立たないように隠蔽しようぜ』
『グレイウルフなどが目撃され、騒ぎになったら購入が難しくなる』
『明日、討伐に向かおうぜ』
こうして明日の予定が廃墟病院ダンジョンの攻略と決まった。
俺にはダンジョン攻略とだけ伝えられた。記憶が消える可能性があることは秘密にするようだ。気持ちはわかるので文句は無い、もしも逆の立場だったら、俺も隠していたから。
この件を 俺が聞いていたと知っているのはレンサクだけ、頼み込んでみんなには内緒にしてもらった。
「次元の裂け目を維持すれば、俺の記憶は消えることはない、そのために病院があった土地を購入するって、学生が実行できるレベルじゃないだろ、でもみんなはそれが実現可能な力を持っている」
本当に、みんな俺に優し過ぎるよ。
素直に嬉しい、異世界での俺はこの優しさをもらえるだけの絆を築いていたらしい。思い出せないのが不安であるが、このままのペースで記憶の断片が浮かび続ければ、いつかは。
俺はもう日課になってきている日記に今日経験したごとを書き込むためベッドから体を起こした。
オレは選ばれた存在になった。
きっかけは先週の集団誘拐騒動の二日後、学園からの帰り道、犬の鳴き声が聞こえフラフラと路地へ入った、そこで一匹の大きな狼と遭遇する。
狼と目があった瞬間に直感した。
コイツを手懐けられると、俺の体から不可視のオーラが伸び狼を絡め取る。しばらくはもがいていたが、オレのオーラが狼の全身を包み込むと抵抗をやめオレの従順な下僕へと変わった。
これはもしやゲームなどであるテイムではないか。
試しにいろいろと命令してみた。難しい命令は知能が低く理解できなかったが、単調な命令には従った。走れ、お座り、噛みつけ、などである。
さらに狼の知っている情報も頭に流れてきて、少し離れた建物に群れでいることがわかった。
さっそく群れの元へ案内させる。
付いた場所は何年も前に潰れた病院、壁や天井が何か所も崩れていて、入るのをためらってしまったが、狼の下僕を得るため、オレは勇敢に突き進む。
群れは最上階の七階にいるようだ。電気が止まっているので、当たり前だがエレベーターも動いていない。階段を使って七階まで上がる。
汗をかきながらようやく到着、そこには四頭の灰色の狼たちと、不思議な球体、そして空中に浮かぶ裂け目。
「これはいったい何なんだ」
まるでRPGゲームのワンシーンのような光景。
裂け目から力が流れこんできて、それを球体が吸い上げているのか。
オレは球体に魅了され、いつの間にか歩み寄っていた。
手を伸ばし球体に触れると全身から力が吸い取られた。あと少しで意識を失う。そんな寸前のタイミングで吸い取りが終わり、球体が薄紫色に輝きだす。
「ダンジョンコアだと、ますますゲームみたいじゃないか」
オレの吸い取られた力は魔力であったらしい。オレはダンジョンコアのマスターとなり、ダンジョンに関する情報がコアから思念のように伝わってきた。
「わかったぞ、オレはゲームじゃない現実の世界でダンジョンマスターになったんだ」
このダンジョンコアはあの空中にある裂け目から落ちてきた別世界の異物。
つまり世界に一つだけの超貴重品、俺だけが持つ最強の力。
「ダンジョンマスターができること、ダンジョンを拡張する。モンスターを召喚できる。他にも細かい能力はあるが、大きく分類するならこの二つだ」
オレはダンジョンコアにグレイウルフ召喚と命令してみた。
するとダンジョンコアから魔法陣が浮かび上がり、一匹の灰色の狼が出現する。この狼がグレイウルフだったのか。
「いいぞいいぞ、この力さえあればあいつらに復讐できる」
オレには復讐したい相手が二人いる。
一人目は勇実輝王。こいつはとにかく人を見下してくる屑、そして人の者を盗む屑でもある。先週にもこいつは、オレの財布から有り金を全部抜き取りやがった。ファンタスィ・オブ・サムデイⅢとそれ用に買う予定だったPC代金が入っていた財布から、半年かけて貯めたバイト代を全部盗みやがった。
先生にも当然訴えたが、証拠が無いとぬかし、学園にそんな大金を持ってくるなとオレが叱られて終わった。これは完全な窃盗だ、教師どもを見限り警察を呼んだ。しかし通報した時には丁寧に対応してくれたのに、いざ警官がやってきて直に勇実と顔を合わせると態度が急変した。
信じられないことに、オレの悪戯通報として処理されてしまったのだ。勇実が関わると大人たちの様子が変になる。とにかく勇実優先の判断をするため、泣き寝入りするしかなかった。
「勇実、覚えていろ、絶対に復讐してやる」
二人目は夷塚悟。こいつとは直接の関わりは無い、同じクラスになっただけの他人、毒にも薬にもならない存在だった。しかし、しかしだ。こいつはあの岸野陽花里に手を出しやがった。それだけじゃない、青磁芳香や真帆津紗里まで毒牙にかけている。オレの心の癒しである岸野に手を出しただけでも許せないのに、クラスの美少女を独占しやがって、許せるものではない。夷塚が優秀で岸野と釣り合うなら涙を呑んであきらめるかもしれないが。
あいつは、そこいらにいる冴えない男子代表みたいなヤツだろ、ルックスは少しだけオレが上、運動神経は互角、社交性は間違いなくオレが上、だってオレのスマホのフレンドリストには五人も登録されているから。フレンドゼロとは比べモノにならない、そんなヤツがどうして岸野と仲良くできる。オレだっていいじゃないか。
「夷塚、貴様も復讐の対象だ」
オレは復讐できる力を手に入れた。
だがそこで油断しないオレは天才だ。
いくら最強の力を手に入れても油断をすれば足をすくわれる。
必要なのは情報だ、ダンジョンコアで召喚できる魔物はグレイウルフの他に二種類存在した。その内の一つ、レンズバットを召喚して解き放つ。レンズバットは弱い代りに視覚共有スキルを持っていて、オレが近くにいなくてもレンズバットの目を通してみることができる。まさに情報収集に最適な魔物。
先週の集団誘拐事件でオレと同じように能力に目覚めた者がいると考えた。それは正解であった。クラスには何人も能力に目覚めた者がいた。
一週間よく観察して情報を集め整理する。
『角森武男』筋肉を膨らませる能力を持つおそらく【格闘家】の能力。
『牧野怪摩』こいつの能力はよくわからなかったが、サッカーの成長が速いのでおそらく【努力家】だろう。
『岸野陽花里』あの岸野までもが能力に目覚めていた。オレも能力に目覚めている共通性、もしかしたら、オレたちは運命で結ばれているのかも、能力は手刀でグレイウルフを倒しているので、おそらく【空手家】だな。少し岸野には似合わない能力だ。
『青磁芳香』美少女は能力に目覚めるお約束でもあるのか、彼女には恨みはないが夷塚と一緒に行動するのはいただけない。一度グレイウルフの群れを結界で防がれた。なのでわかりやすいな、彼女は【結界師】だ。
『真帆津紗里』また美少女、これでクラスのトップ三が全員能力者だと判明、他にも怪しいクール女子の伊賀野帆影がいるが、彼女は何故かレンズバットの視界に入らないから情報はない。逆に目立つ真帆津の情報は大量に手に入った。能力はずばり【サッカー選手】これしかないだろ。
『勇実輝王』どんなに罪を犯しても口だけで乗り切る【ペテン師】。戦闘力は悔しいがサッカー部のエースであることを考えれば、目覚めた者たちの中で最強だろう。罠にはめるタイミングを見計らっている。
『夷塚悟』クラスのキレイな女子を独占するハーレム野郎。目覚めた能力は【ナンパ師】か【洗脳師】以外にありえない。戦闘力はグレイウルフ一頭を相手に大量の出血で倒れるほどの最弱、戦いの場面はうまく観察できなかったが、部室に逃げ込んだ後に青磁が血で染まった制服を洗う場面が確認ができた。岸野と一緒にいなければ最初の体育館裏で決着がついていただろう。
能力者の調査は終わった。
オレの能力をもってすれば、隠し事はできないクラスの能力者とその能力は全て炙り出した。
これでもう怖い物はない、本格的な行動を始めよう。
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