第47話『意外な展開』

 勇者対策を開始した翌日、ヒカリと一緒に登校すると校門を入ってすぐにある掲示板に人だかりができていた。

 今日は少し早めに到着したのでまだ学園には一割ほどの生徒しかきていない時間、それなのに掲示板には三十人ほどの人だかり。


「なんだろうね」

「勇者が何かやらかして、それが記事になっていたり」

「昨日の今日だよ、そんなまさか」


 素通りしたいけど、気にもなってしまう。

 しょうがないここは覚悟を決めて覗いてみるか。

 俺とヒカリは生徒の間から、いったい何があるのかと確認してみれば。


「これは意外な展開だ」

「たった一日だよ」

「相当な恨みを感じる」


 掲示板には数枚の写真が張られていた。乱暴に何枚も、学園のお知らせの上にも張られているので、無断掲示なのは一目でわかる。

 その写真に写っていたモノとは、ずばり勇実であった。


 涙と鼻水で顔を歪ませ、制服は泥だらけ、股間には盛大なシミをこさえながら必死で逃げているような写真。それが角度を変えて何枚も。

 職員室から教師が走ってきてすぐに取り外されたが、すでにたくさんの生徒のスマホに撮られた後なので拡散は時間の問題だろう。


「ヒカリ、部室に行こうか」

「それがいいかな」


 集合のかかっていない朝だったので全員集合はできなかったが、それでも騒ぎを聞いたケンジ、ヨシカ、ホカゲが部室にやってきた。


「これって、外園の仕業だよな」


 俺たち以外でジョブを取り戻したクラスメートは四人、【格闘家・角森】【投擲者・牧野】【勇者・勇実】そして最後に【調教師・外園そとぞの調しらべ】だ。


「間違いないだろう。掲示板以外にも、こんな動画が学園のSNSに投稿されていた」


 ケンジがスマホで一つの動画を再生する。


『バカなッ!? なぜ狼がこんな街中に!』


 場所はどこだ、見覚えが無い空き地であいつが何かに遭遇したらしく怯えている。相手は映っていないので言葉からの推測だけどグレイウルフだろう。


『そうじゃないんだ監督、狼だ、狼に襲われているんだ』


 制服を着ているから帰り道のどこかなのか、スマホで助けを求めているが、信じてもらえていない。


『嘘じゃないんだ、今回はほんとなんだ、信じてくれ監督』


 あの傍若無人の勇実が泣いている。地面を転がり、這うように逃げる。


『誰か助けてくれ、狼だ、狼が出たー!!』


 最後は絶叫して気を失った所で動画は終了した。まるで童話のオオカミ少年のような終わり方だった、狙って作っていそうだ。

 写真でも感じたけど、この動画にもあいつに対するかなりの恨みを感じられた。


「狼は一度も映らなかったな」

「私たちはグレイウルフがいるって知っているけど」

「知らない方には信じてもらえないでしょう」


 ヨシカの言う通り、とても狼に襲われているとはこの動画だけでは信じられない。勘違いしたあいつが勝手に転げまわる面白動画にしか見えない。


「証拠は無いけど、グレイウルフを操った外園の仕業だよな」

「いや、この動画自体が外園の仕業だと証明している」

「え、どうしてだ」

「動画が撮影できているからだ」

「サム、異世界の魔物の傍では魔力の影響で電子機器は使えなくなる」

「そうだった、でもこの動画は撮影できてるぞ」

「ジョブ調教師にはスキル『装具』がある。このスキルはテイムした魔物に道具を装備させて使用可能にするモノだ」


 つまり、魔物に電子機器を取り付けできるのは、能力が使える者の中で外園一人だけってことか。

 こいつのテイムしたグレイウルフに何度か襲われたことがあるので、近いうちにぶつかることになると思っていたんだけど、あいつは俺たち以外にも勇実をターゲットにしていたのか。


「ちなみに、あいつは食い殺されたのか」

「それなら今頃事件になって、テレビなどで報道されているだろうな」

「残念だけどサム、グレイウルフは最初から殺す気はなかったみたい、襲った現場を確認してきたけど、血が流れた形跡もなかったし、あいつも生きていることを確認」


 見逃したわけじゃない、写真や動画の事をセットで考えると、時間をかけてあいつを苦しめるつもりだ。


「学園にきているのか」

「まさか絶賛引きこもり中だ」


 そりゃオオカミに襲われれば家から出たくなくなるよな。


「だが、バカのことだ三日もすればお得意のご都合解釈で復活するだろう。その時に何かをしでかしそうだ」

「それまでに外園の能力をどうにかしないとな」

「幸いにして、外園は一般人を襲わせてはいない、人を傷つけることに躊躇しているのか、ターゲットを絞っているのか」

「前者であって欲しいけど、多分後者だろうな」

「そのターゲットはバカとサトルで間違いない」


 俺はすでに未遂を含めると三回は襲われている。

 外園は、俺がヒカリに告白すると勘違いして妨害に動いた一人だ。そしてあいつはヒカリの弁当を盗んで悲しませた。ターゲットの選定はその辺にありそうだ。


「ん? どうかしたサトルくん」

「いや、なんでもない」


 ついヒカリの顔をまじまじと見てしまった。思えばヒカリと真正面で向かい合っても、緊張で思考が止まることはなくなってきた。人間慣れるモノなのだな。


「放課後に外園を押さえるか」

「いきなり押さえるのは危険ではないでしょうか、どの程度スキルが使いこなせるかわかりませんし、テイムしている魔物の数も不明です。押さえた時にすべての魔物を暴走させる可能性は考慮するべきです」

「ヨシカの意見に賛成だ、拠点を突き止めるのが先決、かならず魔物を隠している場所があるはずだ、そこを突き止め魔物の数も把握する。動くのはそれからだな」

「私が外園を追跡する。サムの護衛を一時的に外れるから代りをよろしく」

「サトルも少しは成長してきた、しばらくならヒカリ一人でも大丈夫だろう」

「うん、任せて、サトルくんの傍にずっといるから」


 あの、ヒカリさん、その発言はとても恥ずかしいのですが、慣れたと思ったのに、ヒカリの顔がまた直視できなくなる俺であった。






 外園を調査すると決めて二日後の木曜日。

 知りたかった情報はほぼ集まった。


「拠点はここ、外園がテイムしている魔物の総数と種類はこれにまとめた」


 いろいろと書き込まれた学園周辺の地図を広げる。

 さすがレベルカンストしたニンジャ・マスター。正体がわかってしまえば情報は丸裸だ。

 ホカゲの調査結果を聞くために、放課後の部室に全員集合していた。


「潰れた病院を拠点にしているのか」


 判明した拠点は学園の裏山の反対側にある廃墟の病院。病院は七階建て潰れてから十年くらいで痛みが進み、立ち入り者はいない場所、学園からは徒歩三十から四十分くらいか、遠すぎず近すぎずの距離。


「魔物の種類はグレイウルフ三十、レンズバット五十、ビーバドーザー二十、それなりの数になっているな、ホカゲこれはダンジョン化していないか」

「ケンジの推測正解。廃病院はダンジョンになっていた。現在進行形でビーバドーザーが拡張している」


 ビーバドーザーとは、水辺などで巨大な砦を建築する修正を持つビーバーに似た魔物。調教師がテイムすると建築の役に立つと、テイマーに人気の魔物だそうだ。戦闘力はグレイウルフ以下。


「次元の裂け目からダンジョンコアでも落ちてきたのか」

「タンガにしては冴えている。魔物種類が統一され過ぎている。これは裂け目から一頭ずつ落ちてきたわけでなく、ダンジョンコアに生み出されていると考えるべきだ」

「俺にしては冴えてるって余計だろ、普通に誰でも予想ができる」


 すみません。俺にはできませんでした。異世界の常識は現代の非常識、まさか日本に本物のダンジョンができているとは。


「欲しい情報は手に入ったよね、この後すぐに行く?」

「そうだね、ダンジョンアタックこそ我らが部活の主目的だからね」


 ヒカリとサリが即日攻略を提案したがケンジによって却下される。


「いや、病院全体がダンジョンになっているなら七階層ダンジョンだ、後一日調査したい」

「そうなんだ」


 少し不思議そうなヒカリ、俺もレベルカンストがこれだけ揃っているなら七階層くらい簡単に突破できると思う。

 話し合いの区切りがよくなった俺はトイレ休憩に立つ。


「僕も行くのです」


 レンサクとならんでトイレに向かう。部室が部活塔の最奥にあるため、トイレまでは少し距離があるのだ。


「あ、忘れていたのです。ルトサにこれを渡しておきます」


 そう言ってレンサクが取り出したのはスマホであった。


「ルトサだけ連絡を取るのが難しかったので製作しました」

「おいおい、スマホまで作れたのか」

「僕に作れない物は無いのです。もっともスマホの形をしていますが、普通のスマホと同じ使い方はできませんので、アプリをダウンロードしたりはできないのです。あくまでも仲間の連絡用と割り切ってください。通話も仲間にしかできません、スマホ型の通信機と思えばいいでしょう」


 少しガッカリ。


「そのかわり、使用料は一切かかりません」

「それはかなり嬉しい」


 スマホを解約した理由がまさにそれだったから。

 試しにヒカリへと電話をかけてみる。仲間の連絡先はすでに登録されていた。


『…………』

「あれ、つながったよな」

「つながっているのです」


 ヒカリからの反応がない。

 少し音量を上げてみた。


『……もう一度、言ってもらえる』


 微かに聞こえてきた。

 さらに音量を上げて何とか聞き取れるようになった。先程まで普通にしていたはずのヒカリの声がとても緊張をしている。


『再び、サトルの記憶が無くなるかもしれない』


 スマホから飛び出したケンジの言葉に頭が真っ白になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る