第46話『勇者対策の始動Ⅲ』

「どういう意味だキサマ!!」

「今日聞いた話だけどな、土曜日に岸野が弁当盗まれたって言っていたらしい」


 なんだと、そんなことウソに決まっている。


「それに岸野って同じクラスの夷塚って奴とつき合い出したって聞いたぞ」

「あ、俺も聞いた」

「なんだそれは」

「同じクラスなのに知らないのか、最近は毎日一緒に登下校してるらしいじゃん」


 ありえない、あの岸野と釣り合うのは俺だけだ。夷塚など聞いたこともない名前だぞ。同じクラスだ、そんなわけないだろ。


「根も葉もない噂を信じるな、岸野たちが俺以外のために料理をするわけがないだろ。真帆津などおにぎりをサッカーボールの形にしていたじゃないか、あれをサッカー部以外の差し入れで作るわけがない」

「そうかな?」

「キャラ弁作って、それがたまたまサッカーボールだったんじゃね?」

「その可能性はあるな、真帆津は元サッカー選手だし」


 どういうことだ、いつもなら俺の言うことを素直に信じる連中が今日に限って疑り深くなっている。


「そこまで疑うなら見るがいい、彼女たちが俺の為に愛情を込めて作った弁当を、これを見てまだ戯言を口にできるといいな」


 一昨日の弁当は本当にうまかった。愛を感じた。

 こいつらも涙を流して喜んでいた。もう一度涙を流し、俺の出場禁止を取り消させてやる。

 まずは岸野の弁当から開けて見せた。


「おーすげー、真っ黒だ」

「な、なんだこれは⁉」


 一昨日の料理とは比べ物にならないほど落差がある。


「これオカズは別にありますパターンじゃないの」

「そんなはずはない、岸野のカバンの中にはこれしか入っていなかった」

「まさかおまえ、岸野のカバンを無断で漁ったのか」

「バカなことを言うな、これは俺の為に置いてあったカバンから取り出したんだ。きっとオカズの入った方を入れ忘れたんだ。まったく岸野は案外ドジなところがある」

「プッ」


 なんだ、天井から一瞬、我慢しきれなかったような笑い声が聞こえた気がする。


「まあ、忘れてしまった物はしょうがない、岸野には後で注意しておかないとなッ――」


 急に心臓が苦しくなった。これは殺気なのか、まさか、俺を殺したいほど恨むヤツなどいるわけがないが、どうしてだろう。頭を光線で打ち抜かれるイメージが浮かんでしまう。


「どうかしたのか」

「いいやなんでもない、次の弁当は青磁のだ、こいつは三人の中で一番こった料理を作る。今度こそ期待していいぞ、少しは分けてやる」

「おお、今度は黒一色じゃない」

「やはりな、見ろこの輝くような弁当を、そこいらに売っている物とは訳が違う」

「確かに、前に食べたやつはそうだったけど、今回のは……」


 うらやましくて嫌味を言う物がいるとは、こんなヤツには分けてやる義理は無いな。お前はその手に持っている安売り弁当がお似合いだ。


「なんだ負け惜しみか、言いたいことがあるならはっきりと言え」

「いや、今回の弁当は、俺が勝ってきた弁当にそっくりだと思っただけだ」

「ふざけたことを抜かすなよ、お前の安売り弁当を青磁の弁当と比べるのもおこがましい」

「でも本当にそっくりだな」


 隣の奴が両方を見比べて理解しがたいことを口にした。たまたまメニューが同じなだけだろう、この気品溢れる品々が安売りと同じに見えるなど、お前らの目は残念でたまらない。

 しょせんは愚民だな。

 監督に言ってレギュラーを外してもらうか。

 こんなやつらとチームプレイを続けていたら、俺のテクニックが腐ってしまう。


「あ、俺は弁当の違いを見つけたぞ」

「ほう、少しはわかるヤツもいたか、安心したぞ」

「こっちの青磁のソースハンバーグには塩が振りかけてある。ソースを掛けた後に塩まで掛けるなんて、青磁って変わった事するんだな」


 なんだそれは、チャーハンにカレーを掛けるくらいの不明さがあるぞ。だが、青磁は大富豪のお嬢様だ、もしかしたら上流階級では、この食べ方が流行っているのかもしれない。そうに違いない。


「チ、チ、チ、分かっていないな君たちは、この食べ方はサッカーの本場の海外の上流階級でも流行っている食べ方だぞ、それを知らないとは、君たちのサッカーは学生止まりだな、プロには通用しないぞ」

「ププッ」


 また天上から笑い声が、この上の階は落語研の部室だったか?

 最後は真帆津の弁当だ。こいつの弁当はおにぎりがサッカーボールの形をしていたりして、なかなかに気の利いたことをしてくれる。

 今度はどんな仕掛けがあるのか。


 パカっと開けてみれば、そこには。

 白いご飯の上に、一直線に掛けられている卵フリカケ。

 色は白と黄色の二色で黒一色よりは色が多いが、のり弁よりも手抜きに見えるぞ。


「どういうことだ」


 俺をバカにしているのかと危うく叫びたくなったが、我慢することができた。流石は俺の忍耐力、他の連中なら叫んでいただろう。

 これは明らかに手抜きだ。


「おい勇実、これが愛情の込められた弁当なのか」


 レギュラー全員が俺を笑いものにしやがった。

 テメェら全員、レギュラーから降格だ。試合は俺一人いれば勝てるんだ。他のメンバーは数合わせ、俺の従順なヤツを適当に十人選べはすむんだぞ。

 普段なら即刻クビにしてやるところだが、今回はこいつらに禁止取り消しのために動いてもらわなければならないから我慢だ。


「ふん、こんな時もあるんだよ、きっと真帆津が寝坊したんだろう。普段からだらしないヤツだからなッ――」


 突然後ろ髪が焼かれるような気配が伝わってきた。そして追撃として弾丸シュートを顔面に叩き込まれるイメージまで明確に伝わってくる。これはなんだ。冷や汗が噴き出して止まらなくなった。


「それでこの弁当はどうするんだ」

「お前たちにくれてやる。どうやら今回は俺の口には合わないようだからな、次はもっとちゃんと作れと叱っておくか」

「やりー、じゃもったいないから、俺がもらうぞ」

「俺も俺も」


 見苦しい、やはりこいつらは池の鯉だな。


「うめー、これ普通の海苔じゃないぞ、韓国海苔ってやつか、塩味が効いていてコメとよく合う」

「こっちの青磁のコンビニ弁当風も塩味になっていてうまいな、見た目が同じでも味変が成功している」

「真帆津のもフリカケだけかと思ったら、うす塩味のコメだ、いがいとうまいぞ」


 なんだ下手くそな食レポをしやがって。


「返せ、残りは俺が食う」


 考えれば、俺は昼をまだ食べていなかった。これを食べなければ昼抜きになってしまう。


「確かに塩味でうまい」


 不思議な味だが、体の中が浄化されていくようだ。今ならささやかなことなら許せるかもしれない。


「いいかお前ら、放課後になったら連名で俺の出場禁止を取り消すよう嘆願するんだぞ」


「「「「「「え、いやだけど」」」」」」


「なんだと、俺と一緒に試合ができる栄誉を味わいたくないのか」

「味方をケガさせる奴と、誰が一緒にプレイしたいと思う」

「俺たちお前の性格に慣れてるから会話できるけど、普通なら無視されてもおかしくないレベルの事件だったぞ」

「部活に残れただけ感謝しろよ」

「ふざけているのか、将来の日本を背負って立つ俺に向かって随分なことを言いやがる」

「いや、お前に日本背負われたら、世界中からブーイングの嵐だろ」


 許さない、貴様ら、ぶちのめされたいようだな。


「お、勇実が拳に力入れたぞ、乱闘の前兆だ。みんな撤収!」

「暴力事件で俺たちまで出場停止は嫌だからな」


 入り口だけでなく、窓も使って全員が部室からいなくなる。外に出てしまえば昼休み中なため、女子の目もある。うかつに殴ることができなくなってしまった。


「この卑怯者どもめ!!」


 俺は部室のテーブルを蹴りつけると、テーブルが飛び天上へと刺さった。

 最近は体の調子がいいと思っていたが、いつの間にかここまでの力になっていたのか、やはり、俺は天才なのだ。

 この俺を認めない監督もあいつらもゆるさん。今に見ていろ、必ず後悔させてやる。


 放課後、俺はサッカー部の練習には出ず。

 帰り道の人気のない場所を探す。

 俺をバカにしたレギュラー連中を連れ込み、俺の力を思い知らせてやるために。

 商店街から横道に入り、細い路地を抜けると、ビルの壁に囲まれた程よい広さの空き地をみつけた。


「ここならいいな、人目もない、多少は派手にやってもよさそうだ」


 後はどうやってあいつらをここまで連れ込むか、考えを巡らせていると、俺がやってきた路地から一匹の巨大な灰色狼が姿を現した。


「バカなッ!? なぜ狼がこんな街中に!」


 恐怖にかられ一目散に逃げ出した。股間が温かくなったが気にしている余裕はない。物陰に隠れるとスマホを取り出し、いつも部活をズル休みする連絡のために作ったショートカットで監督へ電話を掛けた。


『どうした、出場禁止でさっそくサボりか』

「そうじゃないんだ監督、狼だ、狼に襲われているんだ」

『今までも散々サボりの口実を聞いてきたが、今日のが一番酷い言い訳だな』

「嘘じゃないんだ、今回はほんとなんだ、信じてくれ監督」

『次はもう少しマシな言い訳を考えろ、もう庇いきれんぞ』


 通話が切られた。


「なんでた、なんで俺の言うことを信じない!」


 そうだ警察だ、警察ならきっと信じてくれる。110番と入力しようとしたら、スマホの画面が乱れ電源が落ちる。


「どうしてだ、充電はしてあっただろ!!」


 ふいに気配を感じてハッとして顔を上げれば、灰色の狼がゆっくりと俺を見て歩いてきていた。


「ワッーーー!! 誰か助けてくれ、狼だ、狼が出たー!!」


 人目が無い場所を探してたどり着いた空き地。例え聞こえたとしても、この叫びを信じてくれる人は、はたしているのであろうか。

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