第45話『勇者対策の始動Ⅱ』

 影の中身を少しだけ取り出した翌日。

 週明けの月曜日、あの集団誘拐騒動から一週間が経過した。


 あれからまだ一週間しかたっていないのか、毎日が濃密で時間が長く感じられる。

 そんな月曜の朝、俺はいつもよりも数段早く家を出る。

 理由はケンジに朝の六時に部室に集合と、けっこうハードな宣言をされたからだ。護衛であるヒカリと日時計公園で合流、一緒にまだ人の少ない通学路を歩いていく。


「いつもの通いなれた道なのに新鮮だ」

「うん、どこかいつもより空気が軽い気がする」


 頬に当たる風はまだ冷たい。

 缶コーヒーのホットを買っておけばよかったなと考えながら部室に到着すると、俺たち以外のメンバーはすでに揃っていた。


「時間通りだな」


 ケンジがいつものメガネをクィっとやって出迎えてくれる。


「朝早くに集まってもらって悪い」

「それだけ緊急事態ってことだろ」

「その通りだ、あのバカが本格的にやばくなりだした」

「何があったんだ」

「昨日の夕方に入った情報だが、土曜の練習試合で味方の足を後ろから攻撃したらしい」


 昨日は影の中のモノを回収していたので情報を拾うのが遅れたのか。


「相手じゃなくて味方にケガをさせたのか」


 タンガが悪態を付いた。相手なら許されることでもないが、あいつは何で味方を攻撃したんだ。そう疑問に思うと、微かに肩の傷が痛みだした。


「試合を観戦に行っていたミノリから聞いた話だけど、どうもケガをさせた相手は牧野くんみたいなの」


 ケンジの情報源はヒカリだったのか、ミノリってこの前、サッカー部の見学をしていた弓崖さんのことだよな。


「牧野って投擲者の」

「その牧野くん、彼が途中出場で活躍したのが気に入らないみたいだったって」

「そんな理由でケガさせたのか、あいつは」


 なんて幼稚な理由。


「がアッ」


 信じられない理由を聞かされた瞬間、肩の刀傷が熱を持って痛みだし我慢ができずに、うめき声がもれてしまった。


「サトルくん!?」


 隣に座っていたヒカリが心配して叫んでくれる。大丈夫だと返したかったが、あまりの痛みで言葉が出ず。代りに記憶の断片が出てきた。


 これは魔物の大群が一つの街に迫っていた時。

 俺とホカゲは住民を避難させようと奔走していた。

 しかし、後からやってきた勇者に妨害される。


『魔物の群れは俺が倒す。よって避難の必要はなし』


 敵の姿も見ていないのに勝手なことを言い出す勇者。


『貴様たちは勇者の力を知らないだろ、心配は無意味だ』


 時間が無く、勇者の説得は不可能と判断。勇者は放置して街の人たちを逃がすことに尽力した。今ならまだ安全に逃げられると。

 説得は難航したが、別行動していたヒカリたちが魔物の群れが迫っている証拠、証人を連れてきてくれどうにか避難は開始された。

 しかし、それに腹を立てたのが勇者である。


『俺の活躍を見る観客を勝手に逃がすな!』


 若い女性を誘導していたホカゲに勇者が斬りつけたのだ。

 完全なる不意打ち、まさか仲が悪くても、この時はまだ勇者がここまで愚かな行動をするとは思っていなかった。


 寸前で気が付いた俺は、自分の体をホカゲと勇者の間にすべり込ませていた。

 そして、肩から袈裟斬りにされる。


『サム!!』


 何とか即死だけは免れたが、致命傷だった。

 ヨシカが駆けつけてくるのが後十秒遅かったら、俺は死んでいただろう。


『俺よりも目立つ行動をした報いだ、反省しろ』


 死にかけの俺を見ても何とも思わない勇者は、ざまぁみろと唾を吐いて歩き去った。

 斬られた箇所が燃えるように熱い、なのに全身の体温が抜け落ちていく。

 ああ、このまま死ぬのかと悟らされた。


「サムしっかりする!」

「大丈夫ですサトルさん、あなたは死にません」


 思い出した記憶の断片と現実が重なっていく。


 俺はいつの間にか部室で倒れ、それをヨシカが必死に治療してくれていた。ヨシカの回復魔法で、猛烈な痛みがしていた肩の傷の疼きが徐々に収まっていき、数分後にはキレイになくなった。


「ありがとうヨシカ、もう大丈夫だ」

「記憶の断片が戻ったのですね」

「そうみたい」

「今回は、記憶と一緒に痛みまでも思い出してしまったようです。傷跡が熱をもっていましたが、実際に傷が開いたわけではありません」

「サム」

「心配ないぞホカゲ、痛みはもう無くなった」


 いつもポーカーフェイスのホカゲが珍しく動揺した表情をしている。この肩の斬撃の跡はホカゲを庇って勇者に付けられたモノだったのか。


「牧野はあいつより試合で目立ったから攻撃されたんだろうな」

「ミノリの話だと多分そうだと思う」


 俺はもう大丈夫とアピールして席へ戻る。記憶の断片で正確に理解させられた。あいつは自分が活躍するためなら仲間も平気で踏みつぶす奴だ。


「サトルは少し休んでいろ、行動は俺たちでする」

「何をしたらいい」


 今すぐ行動を開始したいと立ち上がりかけるタンガをケンジが止める。


「話の続きになるが、牧野にケガをさせておきながら、バカを攻める者は殆どいなかったらしい」

「おかしいって声を出したのは、ミノリを含め数人だけだったらしいの」

「それって勇者スキル」

「そうだ勇者スキル『先導者』、勇者の行動を正当化し民衆の支持を集める凶悪なスキルだ、レベルと一緒にスキルも弱体化していると思ったが、先導者の効力が想像以上に高くなっている」

「まるで魅了の呪いの上位互換のようなスキルなのです」

「無欲な仙人にでもならない限り、このスキルを使いこなすのは無理だ」


 このスキルに抵抗するには強い精神を持たなければならない、勇者に少しでも憧れや期待を持ってしまうと、勇者第一で行動するようになってしまう。


「そこでこれの出番なのです」


 レンサクがアタッシュケースを取り出し開いて見せた。中には灰色の小石が大量に入っていた。


「これが勇者のスキルに対抗するアイテムなのか」

「その通りなのです。先程も言いましたが、勇者のスキルはまるで呪い、だったらその呪いを打ち消すアイテムを作ろうと考え、完成させたのがこれ『勇者の呪い中和石(仮)』です。昨夜完成したので名前まではまだ考えていません」

「効果は」

「魔力を込めて地面に置くと、半径五十メートルの範囲で勇者の呪いを無力化できるのです」

「たったの五十メートルかよ」

「そこのタンクうるさいのです。これでも頑張ったのです。勇者の強力な呪いの解析にどれだけ苦労したことか、昨日ガーゴイルとメタルドラゴンの素材が手に入らなければ、半径十メートルがやっとだったのです」

「まずはこれを駅からの通学路と学園内に隙間なく設置できれば学園にいる間は安全になるだろう」


 あいつとは学園関係でしかでくわさないので、その範囲をカバーすればひとまず安心か、絶対ではない。あの勇者はよく悪い方向に予想外の動きをしてくるから。


「それと『勇者の呪い中和ソルト(仮)』と散布装置なのです。中和石の効果がある中でこの塩をバカに食べさせれば、勇者の呪いを完全に無効かできるのです。ちなみに中和効果以外は普通の塩なので他人が食べても害はありません」


 ラベルの無い塩のビンと、薄く細長いプラスチックのケースを自信満々に並べていく。


「レンサクくん、もしかしてケンジくんが私たちにダミーのお弁当を用意しろって言ったのはこのため」

「そうなのです。あのバカは一度やって味を占めた悪事を繰り返す性質があります。この散布装置を蓋の裏側に張り、特定の魔力パターンで蓋を開けないと塩が散布される仕組みになっています」


 つまりわざと盗ませて、中和ソルトを摂取させるのか。


「でもそれじゃ、あいつがお弁当を盗まなかったら、食べさせられないよな」

「そうですね。こちらからあえてお弁当を盗むように誘導するつもりはありません。ですので、あのバカが盗みはいけないと常識的な行動をとれば、スキルを封印されずに済むのです」


「無理だろ」(俺)

「無理です」(ヒカリ)

「ありえません」(ヨシカ)

「無理でしょ」(サリ)

「不可能」(ホカゲ)

「無理だな」(タンガ)

「無理に決まっている」(ケンジ)


 自分で言っておいてなんだが、ありえないと思う。

 俺たちは同時に同じ意味の言葉を発したが誰一人揃わなかった。それぞれが勇者に対する怒りや憤りを込めているのがありありと伝わってきた。


「最後に確認だがサトル、記憶の断片が戻っても、勇者とは関わり合いになりたくない、直接仕返しはしないでいいんだな」

「ああ、俺は直接の仕返しはしない、能力の封印で十分だ。みんなが直接復讐したいなら止めないし、協力するけど」


 あいつと関わると自分まで醜くなりそうで嫌なんだ。

 これは俺個人の感想、みんなだって向こうの世界では勇者に散々な目にあわされてきた。それでも誰も直接復讐したいと言い出す者はいなかった。


 その後は登校時間になる前に、中和石を設置するために活動開始、倒れた俺はヨシカの付き添いで部室待機を命令された。一応部長は俺なんだけど権限はほぼなかった。


 設置が終わり部室に戻ってきたホカゲ以外のみんなと中和石の結果を待つ。


 隠れて様子を監視していたホカゲから通学路でさっそくやらかしたとの連絡が入るが、驚く者はいなかった。


 昼休み入ると、案の定、いや予想以上に堂々と三人のお弁当を盗んでいく奴にあきれる以外できなかった。本当にこちらは何の誘導もしていない。


 その内、昔のゲームの勇者みたいに、人の家に勝手に上がり込み、勝手に箪笥を物色して入っていたお金や道具を持ち出しそうだな。

 まあ、勇者スキル『先導者』が封印されれば、その場で即逮捕になるだろう。






 サッカー部の部室に三つの弁当を抱えてやってきた勇実。

 活躍している部活のため、他の部活に比べ広い部屋があてがわれているサッカー部。昼休みは多くのレギュラーが集まる。


 勇実はこの弁当を分け与える代わりに監督と学園に自分の出場禁止を取り消してもらうため、働かせるつもりだ。


「喜べお前ら、また俺の彼女である岸野たちが俺の為に作ってくれた弁当を分けてやるぞ」

「…………」


 どうして無反応なんだ、この前は池の鯉のように群がってきたのに。


「どうしたんだ、喜べよ」

「それ、本当に岸野さんたちがお前のために作ったモノなのか」

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