第44話『勇者対策の始動Ⅰ』

 俺、勇実輝王の朝は普通だ。

 早すぎず、遅すぎず。家を出て通学の電車に乗る時間は同じ学校の生徒が一番多く乗る時間と決めていた。


 その理由は、女子たちからの視線である。

 見た目にこだわり、整えられた身だしなみは女子の視線を独り占めできる。

 部活の朝練もあるが、面倒なので基礎練中心の朝練には参加しない。それでもレギュラーの座は揺るがない。


 全てが自分の為に動いている。


 俺だけは特別だ、ここ最近はさらに強く感じる。

 試しに女性専用車両に乗っても女子にはとがめられない、尚且つ俺に嫉妬して、とがめた男性サラリーマンが女性に攻められていた。


 おかしいなとは考えたが、自分が特別な存在に進化したのだからと納得する。

 切欠は一週間前の集団誘拐騒動の後からだ。あきらかに身体能力が向上している。今までできなかったサッカーのテクニックもマスターできた。


「俺はもうプロでも通用するかもしれない」


 夢想する。プロになり華々しく活躍する自分の姿を。

 自分は天才である。

 その証拠に、人から発するオーラまでもが視認できるようになった。このオーラの大きさで相手の力量まで判断できてしまう。


 同じクラスのサッカー部、名前は忘れたが、オーラが強いヤツがいた。そいつは補欠なんだが、一昨日の練習試合に途中交代で出場、足元の技術はまだまだ未熟だが生意気にもロングスローを覚え、出て二十分ほどで二アシストと好成績を出しやがった。


 また体も頑丈なようで、自分よりも大きな相手選手とぶつかっても力負けしていない。俺はわかった、こいつに足元の技術が備わればレギュラーまで登ってくると、そして生意気にも女子のファンまで持っていた。たったの一人だが同じ学園の制服を着ているので、学園が終わってから駆けつけてきたのだろう。


 ずいぶんと熱心なファンを持っているじゃないか、まあ、俺にはファンクラブまであって人数差は歴然だがな。

 だが、補欠のクセに試合で目立ちすぎだぞ。

 俺は足にオーラを集中させ、ヤツの足事ボールを蹴ってやった。ボールは狙った通りに相手ゴールに決まる。


 そしてこっちも狙い通り 補欠は足を抑え蹲る。これを敵にやれば反則だが味方だから大丈夫。

 俺だから大丈夫。


「大丈夫か勇実、足にケガはないか」


 監督が倒れている補欠より俺の足を心配してくる。


「問題ありません。これくらいでケガをするヤワな鍛え方はしていません。補欠と違って」

「何言ってるのよ、後ろから蹴っておいて!」


 たった一人の補欠のファンが吠えているが、賛同者は少ない、相手チームの選手が恐怖に引き攣った顔をしているが敵なら問題ない、いや、委縮してくれるなら好都合だ。


 昼に分けてやった弁当の効果だろう。病院に搬送された補欠を擁護するレギュラーは現れなかった。

 この後の後半戦で追加得点、俺は三得点を取りハットトリックを達成した。

 試合終了。


 去年は接戦だった強豪相手に5-0の快勝、たった一人でチームの得点の半分以上を取ってやった。俺のファンも大喜び、近いうちにあのファンクラブのメンバーはさらに増える予定。


 候補1。岸野陽花里、学園一の美少女だ。一年の頃から目を付けていた。あいつに釣り合うのは学園で俺しかいない。

 候補2。青磁芳香、スタイル抜群のお嬢様。容姿も岸野に負けず劣らず。料理上手でレギュラーメンバーを手懐けるのに大いに役に立ってくれるだろう。

 候補3。真帆津紗里、元世代別代表。ケガでサッカーを引退したが、その夢を俺に託してマネージャーとして支える。いいシナリオだ。テレビの取材がきたらネタにできる。


 この三人はファンクラブに入るのが運命なのだ。

 学園の最寄駅へと付き、俺は電車を降りる。別の学校へ通う女子たちに手を振り改札を出ると、いつもよりも清々しい空気を感じた。まるで体中を浄化してくれるような爽やかさは気分がいい。


 もしかしたら、俺はもう一段階の進化をしたのかもしれない。

 商店街を歩き学園へと続く緩やかな坂道、いつもならこの辺で女子たちの視線を独占できるのだが、今日は少し様子がおかしい。


 女子たちはいる。しかし、誰も俺に視線を送ってこない。

 おかしい、これはとてもおかしな現象だ。

 しかたがない、もしかしたら俺の存在に気が付いていないだけかもしれないからな、ここは珍しく俺から挨拶をしてやるか、声を掛けられた女子は幸運だぞ。


「おはよう、今日はいつにもまして気持ちの良い朝だね」

「え、はい、おはようございます」


 なんだその反応は。

 俺が声を掛けたんだぞ、顔を赤くして喜べよ、なんだその一応挨拶されたので挨拶を返しました的な反応は、違うだろ。

 彼女は男に興味の無い性格だったのか、ソウに違いない。

 お、ファンクラブの一人を発見、彼女なら間違った反応はしないはずだ。


「おはよう。一昨日の応援ありがとう。おかげでハットトリックを決められたよ」

「おはよう。牧野くんの様子はどうだったの」

「牧野、誰だそれは」


 またも予想外の反応だ。君は俺のファンクラブ会員だろ、どうして喜ばない。キャーと歓喜の悲鳴をあげろよ。


「最低、信じられない」


 最低だと、この俺が、貴様は俺のファンクラブだろ、なんだその嫌悪の表情は、おかしいだろ。

 ファンクラブの女子はそれからは俺を視界に入れず、早足で学園へと向かっていった。


 駅を出た時はさわやかな気分になったのに台無しだ。

 イライラしながら下駄箱でクツを履き替えているとサッカー部のマネージャーに声を掛けられた。そうだよ、これだよ、このマネージャーは俺と同じ部活になるためにサッカー部に入部した女子だ。顔は好みではないが、尽くしてくれているのでマネージャーを続けさせている。


「おはよう勇実くん、監督が呼んでるよ、職員室まで来てほしいて」


 なんだ、一昨日の試合のハットトリックを見て俺をスカウトしたいプロサッカーチームからオファーでもきたのか。


「ニヤ付いているところ悪いけど、良い話じゃないと思うよ、監督、すっごく難しい顔していたから」

「なんだと、俺は人に褒められることしかやっていないぞ」

「それ本気で言ってるの、ちゃんと牧野くんには謝罪したんでしょうね」


 また牧野か、誰だよそいつは、そしてなぜ睨む、ミーハーマネージャーの分際で生意気だぞ、監督にあったらクビにするように言っておかないとな。


「それと、今度の遠征費、勇実くんだけまだ支払われていないから早く払ってね」

「はぁ? 意味がわからないな、俺はエースだぞ、払う必要などないだろ、お前が払っておけ」

「それこそ「はぁ?」よ、どうして私があなたの遠征費を出さないといけないのよ」

「それがファンの務めだろ」

「あなたファンの存在を誤解してるわよ、それに私はファンじゃなくてマネージャーだから、ちゃんと遠征費は自分で払いなさいよ」


 おかしい、今までだったら俺の言うことは何でも聞いていたはずだ。さすがに全財産を払えだとかは無理だとしても、部活費用ぐらいは誰かが払ってくれていた。どうなっているんだ。


 こうなったら監督に俺の部費を払わせるか。

 職員室に訪れると、信じられない事を告げられた。


「公式試合禁止、この俺が一年間も、どうしてですか!?」

「あたりまえだろ、牧野に全治1ヵ月のケガを負わせたんだ、オレだってなけっこう粘って頼み込んだんだぞ、最初は退部や停学も検討されていた。去年の活躍と功績で退部は食い止めることができたが、これ以上は無理だ」

「わけがわからない、一昨日の試合では問題なしと言っていたじゃないですか」

「そんなことは言っていないぞ、試合中だったから保留にしただけだ、お前をベンチに下げなかったのはオレの判断ミスだがな、試合の動画を見直してゾッとしたぞ、お前、あきらかに牧野の足を狙っただろ」


 牧野って一昨日ケガした補欠のことだったのか、どうして補欠がケガした程度でエースの俺が一年も試合に出られなくなるんだ。

 監督もいきなり態度を変えやがって。


 今日はイライラする一日だな、駅を降りるまでは昨日と変わらなかった。

 もう昼休みだと言うのに、朝から誰も俺の元へ激励や励ましにやってこない。

 俺が試合に出られない話はもう部員全員に知れ渡っているはずだ、レギュラー全員が連名で監督に抗議しないとおかしいだろ。


 この前、あの岸野たちの弁当を分けてやったのに。


「チィ、しかたがない、また弁当を分けて俺のありがたさを想いしらせてやる」


 俺は席をたち、岸野、青磁、真帆津の荷物をあさり弁当を取り出して部室に向かう。

 その時、教室に残っていた全員が勇実に嫌悪の視線を送っていたことには気が付かないで。





「信じられないくらい堂々と盗んでいったね」

「人の物を盗む行為に罪悪感の一欠けらもない様子ですね」

「盗られる現場を目撃して見逃すのはけっこう忍耐が必要だった」

「サリはよく我慢した」


 教室を出て行った勇実は、最後まで教室の後ろに立っていた俺たちに気が付くことはなかった。まあクラスメートの誰も気が付いていないけど、ケンジの認識阻害は強力だ。


「クラスメートの反応を見るに、どうやら対策は効果が出てるみたいだな」

「うん、これで平和な学園生活を送れるかな、私たちも部室に行ってお昼にしよう」


 ヒカリは盗まれたお弁当とは違う、お弁当を掲げて部室へ歩き出す。


「ダミーの弁当箱の中には何を入れていたんだ」

「盗まれなかった時のことを考えて、一応は食べられる。ごはんの上に海苔を敷き詰めておいた」


 おかず無しのり弁ってことですか。


「ヒカリさん、食べてもらわないといけないので、そこまでの手抜きは」

「それじゃヨシカッチはどうしたの」

「わたくしは、コンビニのお弁当を御弁当箱に入れ替えておきました」


 見た目は華やかそうだな。


「サトッチのために磨いた料理スキルを使いたくなかった」

「当然です。サリさんはどのような内容だったのですか」

「あたしは、ヒカッチよりも手をかけたよ、ご飯にフリカケを掛けておいたの」


 それはのり弁と大差ないと思うぞ。

 ケンジにダミーのお弁当を用意しろと言われたヒカリたち、用意はしたが徹底的に手を抜いていたらしい。


 さて、勇実はこれからどうなるかな、俺たちはヤツに直接手を出さないときめた。正直、会話もしたくないから、あいつが勝手に転がり落ちていくだけだろう。お弁当だって盗まなければよかったのに。

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