第43話『影の中にあったモノⅣ』
衝撃で倒れてうずくまる。
「あれは何をしているんだ解説のレンサク」
「あれは、殴られた痛みと、合言葉の意味に気が付き恥ずかしくなって立ち上がれないようなのです」
「今まで気が付かなかったのに、どうしていきなり気が付いた」
「ルトサは戦いのスイッチが入ると思考速度が上がります。それで合言葉の意味が解読できてしまったのでしょう」
「そういや、サトルは戦いの時とかは、いろいろな作戦を思いついてたな」
正解だよ、痛いけどこの程度なら立ち上がれるよ、でも、まさか『アシル・イテ』の意味が俺の考えた通りの答えなら、恥ずかしすぎるだろ。だってさっき、ヒカリにサリ、ホカゲにまで大声でAIを叫んだことになるんだぞ。
「サトルくん、ごめん!」
いやいや、ヒカリが謝ることじゃない、ヨシカにサリ、ホカゲも謝罪はいらない。彼女たちは口々に謝罪をしてくれるが、今のは完全に俺が悪い、戦いが始まっていたのに他の事を考えてしまったんだから。
「サトルいつまで倒れている。追撃がきてるぞ」
「見えてる」
横に転がり、訓練人形の踏みつけを避けた。
急いで立ち上がり訓練人形に殴りかかったんだけど、簡単に避けられて殴り返された。重たい拳が腹に打ち込まれる。レベルが上がって少しは頑丈になったのか、ものすごく痛いけど、倒れずに踏みとどまることができた。
「訓練人形は、身体能力をコピーするんだよな、明らかにサトルより強くないか」
「最初の一撃のダメージが足にきているのだろう。動きが遅い」
その通り、ケンジの指摘は正解だ。膝がガクガクであまり力が入らない。
このままじゃ絶対に負けてしまう。
こうなったら。
「グゥ」
わざと殴らせて捕まえる。
「いつもはビクビクしてるくせに、腹くくると度胸をだすよな、流石は兄弟」
左頬を殴り振りぬいた腕にしがみ付く。
後は膝だ、膝だ、俺はとにかく訓練人形に膝蹴りを放ち続けた。
数発蹴った所で、俺の蹴りは伸びてきた影に絡まれ止められた。
「これは影縄、訓練人形もスキルを使えるのか」
「訓練人形が使用できるのは初級技までだが、サトルも初級技しか使えないから、条件は同じだろう」
最初に言って欲しかった。
「すまん、昔のお前は知っていたから、つい説明を忘れてしまった」
ついじゃなーい。まあ聞かなかった俺にも落ち度があるからケンジは責められないけど、影縄で足を引っ張られグラウンドを転げまわされる。
感覚は思い出せたけど、まだ一度も使ったことが無いスキル。
成功してくれよ。
「セイッ!!」
俺は手刀に魔力を集めて影縄を切断した。これはヒカリが良く使っている魔力剣、属性が違うから俺の手刀は黒色になっている。もともとは俺が編み出した技だった。
一発で成功できてよかった。
これで、訓練人形は素手、俺は魔力剣とアドバンテージを得られた。訓練人形が魔力剣を使いだす前に決着をつける。
進行を妨害するように放たれた影縄を斬り裂いて、あと一歩で訓練人形の間合いに入れると思た瞬間、訓練人形の足元が盛り上がり、影から一振りの刀が出現した。
「おいおい、それって俺の刀だったんじゃないか」
手刀で有利に立とうとしたら、相手は刀を取り出してきた。しかも異世界で俺が愛用していた刃が漆黒の黒刀を。
「あぶな!」
とても手刀で刃は受けられない。
くそぉ、俺よりも訓練人形の方が影隠しを使いこなしてないか、いや、同じ魔力を流した人物と同じ能力を宿すのが訓練人形だ。俺がもっと力をコントロールできていれば、同じことが出来るはず。成長できれば、こいつよりも使いこなせるはず。
逃げの一手、黒刀を振り回されて近づくことができない。
作戦は一つ閃いた。
だけど、成功するのか、失敗したら、いいや失敗は考えるな、飛び込め。俺はヒカリたちと並んで立ちたいんだ。
俺は逃げるのをやめ訓練人形へ攻める。
「あぶない!」
仲間の誰かが叫んだ。
でも誰も止めに来ない。
レベル100のみんななら一瞬で訓練人形を止めることができる。それをやらないのは俺を信じてくれているからだ、その信頼に答えてみせる。
黒刀が振り下ろされるよりも早く、俺は訓練人形の影へと飛び込んだ。
「スキル影抜け」
訓練人形の背後を取ることに成功した。
でもこのまま攻撃しても俺の攻撃力では倒しきる前に、振り向かれ斬られてしまう。だから、影縄を伸ばした。レンサクに。
「借りるね」
影縄でレンサクの持っていたアサルトライフルを手繰り寄せる。
「ルトサ、それは!」
わかってるよ、安全装置が付いているんだろ、アクション映画で素人が良くやるお約束だよな。
俺は安全装置を解除して、フルオートモード。
反動が想像よりもかなり軽い、電動ガンを魔導式に改造したライフルだったのか、それでも威力はハンパない、ありったけの弾丸を訓練人形に叩き込む。
限界以上のダメージを与え、訓練人形は元の六角形のクォーツと土の山へと戻っていった。
勝てたには勝てたけど、卑怯な手を使ってしまった。ヒカリたちに呆れられてしまったかも。
「お疲れさまサトルくん」
「ご苦労様ですサトルさん」
「逆転勝利だったね」
「健闘、勝利」
女性陣は誰も呆れていなかった。
「訓練の最初に邪魔をしちゃってゴメン」
「申し訳ありません」
「ホントごめん」
「謝罪する。ごめん」
それどころか、女性全員からまた謝罪をされ、俺が卑怯な手を使ったことを何とも思わないのかと、つい聞いてしまった。
「え、サトルくんが卑怯な手を使うのはいつもの事じゃない」
ヒカリの中では俺の卑怯は日常になっていたのか。
「異世界にいた頃は、相手の方が数も多く魔力も高かったので、真正面から戦っていたら間違いなく敗北していました。人を悪意で騙さなければ問題は無いと思いますけど」
ヨシカはものすごい現実的なご意見で。
「キレイごとじゃ生き残れない」
いつもは口数の多いサリが完結にまとめて。
「まだまだ、もっと手段を選ばなくていい」
最後はホカゲにダメだしされた。
卑怯のレベルでも俺は過去の俺に負けているのか、いったいどんな手段を用いていたのか、思い出すのが少しだけ怖くなる。
「ルトサ、大丈夫なのですか」
「レンサク、銃を勝手に使って悪かった」
「それはいいのですが、この電動ガンは魔力で作動するように改造していたのです。フルオートであれだけ撃てば、魔力が枯渇していてもおかしくないのです」
なんだって、緊張がとけたのか、急に膝から力が抜けて意識も真っ白になっていく――。
「やっぱり魔力を使い切っていたのです」
意識を失い倒れたサトルをヒカリとヨシカが抱き留める。
「ここは譲ってください、わたくしだけ合言葉をもらっていないので」
誰がサトルの介抱をするか、議論になったがヨシカのこの一言で決定、今はヨシカによってお世話されている。
「サトルがダウンした、今日の取り出しはここまでだろ」
タンガが終了を宣言すると、フルプレートを脱ぎ芝生の上で横になる。このフルプレートもレンサク作の魔道具なので、着脱が簡単におこなえた。
「大丈夫なの、カーバンクルストーンは手に入らなかったけど」
「もともと手持ちの材料だけで作っていたのです。カーバンクルがあれば最高性能の物が簡単に作れましたが、必要レベルに達した物なら無くても作れます。それに、あれだけのガーゴイルやメタルドラゴンの素材が手に入ったのです」
グラウンドの隅によけられていた素材の山を指差す。
「最高性能とはいきませんが、想定していた物よりも数段上の物が作れます。ケンジ、協力をお願いするのです」
「わかっている。戦闘ではほとんど動いていなかった。今日一日くらいの徹夜は問題ない。それよりも気になったことがある」
「気になったこと?」
「サトルの成長が早すぎると思わなかったか」
「成長、向こうに居た時とあまり変わらないと思うけど」
異世界で一番長く一緒に活動をしていたヒカリが振り返り、とくに早いとは感じないと答える。ダンジョンを潰した時ほどの急成長はしていないが、向こうの世界では戦闘中にもサトルの成長を感じる時があった。
今回の訓練人形との戦いでも、サトルの成長は見られたし、同じぐらいの成長速度、これがヒカリの見解である。
「そう、かわらない、そこが問題だと感じている」
「どうして」
「ここは異世界ではない、日本だ。空中に魔力が漂っているわけでもなく世界のシステムにレベルという概念も存在していない」
異世界でレベルが判明してレベルアップができるのは、世界自体がそのようなシステムで循環しているから。レベルの概念を把握している者ならばこちらの世界でもレベルアップは可能ではある。しかし、魔力が大きく関係しているので簡単にはできないはずなのだ。
「魔力の濃度が低いこちらの世界でサトルはレベルアップを異世界と変わらない速度で繰り返している」
「それが何の問題なんだ」
「今のところは問題ない、しかし、嫌な予感がするのも確かだ」
「不吉なことを言うんじゃねぇよ」
「すまない、だが、この件は少し調べた方がよさそうだ」
ケンジの発言に不安を覚えなかったのは、ヨシカの膝の上で気持ちよさそうに眠るサトルだけ、それを見たタンガがサトルの顔に先程壊した都市殲滅用ボムのイラストを落書きして、本日の部活動は終了となった。
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