第40話『影に入っていたモノⅠ』
朝の九時に日時計公園でヒカリと待ち合わせ、話が終わると二時間ほどが経過していた。
聞きたかった話は聞けた。
結果は芳しくなかったけど、また少し記憶を取り戻すことはできた。
「今は十一時過ぎか、サトルくんはこの後予定とかある。もしよかったら一緒にお昼でもどうかな」
ヒカリからとんでもないお誘いを受けてしまった。
もちろんOKと即答したかったが、情けないことに、懐がとても寒い。
いつもの癖で五百円しか持っていなかった、それで二人分の缶コーヒーを買ってしまっている。とてもこの残金で昼食は食べられない。
二人で休日に昼食、これはデートと呼んでいいモノだろ、せっかく巡ってきたビックチャンスに俺は普段の癖で棒に振ってしまうのか、自室にはまだ数枚のお札があるんだ、どうして俺はそれを財布に入れてこなかった。
俺にもっとお金があれば、ヒカリとデートができたのに。
悔しさに手を握りしめると、いきなりズッシリとした重みが手の中に現れた。
「なんだ」
「どうかしたの」
「いや、いきなり手の中に何かが」
ゆっくりと手を開いてみると、そこには金色に輝く数枚のコインがあった。
「え、うそ、それって異世界の金貨だよ」
王冠とワシが彫られている肉厚の金貨。どこからこんな物が出てきたんだ。
俺は異世界の金貨なんて一枚も持っていなかった、ただ、お金がもっとあればと願っただけで。
「もしかして」
俺はさらに金貨よ出ろと念じてみた。すると――。
「将来、手品師になれそうだ」
手の平の影から、金貨がどんどんと湧いてきた。
「影隠し」
「そうみたいだ、これが話に出てきたスキル『影隠し』か、他にもいろいろ入っていそうな感覚がある――」
「ダメ、サトルくん、影隠しを使うのはちょっと待って、ホントにお願いだから!!」
ヒカリが突然慌てだした。
かなり焦っているようで、取り出したスマホを落としそうになりながら、ケンジへ電話をかけた。
『どうしたヒカリ、こっちはバカ対策で忙しいのだが』
「それはわかってるけど、サトルくんの影の中に向こうの世界の物が残っていたの!!」
電話相手はケンジであった。相当バカ対策を頑張っているようで殆ど睡眠をとっていないような不機嫌さがある。だがヒカリはそんなケンジの態度を気にする余裕もなく要件を伝えた。
『な、なんだと、本当か!!』
電話向こうのケンジも余裕がなくなった。俺の影の中に異世界のアイテムとかが残っているとまずいのかな。
『サトルは影隠しを完璧に扱えるのか』
「やってみないとわからないけど、取り出すだけなら」
『やめろ!! 試すな、私が悪かった、絶対に取り出しを試さないでくれ』
ケンジがここまで必死に頼んでくるとは、本当に俺の影の中には何が眠っているんだ。
「ケンジくん、みんなを集めよう。広い場所とか確保できないかな」
『今日は休日だ、いきなり全力戦闘ができるほどの場所など、あそこを使うか、ヒカリ、全員を部室に集めろ、一時間後だ、それまでサトルから目を離すな、サトルは絶対に影隠しを使うんじゃないぞ』
一方的に捲し立てて通話が切られた。
休日の午後、わずかな間だけヒカリとデートできるかもと喜び、金がないことに落ち込み、影隠しが使えると発覚して学園へと向かうことになった。
ものすごい大事になっている。
ほんの数分前に部室に欠員なく集まり、簡単な状況説明。
俺が影隠しを使えるようになり、影の中に異世界の道具が残っていると知ると、みんなの顔色が変わった。
いつの間に持ち込んだのか、部室のロッカーにはみんなが異世界で使っていた装備一式が入っていて。
ヒカリは白銀の騎士鎧を纏い。
ヨシカは純白に青のラインが入った法衣に着替え鹿の角を模した杖を装備する。
サリは動きやすい皮の胸当てに赤いレッグアーマーを装備する。
ホカゲはまさに忍者スタイル、漆黒で統一された忍装束、背中には死神が使うような大鎌を背負う。
タンガは巨大な緑の盾グラスシールドに全身金属のフルプレートアーマー、腰にはミスマッチなハンドガンを装備。
レンサクは山吹色のローブを着こみ、腰には工具ベルト、手にはアサルトライフルを持っていた。
ケンジはレンサクと同じくローブ姿だが、他に身体能力を上げるブレスレットにネックレスを装備、手にはフクロウを模した杖を握っている。
「行くぞ!」
気合を入れたタンガを先頭に部室を出ていく面々。
まだ薄らっとだけど思い出した記憶の断片によると、みんなの装備は悪魔王に決戦を挑んだ時の装備と同じ、いや、タンガとレンサクの装備に銃が追加されたから、悪魔王と戦った時より強化されている。
「サトルくん、どうしたの行くよ」
「ああ、わかってる」
ただ一人、ヒカリだけは武器を持っていなかったけど。
部室を出て向かった先、そこはサッカー部のグラウンドであった。
「昨日サッカー部の練習試合があったので、今日の練習は休みになっていた。ここなら少し狭いが、ギリギリで何とかなるだろう」
あのケンジさん、サッカーのグラウンドは初めて入ったんだけど、結構広いと思う。いったい何を想定して狭いと表現したの。
「準備に取りかかるぞ」
俺以外のみんなは、自分のするべきことがわかっているようで、即座に行動を起こす。
「これが僕の作った最大出力の隔離結界なのです」
「『聖域展開』『物理障壁・多重設置』」
「『火の魔力障壁』『水の魔力障壁』『風の魔力障壁』『土の魔力障壁』の魔力四重障壁だ!」
「『光の魔力障壁』」
まずレンサクがグラウンドの中心に杭を突き刺し隔離結界を展開する。この隔離結界は俺たちに七つ道具として渡された物よりも数段高性能の結界だそうだ。
次にヨシカが隔離結界内を聖域へと作り変える。この聖域の効果は仲間のステータスを大幅にアップする効果がある。俺でもわかる力が溢れてくるのが。そしてさらに隔離結界の内側に物理障壁を四枚重ねで展開した。
さらにさらに、その内側にサリが魔法四属性のヒカリが光属性の結界を張り、外周の準備を完了させた。
「えっと、ここまでする必要があるのか」
「あるに決まっているだろ馬鹿者が、記憶が無くてもみなの顔色で推測しろ」
ケンジに怒られた。推測できてしまったから、それを否定して欲しかったんだけど、やっぱり無理か。
ケンジがグラウンドの中央で杖を掲げた。
「いつ、それは過去、いつ、それは今、いつ、それは未来、全てを否定し作り出す。どこで、それはここで、だれが許した、だれも許さない。何をした、何もしない、これから行うは現世の乖離、今この時だけの箱庭を構築する」
みんなが無詠唱で術を使う中、ケンジだけが長い詠唱でスキルを発動させた。
「これでこのグラウンドは現世と切り離された。どんなに壊しても結界を解けば元のグラウンドに戻るから安心して暴れてくれ」
「そこまでする!?」
まるでこのグラウンドで最終決戦をおこなうような展開なんですけど、俺が影隠しを使えるようになったことが、ここまでしないとダメなことなの。
「念の為に周囲を確認してきたぜ」
「結界内に私たち以外いなかった」
タンガとホカゲは周囲の確認をしていたのか、俺だけ棒立ちで仕事をしていない、何かしたいけどできることがまったくない。
「落ち込む必要はないよサトルくん、これからサトルくんには頑張ってもらうんだから」
表情が読まれヒカリに励まされる。
「ここまで大事にするなら、俺が影隠しを使わないようにすればいいだけじゃない?」
「何を言っているのですかルトサ、ルトサの影の中にはお宝がたくさん眠っているのです。危険物もかなりありますが、それを差し引いても取り出さないなんて選択肢は存在しないのです」
「そうなんだ……」
「サトルさん、あなたの影の中には、私たちが異世界を旅して手に入れた多くの素材やアイテム、それに武具も収まっています。ヒカリさんの剣も含めて」
聖騎士であるヒカリが武器を持っていないのは、そういった理由があったのか。
「こっちに戻ってきた時、サトッチの影の中はリセットされたって思い込んでたから、入れてた道具はあきらめてたけど、取り出せるなら取り出したい、あたしたちの大事な思い出の品も入っているから」
「わかった、もう弱音は吐かない、頑張るしかないな、それで俺は何をすればいい」
「一つ一つ、必要な物から取り出していく、一気に出そうとはするなよ、優先順位を付けて丁寧に頼む。まずはヒカリの剣からやろう」
「剣だな、やってみる」
俺は集中して自分の意識を影の中に沈めていき剣を探した。
「十本、いや二十、四十、百、あれこの束は全部、剣なのか、嘘だろ二千本以上ありそうなんだけど」
「そこまで入ってたの!?」
おそらく過去の俺の次に俺のスキルを把握していたヒカリまでもが驚いている。
「ルトサ、もしかして無限にアイテムを収納でき、影さえあれば好きな場所に出し入れできるので、ゲー〇・オブ・〇ビロンや千〇桜を再現しようとしたのでは」
ありそうだ。記憶には一切ないが、できるなら試してみたい。俺なら間違いなくそう考えていたはず。
「ゲー〇〇ビロン?」
「オタクの一種の憧れなのです。知らない人は知らなくても生きていけます」
ごめんヒカリ、機会があったら説明するよ。
「ヒカリの剣の特徴を教えてもらえる」
「えっとね、今一番欲しいのは長さは地面から私の胸下くらいのロングソードで緑の石が装飾されているの、強い魔力は宿してるけど、外見はそれほど大きな特徴はないかな」
「一番欲しいのって、俺の影には何本もヒカリの剣が入っているのか」
「二十本近くは預けてたね、剣て折れるから」
「探してみる」
ロングソードだから真っ直ぐな剣だよな、刀のような曲刀を除外して、力を宿した剣、何本かあるけど、色の識別ができない、大きさも比較がないからわかり辛い、とりあえず最近入れたっぽいコレを出してみるか。
一本の剣に出てこいと念じてみた。
すると、影が肥大して俺の体積の十倍以上に膨れ上がる。
「おいおい、剣一本に広がりすぎだろ」
影の中心から一本の巨大な剣が無骨な腕付きで現れ、さらに別の腕や頭部なども這い出してきた。
「悪魔王城の城門を守っていたガーゴイル・アシュラか、いきなりなかなかの大物を出してくれるじゃないか」
人の三倍はある体に六本の腕を生やした悪魔の像。その腕にはすべて剣が握られていた。
「えっと、どうしてこんなモノが俺の影の中に」
俺の疑問が解消されるより前に、戦闘が開始されてしまった。
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