第39話『ヒカリの騎士Ⅲ』
レベルアップをしたサトルとヒカリ、これなら佐久間にも対抗できると思われたが、二人が選択したのは逃走であった。
理由はいくつかあったが、一番大きかったのは、強くなった力を人に向ける勇気がこの段階では持てていなかった。例えそれが佐久間のような変質者であっても。
橋が使えなくなったため、王都への帰還は大変な遠回りを強いられた。
その道中、人がめったに踏み入れない森を抜けていると未発見のダンジョンを偶然見つけてしまった。
「逃走を初めて四日目だったの、身体的疲労は私が初級の回復魔法を使えたから大丈夫だったんだけど、精神的な疲労がすごくてね。ダンジョンに入ってしまえば佐久間の追跡を振り切れて、レベルも上がるから一石二鳥だって、何の準備もなくダンジョンアタックしちゃったの」
「どうして、そんな選択になったんだ」
「多分、疲れで考えるのも嫌になっていたのかも」
「意味がわからない」
「だよね、自分でもそう思うもん、でも最初にダンジョンに入ろうって言ったのサトルくんだったんだよ」
「ご迷惑をおかけしました」
「私もすぐに賛同したから同罪だけどね」
体は元気だけど精神が疲労困憊、こちらの世界ではなかなかない状態だが、回復魔法のある異世界ではまれにある症状の一つらしい。
未発見のダンジョンは悪魔系の魔物が蔓延るダンジョンであった。魔法を使う個体が多く、苦戦はしたが、影と光のスキルが相性抜群で、予想もしていなかった相乗効果を生み、ダンジョンをどんどん走破していく。
「私の光魔法も悪魔系には弱点が突けたのも大きかったね」
「初心者用のダンジョンじゃないんだよな、食料とか寝床はどうしてたんだ」
「寝るところは交代で、サトルくんが紳士だって信じてたから」
(つまり一緒の場所で、交代で寝起きしていたのか、ヒカリの様子だと俺は全く手を出さなかった。よく耐えたと褒めるべきか、ただのヘタレと貶すべきか、いいや、ここはヒカリの信頼に答えた過去の自分を褒めておこう)
「どうしたの」
「何でもないです」
「食べ物は、飲み込んで死ななければ大丈夫の精神だった、正常な今は頼まれても食したいとは思わないけど」
「いったい何を食べたんだ」
「ノーコメントで、そこは自力で思い出して」
「思い出したくないと思ったのは初めてだ」
とにかくおかしなテンションでダンジョンアタックしてしまった二人は、ジョブと相性の良いダンジョンで快進撃を続ける。レベルアップを続け、強化された体の使い方も習得していった。
「私は剣技と光魔法の熟練度が上がって、サトルくんも使える影スキルが増えたんだよ」
「どんな影スキルだったの」
「いくつかあったけど、重宝したのが『影抜け』と『影隠し』だね。影抜けは壁なんかを影さえあれば通り抜けできるようになって、影隠しは影の中にアイテムとか食料を収納できる超便利スキル」
「確かに、直接の戦闘には役に立たないけど、二つとも、ものすごく良いスキルだ」
この二つのスキルのおかげで、魔物がはびこるモンスターハウスに閉じ込められても脱出できたし、ダンジョンで手に入れた素材や道具は全て影の中に収納できた。
「私が前衛でサトルくんが後衛、光源魔法で好きな所に影を作れたからね、サトルくんが無双状態だったよ」
「無双は言いすぎじゃないか、ヒカリがいたから活躍できただけだろ、ヒカリの俺への評価が高すぎる」
「そんなことない、サトルくんの自己評価が低すぎるの」
壁が障害にならなくなったダンジョンは攻略スピードが上がり初心者ダンジョンの十倍、地下三十階までたった一週間で到達した。
その頃にはレベルアップの恩恵で精神も回復、宝箱も漁りまくり武具防具までも充実させていた。
「ダンジョン攻略って、そんなにイージーでいいの」
「必要ない話は省いているから簡単に聞こえるけど、それなりに苦労だって沢山したんだよ、サトルくんの知識で食べられる魔物や水を確保できてなかったら、間違いなくダンジョン内で死んでた」
「俺の知識?」
「そう、サトルくんの知識はすごかったんだよ、食べられる魔物の見分けができて、ダンジョン内で水も簡単に発見してたんだから」
「マジですか?」
※種明かしをしよう。当時のサトルはそんな知識は持っていなかった。ライトノベルや漫画で食べられていた魔物を一か八かで食しただけ、運よく食べられ消化もできただけである。水は単純に影スキルで探知でき、知識により発見したわけではない。この事実をサトルは誰にも言わなかったため記憶を無くした今、知る者は一人もいない。
「やっぱりヒカリの俺への評価が高すぎる」
「そんなことない、サトルくんはこのダンジョンで
黒刀、黒い刃を持つ日本刀のような剣。
ヒカリも貴重な剣を手に入れて、二人は並んで戦い、ダンジョンボスを撃破した。
「ボスを撃破した時、サトルくんと自然と目が合ってからのハイタッチ、思い返せばこの瞬間だったかも、私とサトルくんがパートナーになったの」
「パ、パートナーですか!?」
「うん、スキルの相性が良かったのもあるけど、自然と呼吸があってね、この後の戦いはだいたいコンビを組んでたんだよ私たち」
「ああ、戦いのパートナーね、そういう意味か」
ガッカリしたような、安堵のような表情をするサトルにヒカリがからかうような笑みを浮かべて尋ねた。
「もしかして別のパートナーだと思った?」
「そんなことありません、わかっていたよ、戦いのためのパートナーだって」
慌てて否定するサトルの顔は真っ赤であった。
「そういうことにしといてあげるね、話を戻すと、ダンジョンボスを二人で倒して、またレベルアップだけど、今度は私のジョブの騎士が聖騎士にランクアップまでしたんだ」
騎士と聖騎士の違い、ステータスが大幅アップに加え、剣技に属性を重ねられるようになったこと。今までは魔力を込めるだけだったが、聖属性や他の魔法属性も斬撃に乗せることができるようになり、悪魔相手にはさらに相性が良くなった。
そして、聖騎士になりわかったことがある。それは佐久間がヒカリに追跡の呪いを掛けていたことである。この呪いがある限り、どこに逃げても見つかってしまう。佐久間が今まで姿を見せなかったのは、逃げ疲れて動けなくなるのを待っていたからだ。
まさか、疲れた状態でダンジョンアタックをするなど佐久間も予想していなかった。ヒカリは聖騎士の力で呪いを逆に辿り、佐久間の位置を割り出す。
佐久間はダンジョンの出口で待ち構えていた。
「罠を仕掛けていそう」
「ええ、思いっきり仕掛けてくれてたよ」
「どんな」
「ダンジョンの魔物の死骸を呪いでアンデットにして軍勢を作っていたの」
ダンジョンの奥へと行ったヒカリを追いかけず、低層で魔物を狩りその死骸を自分の配下に作り変えていた。佐久間の位置しか把握できていなかったサトルとヒカリは佐久間に奇襲をかけるため帰還の魔法陣で出入り口まで戻ってきたのだが、アンデット軍団に囲まれた。
勝ち誇る佐久間。
だが、佐久間が期待した蹂躙劇にはならなかった。
悪魔ダンジョンを制覇した二人のレベルはアンデットの軍団と互角に戦えたのだ。
サトルが影スキルで動きを封じ、ヒカリの聖属性の剣技がアンデットを屠っていく、また少ない撃ち漏らしが出ても、サトルの黒刀が斬り飛ばす。
現状は互角であるが、アンデットの軍団は次第に数を減らし、形勢有利になるのは時間の問題。これは勝てると確信したヒカリが一気に大技を使い軍勢をなぎ倒す。
残りは佐久間一人、これで決着とヒカリはわずかに油断をしてしまった。佐久間の呪いなど聖騎士にランクアップしたので通用しないと過信してしまった。その油断、その過信が佐久間の最後の呪い発動を許してしまった。
佐久間はアンデットの死骸をコストに使い、これまでにない強力な呪いを発動させたのだ。
操り人形の呪い、呪いを掛けた対象を意のままに操る呪い。
ヒカリとサトルは体の自由が奪われる。
形成は逆転された。
あろうことか、佐久間はヒカリに――。
「どんな命令を出したんだ」
「えっと、その、エッチなことを命令されたの」
「あ、え、その、大丈夫だったのか」
「ダメだったらここにはいないよ」
「そ、そうだよな、あ、何か記憶の断片が浮かんできた、そうだ、あの時は二人で呪いを掛けられて、佐久間がヒカリに――」
「そこは詳しく思い出さなくていいから!!」
佐久間がヒカリにいやらしい命令をして、サトルがブチ切れた。動かない手足に影縄を結び付け、影を操作して強引に体を動かし操り人形の呪いに抵抗した。
まさか動けるとは思っていなかったサトルに殴り飛ばされる佐久間。そしてサトルはヒカリに命令をした。
「俺の騎士なら、こんな呪いに負けるんじゃない!!」
主従契約による絶対命令権が発動。
呪いにより拘束されていたヒカリの体が、呪いよりも絶対命令の方が優先だと、体の支配を奪い返し、佐久間へ一撃を入れる。サトルとヒカリの勝利が確定した。
「でも、この時は佐久間を逃がしてしまったんだよな」
形勢が不利と悟った佐久間は、氾濫している川へ自ら飛び込み姿を消した。
「この前に言っていたヒカリが俺の騎士って、異世界にいた頃に結んでいた主従契約を指していたのか、一時的とは言え良く俺なんかと主従契約を結んだよな」
「え、あの時から一度も契約は解除してないよ、まだ主従契約は継続中、私はサトルくんの騎士のままなの」
「ウソ、マジで」
「うん、マジで」
真顔で頷くヒカリ。
「試しに命令してみれば、私はどんな命令にも逆らえないから」
「な、なななーーー!!」
「でも、私にとっては君が騎士様なんだよ、あの時からずっと」
最後のヒカリのつぶやきは、パニックになったサトルの耳には聞こえていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます