第38話『ヒカリの騎士Ⅱ』

「どうしたのサトルくん、頭を抱えて」

「過去の自分の言葉がとても恥ずかしく、穴を掘って埋まりたい」

「ねえねえサトルくん」

「なんでしょうヒカリさん」

「あの時のサトルくん、けっこうカッコよかったよ」

「うがー、やめてくれ、俺は強くなる方法を探したいんだ、強くなる前にメンタルがすり減ってしまう」

「あはは、からかってゴメン、話の続きをするね」


 佐久間から逃れボス部屋から出たサトルは影縄でボス部屋の扉を雁字搦めにして佐久間を閉じ込めた。その後はヒカリを背負ったままダンジョンを駆け上がる。


「魔物とは遭遇しなかったのか」

「もちろんしたよ、でもね、一度も戦いにならなかったんだ」


 サトルは持ってきた干し肉などを影縄で吊るして魔物を罠に誘導して倒していった。動かしているのは影だけ、サトルの腕は背負ったヒカリをずっと支えていた。

 戦闘をしなくても人一人担いでダンジョンを駆け上がれば疲労はする。それでもサトルは限界を超えヒカリを地上まで運びきった。


 これで助かると思ったサトルとヒカリだが、困難は終わっていなかった。

 寝泊りをしていたベースキャンプはもぬけの殻、兵士だけでは無くサトルのパーティーもヒカリのパーティーも誰も残っていなかった。


「乗ってきた馬車まで無くなってたから、この場所から移動したんだってすぐにわかったんだけどね」

「佐久間の襲撃を恐れて逃げたのか」

「それは違うよ、もっと恐ろしいことが近づいていたの、撤収するときにミノリが事情を書いたノートを残していってくれて、それでわかったんだ」


 ミノリのノートには残して行くことへの謝罪、その原因が川の氾濫であり、この辺りも水没する危険があるから撤退すると書かれていた。そうとう急いでいたらしくミノリの字は何とか読める殴り書き。


「川の氾濫?」

「そう、王都からダンジョンまでの間にあった大きな川、それが氾濫すると連絡があったみたいなの」

「どうして氾濫すると、前日に大雨でも降っていたのか」

「それだったら自然災害、巻き込まれるのはいやだけど、誰かに怒りを覚えることはなかったね」

「人災だったのか」

「そう、後から聞いた話だけどね、川の上流に湖があって、自然のダムみたいな地形になっていたんだって」


 その場所で、とあるパーティーが大規模戦闘ではなく、下位の魔物相手に周囲の地形を変えるほどのオーバーキルのスキルを放ち、自然のダムに大きな損傷を与えた。

 いつ崩壊してもおかしくない、川周辺で活動していた兵士や冒険者に魔法による通信が入り。いまならまだ間に合うからと、橋を渡って戻ると決断したベースキャンプの責任者はサトルとヒカリを見捨て撤退した。


「ちょっと待ってくれ、その災害級の迷惑を生み出すヤツに一人心当りがあるんだけど」

「これも後から聞いた話だけど、自然のダムを壊したのは勇者様だよ」

「やっぱりかー、ちなみに戦っていた魔物って」

「ガマンティス、大きなカマキリに似た魔物で、グレイウルフよりも弱い」


 勇者曰く、外見が気持ち悪かったからつい全力を出してしまったらしい。

 クワを持った農民が勝てる相手に必殺技を放ちダムを壊す。たまったものではない。この人災で下流にあった三つの村が押し流されている。しかし、兵士が聞き取り、文官が清書し、役所が確認をして、貴族の手を経由して上げられた報告書は、勇者が悪魔王軍の大幹部カマキリ魔人と戦い勝利したと書かれていた。

 よって自然のダムを壊したことも三つの村を壊滅させたことも必要な犠牲だったと処理された。


「なぜ勇者は裁かれない」

「勇者スキルに権力者やお金持ちに好かれるスキル『先導者』があって、目の前で犯罪でもしない限り、勇者に都合がいいように解釈されがちになるの」

「それって呪いなんじゃ」

「強い意志を持っていると抵抗できるから、呪いと思って間違いないと思う」

「だからケンジたちがあそこまで警戒しているのか。もしかしたら、似たような人災が日本でも起きるかも」

「力の大半を失っているから災害までは起こせないと思うけど、ケンジくんたちの対策に期待だね」


 深いため息を付く二人。

 話が脱線したので修正、ヒカリは無人のベースキャンプにて、それからどうしたかを語り出す。


 ミノリのおかげで、川が氾濫することがわかり次の行動をどうすべきかと悩む、橋が健在ならば橋を渡り王都への道を進む、あるいは水を避けるために高い所へ登るか。


 サトルは悩んでいる暇はないと、一か八か橋を目指した。

 理由は、こちら側に残り高所へ避難しても佐久間がやってくる可能性があったからだ。悔しいが戦闘力ではサトルは佐久間に適わない。その戦闘分析は正確だった。

 橋はまだ無事であったが、渡る前に佐久間に追いつかれてしまう。


 ヒカリを守るためサトルは佐久間に挑んだが、力の差がありすぎた。叩きのめされ両手両足が動かなくなる呪いを掛けられた。

 再び佐久間に掴まったヒカリは主従契約を結べと迫られる。


「主従契約?」

「私の最初のジョブは騎士で、騎士のジョブって仕える主を定めると能力がアップする特性があったんだ、代償として主の命令には逆らえなくなるけど」

「それで、どうなったんだ」

「お望み通りに主従契約を結んだよ、サトルくんと」

「俺と!?」


 佐久間はサトルを人質に主従契約をしろと迫り、ヒカリは了承して契約を結ぶ、ただその対象が佐久間ではなくサトルであった。

 主従契約を結んだことでパワーアップできたヒカリは、副次効果として足の呪いも解除でき、今度はヒカリがサトルを抱えて逃げ出した。橋を渡ると見せ掛けてダンジョンへと引き返し、佐久間の追跡を巻くことに成功。


「ダンジョンに引き返そうって考えたのはサトルくんだったんだ」

「引き返した理由は、もしかして」

「流石はサトルくん、気が付いた、レベルアップのためだよ」


 ヒカリがパワーアップしてもダンジョンボスを二回も単独撃破した佐久間にはかなわない。そこでサトルは奇抜なレベルアップ方法を考えた。

 記憶が無くても同一人物、サトルは異世界でサトルが考えたレベルアップ方法の予測ができた。

 ダンジョンまで引き返した二人は、ダンジョン内には入らず周辺の木を切り倒し始めた。


「剣は佐久間に奪われたままだったから、魔力を手に集めて剣にする手刀剣をサトルくんが教えてくれて」

「切り倒した木々を、俺の影縄で運んだのか、そしてダンジョンの入り口周辺に積み上げる」

「正解。サトルくんは一つの仮説を立てたんだ。ダンジョン内で壁を壊して崩れた瓦礫で倒した魔物からも経験値が貰えたから、水の流れを利用して倒しても経験値になるんじゃないかって」

「俺が考えそうなことだけど、その理屈、話を整理して冷静に考えるとダムを壊した勇者に経験値が全部行きそうだよな」

「ケンジくんが仲間になってから、仕組みを考察してくれたけど、明確な攻撃の意思を持ち、魔力をそのために使用した場合に限り攻撃魔法の延長として世界に認識されんじゃないかって」

「つまりカマキリの魔物を倒すために放った必殺技だと、それから副次的に別の魔物を倒しても経験値にはならない」

「もうちょっと、複雑な法則があるみたいだけどね、技に直接巻きこまれた別の魔物は経験値になるし、詳しくはケンジくんに聞いたほうが細かく教えてくれるよ」

「それは、聞く機会があれば聞いておくよ、機会がなければきかないけどね、それよりも話の続きをお願いします」

「了解」


 周辺の木々を刈り尽くす勢いでかき集め、隙間なく積み上げた丸太柵で川からダンジョンまでの道を作る。

 ありったけの魔力で柵の補強をして、二人は周囲の高所へと避難した。

 それからすぐのことであった。地響きをともない川から溢れ出た水がダンジョン周辺へとやってくる。水は丸太柵にぶつかりダンジョン内へと一気に流れ込んでいった。


 丸太柵は水の衝撃に耐えきれず押し流されてしまったが、ダンジョン内へと水を流し込むことには成功、サトルの仮説は正しかった。魔力で補強した柵で水の流れを仕向けた事がサトルとヒカリの攻撃となり、水に押し流され倒した魔物の経験値が二人の体に流れ込んでくる。


 水の勢いは止まらず、完全に入り口が水没したので、ダンジョン内の魔物は全滅しただろう。

 下位の初心者用ダンジョンだとしても、フロア三階分すべての魔物討伐、大量の経験値を獲得して二人のレベルが一気に跳ね上がった。

 このレベルアップにより、サトルに掛けられていた呪いも解除される。


「魔物を倒してレベルアップか」

「言い辛いけど、こっちの世界だと同じ方法は使えない、そもそもダンジョンが無いから」


 これまで遭遇したグレイウルフや憑依ゴーレムは次元の裂け目からやってきたと思われ、絶対数が異世界に比べて圧倒的に少ない。


「でも、絶対にレベルアップができないわけじゃないよ、組手とか試合でも経験値は入るし、サトルくんが望むなら、いつでもつき合うから、一緒に頑張っていこう」

「ありがとうヒカリ、頑張ってみるよ」

「どういたしまして」

「聞きたい話は聞けたんだけど、佐久間の件が気になるから、最後まで聞かせてくれるかな」

「もちろん、いいよ」


 ヒカリの語りはまだ続く。

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