第36話『壊せない戦い』

 車両専用エレベーターから現れたのは、クラシックな感じがする水色のオープンカーだった。


「俺を乗せろ」


 暴走族リーダーが誰も乗っていないクラシックカーに命令を出した。

 するとエンジンが勝手にかかり動き出し、リーダーの前で停車すると自動でドアが開いた。


「あいつらを轢き殺せ」


 ハンドルに手も置てないのに、また勝手に走り出す。


「古い車なのに音声認識が付いてるの⁉」

「違いますサトルさん、あの車が魔物です」


 なんだって、探ってみたら確かに魔力を感じた。だから勝手に動くのか、あの車の魔物、リーダーに指示を受けて角森に突っ込んでいく、角森の奴、力を使い果たし動けてない。


「あぶなーいっと」


 天井付近から落下してきたサリが角森の襟を掴み回収、車の魔物の突進から救った。


 逃げられた悔しさをエンジン音で表したいのか、破裂するような音を連続させ、サリと抱えられた角森を狙う。

 人が動くには広い工場跡も、車が動き回るには狭い、良く壁にぶつかることなく二人を追いかけるな。


「逃げてるんじゃねェ!!」

「それじゃ、軽めのキック」


 ふわりと浮かび上がったサリがオープンカーなのでむき出しになっているリーダーの顔面、それも角森に殴られた場所を正確に蹴った。


「うががー」


 そうとう痛かったらしく、うずくまり車の動きも停まった。

 軽くジャンプした感じで天上付近まで飛び上がるサリ、風魔法を使っているようで、空中を横移動して俺の隣に着地して角森を下ろした。

 立つ力も残っていない角森はその場に座り込む。両肩で息をしており、ゴールした直後に倒れるマラソン選手のような姿になっている。


「完全に魔力切れですね、いくつかの打撲もあります。角森さんはここで戦線離脱ですね」


 ヨシカが回復魔法をかけて軽く診断、結果は予想通り魔力の枯渇であった。


「そんな、ボクはまだ――」

「リーダーに一撃入れたので、ひとまず引いてください。この後証拠付きで警察に引き渡しますので」


 まだ戦いたいと訴える角森をヨシカが説得して強引に戦いからリタイアさせた。


「あとは、あの車を壊せば解決かな」


 サリのやる気に反応して右足が燃え上がる。あ、得意のファイヤーボールシュートを撃つつもりなんだとわかった。


「待ってくれ、あれは父の車なんだ、壊さないでくれ」

「っと、それじゃ破壊はできないか」


 あぶない、あと一拍制止が遅れていたら、あの車の魔物はスクラップになっていたぞ。


「どうしよう」

「とりあえず動きを止めます」


 角森を捕獲した時と同じ方法でヨシカが車の魔物を捕まえた。つまりは防御結界の檻である。車にピッタリサイズで展開された防御結界の中では前進もバックもできない。


「バカな、なんだこの光の壁は、俺の愛車が閉じ込められてる」


 リーダーがだみ声でうるさくわめき散らしているが、誰も気にしない。


「あとで警察に突き出すんでおとなしくしていてください」

「君たちはどうして、あんな怪奇現象を前にして落ち着いていられるんだ」


 後方待機を言い渡された角森が驚愕して尋ねてくる。

 まだまだ数の少ない記憶の断片の中でも、あれよりも強そうな魔物と何度か戦っているからな、恐怖が一切わいてこない。どうして落ち着いているのか、一言で表すなら。


「慣れだな」

「慣れって、そんなあっさり、慣れるものなのか」

「暴走族全員の拘束が終わったよ、残るはあの魔物だけだね。倒すだけなら簡単なんだけど、車を壊さないように倒すのは、すごい難しそうだね」


 最奥の出入口を塞いでいたヒカリも戻ってきて全員集合、リーダー以外の暴走族は拘束が終了していた。


「そもそもなんで盗まれた車が魔物になっているんだ」

「憑依ゴーレムですね、制作から長い年月を経た銅像などに憑依する魔物です。今回は車ですけど」


 ヨシカの説明によると憑依ゴーレムとはゴースト系の魔物で、大事にされている物に好んで憑依するらしい、ある国が先王の銅像に憑依されて、攻撃できず多大な被害を出したらしい。


「ヨシカの浄化の術はダメなんだっけ」

「融合する前なら問題ありませんが、今使ってしまいますと、その、車ごと浄化してしまいそうです」


 ヒカリの確認をヨシカが申し訳なさそうに否定する。

 ゴースト系には効果抜群の浄化の術は、憑依ゴーレムに使用すると憑依された物も一緒に浄化されてしまうとのこと、骸骨戦士スケルトンを浄化すると骨まで残さずキレイな灰にしてしまうのと一緒か。

 それではサリの火炎球魔法で灰にするのと変わらない。


「ゴーストの対処方法がダメなら、ゴーレムの対処方法はどうだ、核を潰すとか」


 これは記憶の断片の情報ではなくゲームや漫画などでよくあるゴーレムの倒し方、他には文字を削るとかもあったけど、憑依するタイプなら文字を削るはおそらくない。


「できるかもしれませんが、それには核の位置を正確に割り出し、核だけを攻撃する精密で小さい攻撃手段が必要になります」

「俺ならできるか」

「今のサトルさんのレベルでは、かなりの負担になってしまいますが」

「可能性があるならやってみたい」


 俺には弱点看破と影針がある。まるでこんな時のために用意されているようなスキル。だが相手とのレベル差があると弱点看破の制度は下がる。それに影針はピンポイントの攻撃はできるが狙いが難しく威力も弱い。


「わかりました、わたくしは全力でサポートさせていただきます」

「私も当然サポートするよ」

「サトッチ、前みたいに指示よろしくね」


 前みたいな指示か、覚えていないけど、三人に頼みたいことはある。昔の俺はどうやって指示していたのかな、俺を信じて疑わない三人娘。ここで遠慮する方が失礼だよな。


「全力でやる。サポートよろしく」

「「「任せて」」」


 三人の気持ちのいい返事を受け闘志を奮い立たせる。


「スキル弱点看破」


 魔力を左目に集中させ視界内の敵の弱点を探すスキル、相手が素早く動き回っていると使用が難しくなるが、動きを封じられているので視界内に留めるのは簡単、問題は相手とのレベル差だ、差があればあるほど魔力の消費が激しく左目の奥が痛み出す。


 ヨシカにヒカリ、サリも俺のスキルのことは熟知している。憑依ゴーレムを倒すには相性抜群のスキルがあると当然知っていたのに、なのに誰も言い出さなかった。俺のレベルが低いから、今日だけで何度同じことを考えたか。


 少しでいい、みんなの役に立てる力が欲しい。


 グレイウルフを見た時よりも激しい痛みが左目を襲う。でも我慢できる程度だ。


「見えた、憑依ゴーレムの核はエンジンの真上にある。ヨシカ、俺をブーストして結界を解除、ヒカリとサリはヤツの動きを俺の正面で止めてくれ」

「「「了解」」」


 俺の指示に三人が動いた。


「『威力上昇アタックブースト』『命中率上昇クリティカルアップ』『恐怖耐性アンチフィアー』『防御力上昇ガードアップ』」


 影針の威力不足を補うためにアシストをしてくれるヨシカ、最後の防御力上昇は直接は関係ないけどヨシカの気遣いだろう。


「結界を解除します」

「テメェら、オレをコケにしやがって絶対に轢き殺してやる」


 俺の前に立つヒカリとサリ、車の魔物はそんな二人目掛け突っ込んでくる。つまり俺も車の直進の延長線上にいる。だけどヨシカの恐怖耐性のおかげか、冷静に観察できた。


 迫る魔物、ぶつかる寸前に二人が左右に分かれて回避、背後に回り込んで素手で車を掴んだ。


「な、ありえないだろ!!」


 うん、リーダーの驚愕が良く分かる。

 走る車を素手で止める美少女二人、動画でアップしたら作りが下手すぎると叩かれそうな光景だ。二人の体から溢れる俺の数倍以上ある魔力を感じられない者は信じられないだろう。


「サトルくん、今だよ」


 わかってるよヒカリ、俺は自分の仕事に全力を注ぐ。

 弱点がはっきり見えている。当ってくれ!


「影針」


 一本に収束した影の針を核に目掛けて飛ばす。

 ボンネットに一ミリ以下の穴をあけて正確に核だけを突き刺した。


「どうだ」


 エンジンが止まり工場内が静寂になる。


「――魔力反応が無くなりました。成功です。流石サトルさんです」

「成功したか」


 俺は腹の中の空気をすべて吐き出した。


「お疲れさまサトルくん、カッコよかった」

「サトッチならできるって信じてたよ」


 サムズアップで俺を労ってくれるサリのもう片方の腕にはリーダーの男が掴まれていた。


「なんだあれ、なんだあれ、ありえないだろ、なんだあれ……」


 突進を止められたことが、かなりの衝撃だったらしく、思考がパニックしてる。


「もう一発くらい殴っておくか」


 念の為に角森に確認するが、すでに腕が上がらないと細身の角森が首を振った。

 その後は、レンサクの自信作、催眠スプレーで俺たちの襲撃を夢だと思い込ませた暴走族たちを証拠とセットで警察にプレゼント。


 警察署の前で認識阻害の札を剥がしたので、少し騒ぎになったかもしれないが、事件は解決するので見逃して欲しい。

 さらにサプライズ、入院している角森の妹ミカもこっそりとヨシカが重症の部分だけを回復させた、後は現代の治療を続ければ健康な体を取戻し、意識も回復するはずだ。


「ありがとう、犯人は捕まったし、盗まれた車も戻ってくる。これでミカも少しは慰められる」


 体を直したことは秘密にしているので、後で驚いてもらいましょう。


「それで、選択の件なんだけど、魔法に関する記憶の消去でお願いできないか、家族を残したまま異世界には行けない、君達の仲間になるのもボクでは力不足だ」

「おっと、早合点するな、事情を話せば選択肢が増えるって言っただろ、ここでさらに別の選択肢を提示する。それは約束だ、俺たちのことを誰にも話さない、一般の人に対してはもうスキルを使わないって約束してくれたら、それだけでいいぞ。コントラクトは使わせてもらうけど」

「コントラクト?」

「これだ」


 俺は一枚の羊皮紙を取り出した。

 これは契約の魔法が込められたスクロール、これを使い約束したことは契約が解除されるまで絶対に敗れない。スクロールは貴重でこの世界では製作ができないので、できれば使わないでくれとレンサクに懇願されていたけど、一緒に戦った戦友なんだ、記憶を消したくはないという俺のわがままを通させてもらう。


 やっぱり記憶の無くすのは悲しい。

 俺の判断に、ヒカリたちも賛成してくれた。


「わかった、ボクの力程度が必要になるとは思わないけど、何かあったら遠慮なく呼んでくれ、君たちのためなら、必ず駆け付けるから」

「その時はよろしくな」


 差し出された細い腕を握り返した。

 憑依ゴーレムが、どうして暴走族のリーダーと一緒に行動していたとか、あの車はいつから魔物になっていたのかとか、いくつかの疑問が残ったけど、まあ、一応の事件解決、残る問題は、勇実と外園か。

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