第35話『異能を残す者【格闘家】Ⅳ』

 隔離結界の範囲は最大で半径五十メートル、元自動車修理工場を全て結界内に入れるには、工場の中心付近に刺さなければならない。


「それなら、あたしに任せて、ちょっと潜入して杭を設置してくる」


 自信満々に名乗りでたのでサリに任せてみたら。

 堂々と正面からいって、見張りに攫われるように中へ連れていかれた。

 どこが潜入なんだ。


「これで成功なのかな」

「どうだろう」


 不安に襲われたが、元工場を全て覆う隔離結界がすぐに展開された。


「成功したみたいですね、真っすぐ垂直に結界の杭が刺されています」


 もしも他に連れ込まれた人がいた場合、その人の方角に向けて斜めに杭を刺すと決めていた。斜めに刺せば、結界も少しだけ傾くので、その方角に人質にされる可能性のある人物がいるとわかる。

 今回は幸いにして捕まっている人はゼロ。


「ヒカリ、思いっきりやっていいぞ」

「了解、任せて」


 聖騎士であるヒカリが一番得意としているのが剣技である。手刀を光らせそこから輝く刃を伸ばして光の剣を作り出す。記憶の中でのヒカリは普通に実体のある剣を使っていた。だがここは日本であり異世界と違って真剣を持ち歩くわけにはいかない。


 今のヒカリの魔力なら数時間使っても疲れないらしいが、効率は悪い、少しでもヒカリの負担を減らすためにサポートを頑張ろう。

 シャッターが倒れ、角森を先頭に中へと踏み込む。


「いい女がいるぞ、ラッキー!」

「早く捕まえろ!!」


 顔に欲望を張り付け暴走族たちが襲ってくる。

 目の前でシャッターを切り倒したことはスルーですか、あなたたちが襲いかかろうとしている人物が切り倒したんですよ。


「早い者勝ちだからな!」

「幹部の俺が最初に決まってるだろ!」


 幹部と名乗る者に対して下っ端がなれなれしい。上下関係のゆるい集団だな。

 角森の全身から魔力が怒りと共にあふれ出し突撃した。


「ウォォォォーーーー!!」


 続いてヒカリとサリも動いた。

 ここからは戦いに集中しよう。魔力を持った相手がいる可能性が高いのだから。

 気配を探れ、暴走族は全部で何人だ三十人近くいるのか、正確な数はいくつだ、直接の戦闘能力が低いんだからサポートぐらいはバッチリやらないと。


 28、27、25、21、あれ、気配を探っている間に暴走族の気配がどんどんと減っていっているんだけど。


「トルネード回転蹴り!!」


 風の魔法を纏ったサリが高速で回転しながら男たちを三人まとめて蹴り飛ばす。


「ここは通行止め、通りたかったら私を倒してみて」


 工場最奥にある出入口、そこから逃げ出そうとした暴走族たちよりも早く回り込んだヒカリは近づく者から刃を消した手刀で意識を刈り取っていく。まあ出入口から逃げられても、隔離結界からは出られないけど、バラバラに逃げられては面倒だ。

 そして、どうして暴走族たちが後ろの扉から逃げ出そうとしたのか、その原因が、工場の中央で暴れている。


「貴様の声には聞き覚えがある。ミカを轢いたときに現場にいたな!」


 角森は残っていたメッセージの声全てを記憶しており、同じ声の人物、つまり妹を悲惨な目に合わせた奴を見つけては全力で殴りつけている。

 一応は急所を外しているが、手足がありえない角度で曲がったりしている。

 暴走族たちにとっての地獄絵図。

 俺はサポートの手段を変更した。


「ヨシカ、もう一人も頼む」

「わかりました。こちらにお願いします」


 急所を外されても、ちょっとヤバそうな奴から影縄を飛ばしてこちらまで引きずり寄せ死なない程度にヨシカに治療をしてもらっている。

 変更したサポート内容、殺人だけはやらせないための救護活動。

 治療が終わったら、影縄で拘束してその辺へ転がす。この繰り返し。


「魔力を持っている奴は」

「どうやら、魔力を持っている人物はいないようです。代わりに魔物の気配がします。注意してください」


 魔物の気配、俺はまだ感じ取れないけど。

 すでに三分の二の暴走族を倒しているのに姿がない、いったいどこにいる。

 角森に殴られた一人が元は事務所だったであろう部屋のドアを突き破り中へ転がっていった。


「あれはちょっと、まずそうな飛び方をしたな」

「そうですね、行きましょうサトルさん」


 姿が見えなくなったので影縄で手繰り寄せられない、俺とヨシカは事務所の中へと入った。飛ばされた男はすぐに発見できたが、その部屋の様子に愕然とさせられた。

 壁や天井など、いたるところに交通事故被害者と思われる写真が余すところなく張られていたのだ。


「ひどい」


 口に出さずにはいられなかった。

 理解不能だ、なんだこの写真は、事故被害者、それも若い女性ばかりの写真。


「この中に角森の妹も含まれているのか」


 ここは角森には見せてはいけない。


「ヨシカ、この部屋は封印だ、どこも壊すな、そして誰も入れないように!」

「わかりました」


 全て燃やし尽くしてやりたいが、これは警察に渡さなければいけない。


「貴様ら、オレの部屋で何してやがる!!」


 どうやらこの工場には地下もあったようで、荷物の裏に隠されていた階段からだみ声の男が上がってきた。


「リーダー、襲撃者だ、最近下っ端どもを倒しまわっているのも、きっとこいつらだぜ!」


 まだ生き残っている幹部らしき男が俺たちのことを伝える。


「おいおい、ここまで攻めてきたのかよ威勢がいいな、女連れで暴走族のアジトに攻めて来るとか正気か、テメェら、さっさと捕まえて道路に寝かせろ、俺の愛車の染みにしてやるからよ」


 このだみ声男がリーダーのようだ。地下にいたのでヒカリたちの強さを知らない様子。


「先週、中学生の女の子を轢いたのはお前か」

「先週だったかな、確かに小さめの女を撥ねたな、あれは良い飛びっぷりだったぜ、今そのときの写真の現像が終わった所なんだ」


 A4サイズに引き伸ばされた写真を自慢するようにわざわざ見せ付けてくる。表現が思いつかないほどの凄惨な写真であった。このリーダーはスマホやデジカメを使わず。わざわざフィルムカメラを使って撮影したらしい。地下が現像室になっているのか。


「ヨシカ」

「はい」


 俺は影縄で写真を奪い取ると、ヨシカに頼み事務所の封印を一度解いてもらい、その中へ写真を放り込んで、再び封印してもらった。


「俺のコレクションを!」


 リーダーは慌てて事務所へ入ろうと、俺たちを無視してドアノブに手を欠けるが一切動くことはなかった。


「開かねぇ、何をしやがった!」

「さぁ、でももうお前はその部屋に入ることはできないぞ」

「ふざけるな、ぶっ殺されたくなかったら、この部屋を開けやがれ」

「お前がぶっ殺されないといいな」

「なんだこれ、ロープかいつの間に⁉」


 角森との闘いでは役に立たなかった影縄が大活躍、リーダーを縛り付け、角森の前へと放り投げた。


「角森、そいつだ、そいつがお前の妹を轢いた犯人だ」

「ありがとう夷塚くん、このお礼は後日するよ」


 構えを取る角森、リーダーは影縄から解放して立ち上がらせる。これは角森の戦いだ、頼まれるまでは手を出さない。


「妹を轢いただ、お前、あの女の兄貴なのかよ、復讐の為に体を鍛えてきたってか、なかなかのガタイをしているが、構えを見ればわかるぜ、テメェは素人だろ、これでも俺は本格的な格闘技をやってるんだぜ」


 確かに角森はジョブが格闘家だが元はひょろっとしていて格闘技どころかスポーツもやっていなかった。


「では、全力で行くんで耐えてくださいね経験者さん」


 角森が渾身の拳を繰り出すが、あっさりとリーダーに避けられてしまった。


「ほうほう、すごい威力だけど、狙いが分かりやすくて避けるのは簡単だな」


 目線や仕草で攻撃を予測されたのか。

 避けた勢いを殺さずに回し蹴りを角森の脇腹に放つ、足のつま先が脇腹にめり込み、角森の口からうめき声が漏れた。


「いがいとタフだな、こいつの蹴りを食らって立ってた奴は初めてだぜ」


 余裕のリーダーがつま先で床を叩くと金属がぶつかる音がする。


「あの靴、鉄板を仕込んでるな」


 当たれば一発で決まる角森の攻撃があたらない、反対にリーダーの攻撃は角森の急所を的確に突いていく。


「どうして高速移動を使わないんだ、あれを使えば攻撃も当てられるだろ」

「魔力切れですね、角森さんここに突入してからずっと、筋肉増加、肉体強化、高速移動のスキルを使い続けていましたから」

「マジですか」


 ジョブを得ても戦いは素人なのでペース配分ができなかったのか。


「スキルはもう筋肉増加しか発動していません、あれももうすぐ時間切れになりそうです」


 筋肉増加が切れたらもうただの一般人だ。

 角森の事情を知っているので手を出さないでいるつもりだったけど、仕方がない。俺はこっそりと影縄を使った。誰にもばれないようにこっそりと、リーダーの鉄板入り靴の紐を引っ張ってみた。


「ぐう」


 わずかにバランスを崩すリーダー、こうなれば避けられないだろ。

 角森の真正面からの正拳突き、予測できても避けられない、えらそうにしていたリーダーの顔に拳が突き刺さった。

 渾身の一撃、リーダーを壁まで吹き飛ばす。


「よっし!」


 狙い通り、ちょっとの隙さえあれば当てられた。


「サトルさん、だいぶ影の扱いがうまくなってきましたね」


 誰にもバレないと思っていたのに、ヨシカにはバレバレだった。


「わたくしは何も見ていませんよ」


 まだまだ頑張らないとな。


「やってくれるじゃねぇか」


 たったの一発で格闘技経験者がボロボロになった。これだけ大きな暴走族を束ねるリーダーだけあって頑丈だ、フラフラであるが角森の本気の一発に耐えた。


「テメェら、全員轢き殺してやる。俺の愛車がな」


 リーダーが車両用エレベーターのスイッチを入れた。地下からエレベーターが上がってくる。


「サトルさん、魔物が近づいてきます」

「つまり、あのエレベーターに乗っているってことだな」


 魔物が愛車なのか、ずいぶんとファンタジーな物にのっているじゃないか。

 エレベーターが一階に到着、ゆっくりとドアが開き、ヨシカが察知した魔物が姿を現す。

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