第34話『異能を残す者【格闘家】Ⅲ』

 ヨシカが角森を完全回復させ、サリが土魔法で簡易のイスを作り話を聞く体制に整えた。


「回復してもらったのはありがたいが、逃げるとは考えないのか」

「申し訳ないけど、角森くんの実力だと私たちからは逃げられないよ」

「周辺に潜んでいた魔物もサトッチたちが戦っている間に、全部倒しておいたから」

「なんだって」


 角森が辺りを見回せば、結界の端に山積みになっているグレイウルフを発見して口をあんぐりと開ける。俺も気が付かなかった。


「隔離結界の外だったから、気が付かなくて当然だよ」

「まず、あのグレイウルフを操っている奴の正体から教えてくれるか」

「同じクラスの外園調です」

「やったね、あたしが絞り込んだ三人の中の一人じゃん、ポリス仕込みの推理に間違いは無かった!」

「驚くと思ったけど、こっちが驚かされた、外園を疑っていたのか」

「最有力候補の一人だった、サリの推理でね」


 ポリス仲間の活躍、ここは素直にサリを褒めよう。


「あいつは自分が疑われているなんて、まったく思っていないぞ」


 こっちには異世界の記憶があって、みんなのジョブを把握しているアドバンテージがあるからね。


「はい」


 ヒカリが手を上げて質問をする。


「昨日の戦い、何か切り札を出そうとしていたみたいだけど、どんなのだったの、さっきのサトルくんとの戦いでも使っていなかったけど」

「今日に限っては使わなかったんじゃなくて、使えなかったんだ。ボクの切り札は鎧だ、着るだけで力が何倍にもアップする。外園がどこかで見つけたらしい。俺が求めた時にグレイウルフが運んで来ることになっていた。昨日は到着前にやられて、今日は呼んでも来なかった」

「あれじゃこれないよな」


 もう一度グレイウルフの山を見る。


「サトッチ、でもあたしが倒したグレイウルフの中に鎧なんて持ってる固体はいなかったよ」

「隔離結界に角森を閉じ込めたから、早々に撤退した可能性はあるんじゃないか」

「そうですねサリさんも少しの間、サトルさんの戦いを見守っていましたから、その間に逃げた可能性はありますね」


 グレイウルフやレンズバットを操っている者の正体はジョブ『調教師』の外園調、切り札としてパワーアップする鎧を所持している。

 けっこういい情報がゲットできた。名前が判明したのは大きい。


「外園の話はこんなところかな、対処は後で考えるとしてだ。それじゃそろそろ本題に入ろうか」

「わかった、けど聞いても気持ちのいい話じゃないよ」


 角森はぽつぽつと語り出した。

 切欠は、三年前に他界した父親の形見であるクラシックカーが先月に盗まれたこと。

 角森の三つ年下の妹ミカは父親が大好きで、いつか免許を取ったらクラシックカーに乗るんだと、整備方法まで勉強して手入れをしていた。


 それが盗まれた。

 ミカは必至で探したそうだ。大好きだった父の車を。

 警察に届けを出しても情報は一つも入らず。角森がもうあきらめた方がいいと言ってしまったらしい。ミカは怒り家を飛び出し、車を探し続けた。

 だけど悲劇が続く、車を探していたミカが車に跳ねられた。それが一週間前のこと、今も意識が戻らず病院で寝たきり意識が戻ったとしても下半身不随で日常の生活には戻れないと告げられたらしい。


 そして数日後、角森はスマホにメッセージが届いていたのを見つけた。

 雑音交じりの音声。


『お兄ちゃん見つけた、お父さんの車だ!! 止まって、車を返してッ!!』


 録音されているメッセージには少女の叫びと激しいスキール音、一台や二台じゃない、相当な数の車が暴走している音。


『キャーー!!』


 そして聞こえた少女の悲鳴と何かがぶつかった鈍い音、続けて聞こえたのはスマホが地面に落ちた音だ。

 ミカの声は聞こえなくなり、代わりに幾人かの男の声を拾う。


『おーけっこう派手に飛んだんじゃねぇか、お前ついに人まで殺したな』

『バカ言え、向こうが勝手に飛び出してきたんだろ、きっと自殺志願者だ、つまり俺は彼女の願いを叶えてやった神様ってわけ』

『何が神様だ、それより写真撮ろうぜ、人間ボーリングストライク記念』

『いいね、でも服が邪魔だな、脱がしちまえよ』

『手に血が付くだろ、お前がやれよ』


 その後も跳ねられた少女を救助するでもなく、辱めるような行為を繰り返し、男たちは去っていった。


「ミカが他の人に発見されたのは、この数時間後だ」


 暴走族に跳ねられただろうとは予想していたが、現実は想像以上にヘビー過ぎた。


「警察には」

「父の車が盗まれた時から何度も行った、このメッセージを見つけて、聞かせにも行った、でも雑音しか聞こえないって言われた、いたずらはやめろとまで、警察は捜査する気がないんだ」

「おかしな話だな」

「悔しかった、何もできない自分が」


 拳から血が流れ出るほど握りしめる角森。


「でも、三日前だ、ムシャクシャして怒り任せにガードレールを蹴飛ばしたらガードレールの方が曲がった」

「それで力に気が付いて、復讐を始めたわけか」

「まだ、リーダーや幹部連中が見つけられてなかったけどね」


 もしかしたら能力が残っていたんじゃなくて、怒りで覚醒したパターンもありそうだ。俺も今日、怒りで新しいスキル『影針』が使えるようになった。


「だいたい事情はわかったな、他に聞きたいことがある人いる」

「あの、もう一度、音声を聞かせてもらえますか」

「ヨシカは気になることでもあったのか」

「サトルさん、意識して魔力を抑えることはできますか、角森さんも、筋肉増加や身体強化をカットしてできる限り体から力を抜いて聞いてみてください」


 意識して魔力をカット、魔力の流れは把握できるようになったので、多分できる。角森の言われた通りにスキルを切り、学園で見かける細身となった。すると――。


「――ザッザザッーーーー」


 音声が雑音だけになった。


「音が消えた!?」

「これは」

「音声データからわずかですが、魔力を感じました。この音声は魔力を持たない者には雑音にしか聞こえないでしょう。ミカさんが轢かれた現場に強力な魔力を持つ存在あるいは物があったと思います」


 魔力は電子機器を正常に働かせないやっかいな特製を持っている。

 これのおかげで、異世界に召喚された時に持っていたスマホなどは、軒並み使えなくなっていたらしい。戻ってきたら直ったそうだが。


「だから警察がいたずらって判断したんだ」


 おかしいと思った。ここまではっきりとした証拠があるのに警察が動かないなんて、聞こえていなかったんだ。捜査は続けてくれているはずだ、ただ角森が提出した音声を却下しただけが真相に思えた。

 はっきりしたことは暴走族ウルフクラッシャーズの中に魔力を扱う者がいる。


「他に質問のある人は、いないな」


 俺はレンサクの七つ道具の一つ、ポーションお菓子ケースから飴型魔力回復薬を取りだし口に放り込んで嚙み砕く。回復量は下がった代りにあの激臭も無くなった改良版。


「よし、じゃあ行こうか」

「サトルくんならそう言うと思った」

「サトルさんですからね」

「サトッチなら、当たり前だよ」


 説明をまったくしていないのに、三人娘は俺が何をしようとしているのか察してくれた。ただ角森だけが理解できない顔をしている。


「どこに行くんだい」

「もちろん、ウルフクラッシャーズの隠れ家、妹の事件現場の写真を回収して、親父さんの車も取り返さないとな」

「どうしてそんな事を」

「サリが言っていたろ、事情を話してくれたら選択肢が増えるって、これがその増えた選択肢、相手には魔力を操る者もいるみたいだしね、俺たちが動くべきだ」


 ウルフクラッシャーズのリーダーや幹部たちは、角森の妹を轢いてから、そうそうに姿を隠した。この嗅覚と機械の動作をおかしくする魔力で警察も手を焼いていたのだろう、だけど入院している連中にタンガがちょっと尋ねるだけで簡単に教えてくれたらしい。自分が喋ったことは絶対の秘密との条件付きで。


「ボクが必死で探し回っても見つからなかったのに、電話一つで見つけるなんて、君の人脈は凄過ぎるね」


 すごいのは俺じゃなくてタンガだけどね、どうやら俺の儀兄弟は不良たちの間でも恐れられている存在だったようだ。




 三年ほど前に倒産して空き家になっている自動車修理工場。ここがウルフクラッシャーズのリーダーたちが隠れ潜む場所である。

 使い古された道具がいくつか残っており、ここで盗んだ車を解体して売り払ったり、自分たちの愛車を改造したりしていた。


 隠れて一週間、やることが無く飽きてきた幹部たちがうっぷんを晴らすために、たまたま通りで見かけたショートポニーの女子高生を攫ってきた。


「あーれー、誰かー、たーすーけーてー」

「やかましいぞ!」


 攫ってきた女が棒読みの悲鳴をあげ助けを求める。両手を縛られているのにその表情は一切の恐怖を感じていない。


「あたしの他に攫った子はいるの」

「今はいねぇよ、だから覚悟しとけ、お前にはここにいる全員の相手をしてもらうからな」

「あたしが全員相手してもいいの、他の子がいないんだったら、思いっきりやってしまいたいけど今回はダメかな、君達の相手をしたいって強く望んでいる人がいるから」


 ショートポニーの女子高生は簡単に縄抜けをして、腰のベルトに差してあった小さな杭を地面に突き刺す。


「隔離結界・最大展開」


 杭から白い光が放たれ、自動車修理工場全体が光のドームに包まれた。


「なんだこれは、何をしやがった」

「ここは隔離された別世界、つまりニッポンじゃないからニッポンの法律は守ってくれないぞ!」


 ショートポニーの女子高生のセリフが終わると同時に工場の車搬入口の大型シャッターが光の刃によって切り裂かれ、大きな音を立てて倒れる。

 そこから入ってきたのは、マッチョな男を先頭にした男女四人組であった。

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