第31話『サイヤクの目覚め』
角森とのバトルから翌日、土曜の放課後。
学園は半日で終わり、本当ならヨシカとヒカリ、それにサリを加えた三人が気合を入れて作ってくれた昼食を部室で食べることになっていたのだが。
「ほら、三人ともお茶買ってきたぞ」
「ありがとうサトルくん」
俺はどんよりと沈んでいるヒカリ、ヨシカ、サリの三人にお茶を差し出した。
口々にお礼を言ってお茶のペットボトルに口をつける。角森の事もあったので今日のお昼くらいは楽しく過ごそうと計画していた。
だがその計画は、一人の人物により潰されたのだ。
部室には八人が揃っているけど、空気が重く沈黙の時間が長い。
三暗はダメだと、ヒカリなんかは頑張って元気を出そうとするけど、ショックが大きすぎて口を閉じてしまう。
「ケンジ、会議を始めないか」
このままの沈黙は良くない。俺はケンジに頼んで無理やりに部活動を開始する。
「わかった、殆どが知っていると思うが、悪いニュースと、とても悪いニュースがある」
普通、それは良いニュースと悪いニュースって言いませんか。
「まず、悪いニュースからだ」
備え付けに改造された魔導式映写機をレンサクが操作する。すると角森の写真が浮かび上がった。
「昨日、サトルとヒカリが戦った相手、角森武夫、ジョブ『格闘家』。スキルは『筋肉増加(小)』と『身体強化・初級』を使用した」
制服がピチピチだったけどあれで小だったのか、身体強化も初級、目覚めたばかりだから初級の技しか使えないのは納得だけど、対峙した時はものすごい迫力があった。上級になったらどこまで強化されるのだろうか。
「接触したサトルたちが、角森から協力者がいると聞いたそうだ、その協力者が、例の候補に挙がった三人の内の一人だと思われる」
角森の隣に三人の候補が映し出される。
■出席番号37番・
■出席番号22番・
■出席番号15番・
出席番号順ではなく、グレイウルフなどの魔物を操りやすい順に並べられている。
「不明なのは二人なんだろ、この中の三人の中に四人目もいるんじゃないか」
可能性はかなり高いと思うけど。
「いや、とても残念なことだが、この中に能力を残す者は一人しかいない」
俺の質問はキッパリと否定されてしまった。そして何故だろう。いつものメガネをクィとやる指に、ものすごい力がこもっている。おい、そんなに力を入れると顔にメガネの後が付いちゃうぞ。
「この中には一人しかいない、その根拠が、とても悪いニュースに繋がる」
そうとう悪いニュースなんだな。まるで角森の話がおまけに聞こえるほど、ケンジの表情が険しいことになっている。
「最後の一人が見つかったってこと」
まだいつもの元気の半分も取り戻せていないヒカリが、力のこもっていない質問をする。
「その通りだ」
「見つかって、とても悪いニュース――まさか!」
「ヒカリの想像通りだと思うぞ、見つかった四人目は、あのバカだ」
もはや名前も呼びたくない。
この場の全員、カタカナ二文字で、それが誰かわかってしまう。
俺でもわかった。バカ=勇実輝王だ。
「最悪だろ、下手するとこっちでも大勢の死人が出るぞ」
タンガの吐き捨てたセリフに聞き捨てならない言葉が含まれていた。
聞くのが怖い、こっちでもってことは、あっちの世界では、あいつは大勢の人を殺したって聞こえるのですが。
「冗談では済まないのです。一緒に練習試合に向かったサッカー部員たちは無事に帰ってくるでしょうか」
おいおいレンサク。さらに物騒なことをつぶやくな。
「まだ魔力の残滓を感知できただけだ、それほど大きな力になっていないで数日は猶予があると思うが、緊急の対策は必須だ」
これまで四人目を見つけることが出来なかった原因は、魔力が弱すぎて見つけにくかったからだ。
「昨日までは奴からの被害を受けないために八人限定の認識阻害魔法をかけていた、だが魔力が増え、あのバカは無意識に認識阻害を破りやがった」
「それでいままで絡んでこなかったのか」
今日の朝から、ヒカリにヨシカ、サリと時間を見つけては話かけ付きまとってきた。
「あのケンジくん、もう一度認識阻害を掛けてもらうわけには」
「特定の人物にだけに認識阻害を欠けるのは難しい、どうしても限定すると効力が弱くなる。バカの魔力が強まった今、存在を消すレベルの認識阻害をしないと効かないだろう」
そこまですると、クラス全員がヒカリたちを認識できなくなる。いくら賢者ケンジであっても成長する相手限定の認識阻害は加減が難しい。
「記憶と能力を失っただけで、大災害を引き起こした頃と中身は何も変わっていない。歩く災厄のままだ、今日の事件など序に口に過ぎない」
「序の口か」
未だに立ち直れていないヒカリたち三人。
今日の三、四時限目は、同学年全員が体育館に移動して交通安全教室が行われ、交通事故などについてのDVDを見させられていた。
強豪サッカー部に所属するメンバーは、午後の練習試合のため三時限目の早退が許されウチのクラスからもサッカー部の勇実や牧野たち数人が先に退室。
事件はこの時間に起きた。
あろうことか、勇実はヒカリ、ヨシカ、サリの弁当を見つけ出し、彼女たちがオレのためにレギュラーの分も作ってくれた差し入れだと大嘘を付いて、オレの恋人たちの手作りだ、ありがたく食べろと自慢しながらサッカー部の連中と食い尽くしたのだ。
これが一人分の弁当なら誰かが嘘に気が付いたかもしれないが、今日は土曜日、お昼を楽しもうと張り切ったヒカリたちが八人分を多目に作り、それがあたかもレギュラーメンバー全員分に見えてしまったのが災いした。
交通安全教室が終わり、戻ってきたヒカリたちが気が付いた頃には、お弁当は全てカラになっていた。
あまりの衝撃で唖然となるヒカリたち、お礼を言いに来た顧問兼監督の先生に、差し入れではなく勝手に取られた。これは窃盗だから厳しく処分してくれと訴えた。
驚く監督、しかし盗んだモノは金品ではなくお弁当。この程度でレギュラーメンバーを処分はできないと言われてしまった。
監督は弁当代は後で弁償すると言い残し、サッカー部を連れて練習試合へ向かっていった。
「今日は初めてサトルくんに私のちゃんとしたお弁当を食べてもらう日だったのに」
「三日かけて仕込んだ渾身の作でしたのに」
「ごめん、あたしがおにぎりをサッカーボールの形にしちゃったから」
それは確かにサッカー部の差し入れって勘違いをしてしまいそう。いやいや。
「それは弁当を盗んで開けるまでわからないことだから関係ない、悪いのはあいつ一人だ、三人は悪くないぞ」
もっと気の利いた言葉で励ましたいのに、言葉が出てこない。
他の部員の皆さん、離れた場所から、もっと励ませとジェスチャーするだけじゃなくて、一緒に励まして欲しいのですが、とハンドサインを送ったら。
『それは
と息の合った指さしサインで返された。
「えっと、じゃあ、明日の日曜はまだ角森たちの件が解決してないから無理だけど、この騒動が解決したら、どこかお弁当を持ってみんなで遊びに行こうよ、あいつの出没しない所に、その時またお弁当を作ってきてくれないかな」
「それってデート、わかった。いつまでも落ち込んでいられない」
「そうですね、次の休日までには全て終わらせましょう」
「よーっし、一週間以内に事件を解決させて来週の日曜はお出かけだー」
いや、あのですね。解決したらとは言ったけど、一週間で解決させるとは言ってないぞ。それにヒカリさん、みんなで出かけるのをデートとは言わないのでは。
「よくやった部長」
「まあね」
成り行きとはいえ、来週の日曜にヒカリたちと出かける事が決まってしまった。
「一週間で解決か、まあまあ高難易度のクエストだな、部長、チームを二つに分けることを提案する。角森襲撃事件を担当するKチームと緊急バカ対策をするBチームだ」
「ヒカリ、ヨシカ、サリはKチームの方がいいな」
この三人はバカに近づけたくない。
「サトルもKチームの方がいいだろ、互いに忘れているが、バカとの因縁はお前が一番多い」
タンガから驚きの事実を聞かされた。
「そうだな、サトルもバカに合わない方がいい、Kチームに参加してくれ」
「了解」
「残りの私、タンガ、レンサク、そしてホカゲがBチームだ。何としても明日の休日中にバカ対策を完成させるぞ」
「いざとなったら大地に埋めてやる」
「この世界には存在しない毒薬も用意できるのです」
「毒を盛るなら私にやらせて」
Bチームの皆さんから、とてつもない
冗談だよね。
「私たちはまずどうしようか」
「今日、角森さんはお休みをしていました」
「ダメ元で、家を訪ねてみようか」
どこにいるのか手がかりが無いので、角森の家をとりあえず尋ねることになった。
一週間で解決すると決意した女性陣の行動力はすさまじい、すぐに行こうと立ち上がる。
「ちょっと待って」
珍しく、ホカゲの方から待ってがかかった。
「私が作ってきたお弁当が半分だけ残っているから、食べるのを協力して」
なんと半分だけでもホカゲはバカからお弁当を守っていたのか、さすが忍者。
取り出したお馴染み竹の皮に包まれたお弁当。
開いてみると、そこにはごはんと円柱状に巻かれた海苔。
「これは軍艦巻きの下の部分?」
「そう、ネギトロの軍艦巻き、食べる直前に乗せようと思って別にしていたネギトロだけ持っていかれた」
「あいつ、ホントに沈めていいか」
やっておしまいタンガさん、と本気で言いそうになった。あーーー酢飯の海苔巻き、具が無くても美味しいね。
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