第30話『異能を残す者Ⅳ』

「ボフッ」


 タイヤを殴ったような音が聞こえ、角森が膝から崩れ落ちる。


「切り札を出しそうな相手には出す前に倒せって教わったの、だからごめんね角森くん」


 その考えには滅茶苦茶賛同できるし、俺が角森を倒せる力を持っていたら間違いなく同じことをやっているけど、ヒカリの性格でそれをやるとは思わなかった。

 きっと誰か性格の悪いヤツの入れ知恵だろう。レンサクあたりかな、あまりヒカリに卑怯な手段を教えないで欲しいものだ。


 そう感想を抱いたら、新しい記憶の断片が開いた。


『いいかな岸野さん、騎士道精神なんてこの異世界には存在しない、何回戦もやるスポーツでもない命懸けの一発勝負、切り札や奥の手は使わせない、使われそうになったら奇襲や不意打ち何を使っても倒す。事情があるなら倒した後に聞ければOK、聞けなければ寝て忘れる』

『でも、卑怯じゃない』

『卑怯で結構、相手の出方を伺い切り札を使われ、大切な仲間を失うなんて絶対に嫌だから』

『大切な仲間か、ねえ、サトルくんにとって私も大切な仲間に入るかな』


 持論を展開していてついつい熱が入り余計なことまで口走る自分、ここではっきりと言い切ることが出来たならと、思うけど、異世界にいても俺は俺。


『あ、当たり前だよ、岸野さんは、その、この世界で最初にできた仲間だし、それで、大切な仲間だりょ――』


 本当に俺らしい、大事な言葉をたどたどしく喋り、途中で舌を噛んだ。

 それでもヒカリは言葉の中身を受け取ってくれた。


『そっか、大切な仲間に含まれるんだね、わかった、私も頑張る。卑怯だ、汚いと罵られても、持てる最高速度で相手に切り札を使わせずに倒していくね』


 卑怯な手段を教えていたのは俺でした。


 レンサクよ、疑って悪かった。

 まさかヒカリに卑怯な手段を使うように汚染したのが俺自身だったとは、そこまでしないと生き残れない世界だったってことだな。

 記憶を振り返るのは後回しにしよう。


 背後の川以外から人ではない気配がする。半包囲されてしまった。

 こっちの戦力はヒカリ一人、足元の誰だか知らない角森の狙われた人たち、ヒカリの戦闘力なら問題なく対処できるはずだが、何だろう、少し嫌な予感がする。


「サトルくん、この人たちの護衛をお願いできる」

「任せて、ヒカリに負担を欠けるけど、魔獣の方はお願いする」

「お願いされました。あなたの騎士の力、存分にご覧あれ」


 え、今、あなたの騎士って言いませんでした。また知らないワードが出てきたのですが、誰か説明して、ここで都合良く記憶の断片が浮かんできたりは、しなかった。

 現れたのはグレイウルフ、それも群れ。


「簡単だけど隠蔽魔法が掛けられてる。目だけに頼らないで、気配を探るのを忘れないように」

「わかった」


 隠蔽魔法か、確かに感じる気配よりも目で見えるグレイウルフの数が少ない。

 やっかいだけど、この隠蔽魔法のおかげで、一般の人には見つからず騒ぎになっていないのか、こんな大きな狼の群れが目撃でもされれば街はパニックになっていたはず。


「ライトアロー」


 ヒカリが光属性の下位魔法、光の矢を打ち出すライトアローを唱えた。殲滅魔法を使えば一発で片付くのにあえて単発の魔法。ヒカリのこれまでの戦闘経験が何かを警戒させているのか。


 光の矢は真っ直ぐに飛び一体のグレイウルフを打ち抜く。

 するとグレイウルフが爆発した。


「ッ⁉ フラッシュバリア! 」


 ヒカリの防御魔法、薄い光の幕が俺と倒れている五人を守る。しかしバリアの外で倒れていた角森の体が離れた場所に飛ばされてしまった。


「爆弾になっているのか」

「そうみたいだね、低級の魔物じゃ私たちを倒せないってわかっていたみたいだから、爆発物を仕込んで倒すと爆発するように細工をしたのよ」


 今の爆発は騒ぎになるぞ、ここは少し民家からは離れているけど、これだけの爆発だ、誰かは気が付いたと思う。


「やっかいだな」


 その誰かが通報したり、様子を見に来る前に、魔物を倒して逃げないと大騒ぎになるのは間違いない。角森を相手にしていた時の余裕がヒカリから消えている。

 ヒカリにとって倒すだけなら簡単なのだ。ここが異世界であったのなら、なんの障害にもならない。


 だがここは日本、ファンタジーが作り話である世界。この世界では異能を無制限で使用するわけにはいかない。自分たちの平穏な暮らしを守るためには、異能の力を他人に見せるわけにはいかない。


「爆発しないように一体ずつ確実に倒して行かないと」

「できるかヒカリ一人で」


 何もできない自分が悔しい。


「できなくはないけど、この人たちを守るのは、いいえ何とかしてみせる」


 ヒカリは一人で防御魔法から飛び出した。

 非力な自分に腹が立つ、これの何処が最強なんだ。

 ヒカリは最大限に弱めた力でグレイウルフと戦っている。これ以上は爆発をさせられない、どこまでの攻撃なら爆発しないかを慎重に探りながらの攻撃。

 考えろ、ヒカリの役に立つ方法を、記憶の中の俺はどんな戦い方をしていた。


『影は非力だけど自由なんだ、想像力次第ではどんなことでも成し遂げられる』


 記憶の欠片がまた一つ、これは誰の言葉だ、俺が言った言葉なのか。

 影は自由、想像力次第でなんでもできる。

 だったら、過去の記憶に囚われるな、想像力しだいなら過去にすがるな、今を生み出すんだ。


 非力だけど自由。


 非力だったら、グレイウルフを爆発させずに拘束できるのではないか。

 グレイウルフの数頭がヒカリを無視してこちらに突っ込んできた。


「サトルくん!!」


 ヒカリは突っ込んでくるグレイウルフを止めようとするが、爆発を恐れて止めきれない。

 俺は両腕を突き出すと、影の俺も両腕を突き出す。

 手をパーに広げると、影の手も大きく広げ、十本の指が現れる。


「よけいな魔力は流すな、イメージしろ、これは攻撃力の無い頑丈な縄、ただの縄、相手を縛る戒め縄、伸びろ『十指の影縄』」


 即席の影スキル『十指の影縄』。

 影の十本の指が伸びた、それが黒い縄となり迫るグレイウルフを絡め捕る。攻撃力は一切無いので爆発はしなかった。


「ナイス、サトルくん」


 まだだ、まだヒカリの役に立てる。

 影を操るだけが、影法師の力じゃない。

 影に隠れた相手の弱点を見つけることも影法師なら可能なのだから。


 今度は過去の記憶を頼った。

 だって自由なら頼るも自由だろ。

 悪魔王の弱点を見つけた時、俺は左目に魔力を集中させていた。魔力が戻った今ならできるはず。


 自分の影だけじゃない、目視できる範囲すべての影とつながっている物の情報を覗いてやる。グレイウルフも当然影があり、爆発する仕組みの解明を試みた。


「スキル『弱点看破』」


 膨大な情報が左目から脳へと流し込まれる。


「グゥ」


 左目の奥がズキズキと痛くなる。

 だが見えた、グレイウルフの弱点が。


「ヒカリ、眉間だ、グレイウルフの眉間だけを攻撃して倒せば爆発しない」

「わかった」


 弱点がわかれば簡単な作業へと変貌した。

 ヒカリは手刀の先に細い光の刃を伸ばし、フェンシングの様に、グレイウルフの眉間だけを突いていく。

 時間にして十秒もかからなかった。


「何とか乗り切ったか」

「ありがとうサトルくん、助けるつもりだったのに、助けられちゃったね」

「少しでもヒカリの役に立てたなら嬉しい」

「少しどころか、すごい役に立ってくれてるよ、サトルくんは自分を過小評価する癖があるから、そこは直した方がいいよ」


 自分を過小評価する癖か、そんなものがあるとは思えないけど。


「角森には逃げられたな」


 グレイウルフに気を取られ、爆発で吹き飛ばされた角森はいつの間にかに姿を消していた。

 遠くから、緊急車両のサイレンが聞こえてくる。


「私たちもここを離れた方がいいかな」

「そうだな、この五人は警察か消防が保護してくれるだろう」


 回復魔法で癒し、グレイウルフからも守り抜いた。現状はただ眠っているだけ。

 倒したグレイウルフはまたヒカリの魔法で処理、弱点看破で倒せば爆発しないと分かっていたのでサクッと終了。川に飛び込む前に放り出した鞄を回収して。


「それじゃサトルくん、またで悪いけど、これが一番早い移動手段だから」

「へ?」


 あのヒカリさん、早く離れるのは賛成ですが、またお姫様だっこをされるのは、勘弁して欲しい。と心の中では思っても口には出せない俺であった。


 そして俺は太陽が沈みかけ、オレンジ色に染まる空へと舞い上がるのであった。

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