第29話『異能を残す者Ⅲ』

 ヒカリと共に学園からコウモリを追いかける。

 コウモリなんて生まれて初めて見た。もしかしたら向こうの世界で見ているかもしれないけど覚えてない。それに魔力を感じるから、もしかしなくても。


「あれって魔物だよな」

「ええ、コウモリ型の魔物レンズバット。特徴はレンズのような目が一つだけなの。一匹だけなら強くはないから今のサトルくんでも、勝てる相手だよ」

「それはよかった」

「でも、飛んでる相手を走って追いかけるのは大変」


 ですよね。あちらは障害物の無い空を自由に飛んで、こっちは車道や通行人を気を付けながら追走中。


「このままだと見失いそう。ごめん、サトルくん、ちょっとだけスピードあげるね」

 ガシっとヒカリが俺の腕を掴んだ。

「あのヒカリさん、スピードを上げるってどうやって、俺はすでに全力疾走なのですが」

「大丈夫、私がサトルくんにケガをさせるはずないから、私を信じて」

「俺がヒカリを信じないわけがない」

「ありがとう、舌を嚙まないようにだけ注意して」

「した?」


『光魔法・光学迷彩』&『身体強化魔法』


 光学迷彩で俺たちの体が周囲から見えなくなった瞬間、ヒカリの足が光って俺の体は重力に逆らって飛び上がった。


 これはパルクールか、いやパルクールを超えた超パルクールだ。

 ヒカリは一足飛びで三階建てのビルを飛び越え、七階建てのマンションの壁を垂直に駆け上がる。男の俺をお姫様抱っこした状態で、俺は今ヒカリに抱きしめられているのに足手まといみたいで喜び半分、立場が逆なら良かったのに。

 悲しいけど、俺の身体能力ではこの動きを再現できない。


 ジェットコースターなんて目じゃない風圧。

 落下する時にスーっとなる股間、変な悲鳴を上げないようにと必死で耐えた。


「サトルくん見て、建物の少ない方を目指してる」

「あっちには川があったはず」


 この地域で一番大きな川、川幅が五十メートル位はある。水深が深い所もあり、流れはゆるやかだが何年か前には遊んでいた学生が流される事故もあった。

 レンズバットは川を横切り、対岸の茂みへと姿を消した。


「あの辺りに隠れ家があるのかな」

「ヒカリ、ストップ、人だ、人が流されてる!」


 レンズバットを追いかけ、川を飛び越える動作に入ったヒカリを止める。

 信じられないことに、上流から人が流されてきた。それも一人ではない。二人、三人、目視で五人確認。


 ヒカリの腕から飛び降りた俺は川へ飛び込む。


 何をやっているのかな俺は、いつからこんな勇敢で行動的になってしまったんだろう。昔の俺なら、川で流されている人を見ても立ちすくみ動けなくなっていたはず。

 記憶の欠片の影響なのか、助けが必要な人を見つけ、体が勝手に動いてしまった。

 俺の後からもう一人川へ飛び込む音が聞こえた。


 確認しなくても分かるヒカリだ。

 彼女が泳げるかは知らない、でも、心が大丈夫と言っている。彼女はかつての俺が一番信頼したパートナーなのだからと。


 むしろ、俺の方が人を抱えて岸まで泳ぎきれるかの方が心配だ。

 川を全力で泳ぐ、流されている人たちはまるで動いていない。生きていることを祈り、一人、二人と両手で抱える。


 川底が深くて足が届かない、二人も抱えてはうまく泳げない。川の勢いに負けて流される。

 頼むからうまく発動してくれよ。


「影スキル『影縄』」


 川底から俺の影が伸びて、大きな岩に巻きつかせることに成功。

 でも二人+水の圧力は以前の長机よりも十倍以上重い。影縄を使い岸を目指したいが、留まるのがやっとで動けない。それでも放すわけにはいかない。


「サトルくん!」


 抱えている二人ごと、俺の体が救い上げられた。


「助かったヒカリ」

「どういたしまして、でもいきなり川に飛び込まないで」

「ごめん、体が勝手に動いちゃって」

「まあ、これで四回目だから予想が付いて、すぐに後を追いかけられたけど」


 つまり三回は川に飛び込んだ経験を持っていたのか、記憶には一切ございませんが。


「うん、こっちも大丈夫そうだね」


 光属性の魔法にも回復魔法が存在する。ヨシカほどの強力な魔法は使えないが、ヒカリの回復魔法でも致命傷でなければ回復できるらしい。比較対象がヨシカなので低く感じてしまうが、ヒカリの回復魔法も異世界ではトップレベルだったはず。

 すでに救出されていた三人と合わせて回復させる。

 幸いにして水はそれほど飲んでいないようで、まだ意識は戻らないが五人全員呼吸が安定した。


「これで一段落かな」


 回復を終えたヒカリが上着を脱ぎ、大量に吸い込んでしまった水をはたく。そうだった、川に飛び込んで俺もヒカリもずぶ濡れ状態だ。

 ヒカリの黒くキレイな髪から流れ落ちる水滴が、首をつたい開けた胸元へと流れ落ちていく、これは視線誘導のスキルなのか、抵抗しようとしても視線が誘導されてしまう。


「やってくれたねお二人さん、せっかくゴミを川に捨てたのに拾わないでください」


 救助が成功して油断していた。

 怒気を纏った男がゆっくりとこちらに近づいてきているのに気が付くのが遅れた。

 慌てて起き上がる。


 男はボディービルでもやっていそうな筋肉と二メートル近い身長を持っており、俺たちと同じ学園の制服が今にもはち切れそうに膨張している。


「知らないのか、川にゴミを捨てたらいけないんだぞ」

「そうでした。僕としたことがうっかりしていました」


 気持ちと情報を整理する時間が欲しかった。ダメ元で話しかけてみたら、なんと会話に乗ってきてくれた。


 同じ制服ってことは学園の生徒だよな、でもこんな筋肉を持つ生徒がいたら騒ぎになっていそうだけど、聞いたこともない。それに魔力をはっきりと感じ取れるってことはクラスメートの可能性が高い。


 外見は違いすぎるが、消去法で思いつくのは。


「角森なのか」

「おお、すぐに気が付くのか、見た目はかなり変わっているのに」


『格闘家』のジョブを持つ角森だと断定して観察すれば、目や鼻に口、顔のパーツだけは変わっていない。ただ、もともと長身だったけど細身だった角森がこんなマッチョに変身するとは普通思わない。今日の放課後までは変化が無かったのに。


「格闘家のスキル『筋肉強化』だったかな、それを使ってるんだよ」


 ヒカリが小声で教えてくれた。

 なるほどスキルの中には見た目まで変化させるモノがあるのか。


「二人は、そこの連中の仲間じゃないよね」


 角森から質問が投げかけられた。


「そうだな、合った覚えもない、助けたのはたまたま見かけたからだ」

「だったら邪魔しないでくれるかな、こいつらはゴミなんで掃除しないといけない」

「また川に捨てるのか」

「安心していいよ、ゴミで川を汚すのはいけないことだって思い出したから、直接掃除する」


 角森の姿が消えたかと思えば、寝かしている男たちの傍に気配が出現する。

 高速で移動したのか、まったく見えなかった。

 丸太のような太い腕が振り下ろされる。それを間に割って入ったヒカリの手刀が払いのけた。


「それも、やらせてあげられないかな」

「驚いた、岸野さんも不思議な力を持っていたのか」


 弾かれた自身の腕とヒカリの光る手刀を見比べる角森。力のことは気が付いているけど、向こうの世界で記憶は一切覚えていない様子。


「でも、どいて欲しいな、岸野さんには何の恨みもないからケガさせたくないんだけど」

「どんな恨みがあるかは知らないけど、クラスメートが人殺しの場面に遭遇したら止めるよね」

「そうかな、大抵の場合は逃げ出すと思うけど」


 悔しいが、ここは角森の意見に賛同してしまう。昔の俺なら間違いなく逃げ出していた。


「次は本気で攻撃する。まだ力の制御がうまくできないから、邪魔をするとケガじゃすまなくなるよ」


 今まで棒立ちだった角森が格闘家の構えをした。魔力も膨大に膨れ上がり、これはさっきヒカリも使った身体強化魔法か、記憶もないくせに俺よりジョブを使いこなしてやがる。


「影縄」


 やる前から、破られそうな気がしたけど、これで拘束できたらラッキーって思って使ってみた影縄が角森の体に巻きつく。


「夷塚くんも能力を持っていたのか、とっても貧弱だけど」


 体に少しだけ力を込めた、そんな雰囲気で俺の影縄は簡単に破られてしまった。縛っていた影縄がチリヂリになって霧散する。


 くっそー、こっちは記憶の断片を持っていて、レンサクの激臭ポーションまで飲んでやっと使えるようになったのに、記憶も残していない角森に歯が立たない。影法師のジョブが馬鹿にされていたのがよくわかった。


 ヒカリは俺のジョブこそ最強って断言してくれたけど、このスキルを記憶を無くす前の俺はどうやって最強のジョブに進化させたんだ。


「最後の警告だ、邪魔をしないで、自分の命を大事にしてね」


 また角森の姿が消えるほどの高速移動、今度は身体強化まで使っているので速さもアップしているはず、どっちにしても俺には見えないけどね。


 拳と手刀が激突した。

 素手同士がぶつかったとは思えない衝突音。

 強化された角森の攻撃でさえヒカリは涼しい顔で防いでみせた。


「こっちも警告、拳を交えてわかったでしょ角森くんよりも私の方が強いみたいだから、やめた方がいいよ、ケガをする前に」


 カッコよすぎますヒカリさん。


 目覚めたばかりの『格闘家』とレベルカンストの『聖騎士』では勝負にならない。

 余裕を見せていた角森の表情が始めて曇った。


「確かにこのままでは勝ち目はありませんね、あいつの言う通りだ、本当に邪魔者が現れるなんて、でも、そいつらだけは生かしておけない」


 奥の手を隠しているか、力の差を理解しても角森はあきらめていないようだ。

 そして周囲から異様な気配が複数近づいてくるのを俺の影が感じ取った。

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