2章『異能』

第27話『異能を残す者Ⅰ』

 翌日、俺は日時計公園でヒカリと待ち合わせをしていた。

 名前呼びを解禁したので恋人になった、わけではなく。

 昨日のグレイウルフ襲撃を考慮して誰かが俺の護衛をすることとなり、ヒカリとホカゲが俺の護衛役となった。


 ヒカリは俺の傍で護衛をしてくれ、ホカゲは俺の活動範囲、今は学園周辺に魔物が潜んでいないかを調べてくれている。


「そうだ、渡す物があったんだ」


 教室に付いてからヒカリは俺にペンダント付きネックレスを渡してきた。

 透明な緑色の石が付いたシンプルなデザイン。


「お守りだから、持っていれば首にかける必要はないよ」


 魔力が扱えるようになったから分かる。これは魔道具だ、微かにだけど魔力を感じる。お守り、まさにその言葉の通り守りの魔道具なのだろう。


「ありがとうヒカリ」

「どういたしまして」


 まだ慣れないクラスの視線、今週は毎日ヒカリと一緒に登校しているので毎度のことではあるのだが、俺がヒカリと呼んだ瞬間に、圧が強くなった。


「ちょっとちょっとヒカリ」


 一人の女子が慌ててヒカリに詰め寄ってきた。向こうの世界に飛ばされる前からヒカリと仲の良かった友人で、名前は弓崖実。あっちのジョブは弓使いだったかな。

 最初のパーティー別けでヒカリと同じパーティーに所属していた気がする。


「昨日まで岸野さんって呼ばれてたのに、今日から呼び捨てなんて、もしかしてもしかして、告白をOKしたの」


 声が大きいですよ弓崖さん、ただでさえ注目を集めているのに。

 視線の中に隠れた微かな殺気を感じ取った。魔力をポーションで無理やり強化してから感覚がどんどん鋭くなっていく。

 絶対とは断言できないが、体育館裏で感じた殺気に似ている。


「残念ながら告白じゃ無かったんだ」

「ちょっと私にまで隠すことないじゃない、ホントの事教えてよ」

「ホントなんだけどなー」


 ヒカリが困ってこちらを伺ってくるけど、俺に何を求めているのですか、ものすごく居心地が悪い。


「ホームルーム始めるから、席に付け」


 いいタイミングで担任代理がやってきてくれて助かった。


「命拾いしたね二人とも、後で話を聞かせてね」


 他愛もない朝の学園。

 でも今日は、ホームルームで騒然とする話が聞かされた。

 昨晩、このクラスの二人の男子が襲われ重傷を負って入院したとのこと、犯人は不明だから、帰りは気を付けるようにと注意された。


 教室にある四十二席、その内の二つの主が来ていなかった。

 犯人不明で真っ先に浮かぶのが、能力を残した者たち。それもまだ正体が分かっていない二人が最有力、推理力が無くても疑ってしまう。


 ケンジからメモが送られてくる。

『昼休み、部室に集合』と書かれていた。

 俺への連絡だけ古典的な手段になるのはスマホを持っていないからだ。


 スマホは欲しいとは思う、実際中学までは持っていた。

 でも、月々の支払の代金を見て母さんに負担をかけられないと学園入学と同時に解約していた。バイトでも始めようかな、これからはみんなと連絡する機会が増えそうだし、自分のスマホ代金ぐらいは稼げるだろう。連絡手段がカミのメモだけでは不便すぎる。


 昼休みまでできることは無いか。

 襲われた二人以外は全員登校してきている。

 名前が判明している二人も普通に教室にいる。襲撃事件の話を聞いても他の生徒と違った反応はしていなかった。


 昨日、俺をあからさまに尾行した七人、その中でも怪しいと疑っている三人の様子も特に変わった所はない。しかし、まったくマークしていなかった男子が挙動不審になっていた。

 震えている。

 寒いからではない、あれは恐怖で体を震わせている。


 あいつは一昨日、屋上で絡んできたヤツの一人だ。そう言えば、入院した二人も屋上で絡んできた連中だ。


 あと一人いたなと探してみれば、こっちも青い顔で唖然としていた。

 事情を知っている。

 もしかしたら犯人も知っているかもしれない。

 俺はタンガに視線を送った『休み時間に事情を聴いてくれ』と、タンガもすぐに気が付いてくれ『了解だ、任せろ』と返事をくれる。


 流石は兄弟。俺の意図を察してくれてありがたい。

 まだ記憶は殆ど戻っていないけど、これくらいなら簡単に意思疎通ができる。と思っていたのですが。


 兄弟タンガは、休み時間ではなくホームルームが終わるとすぐに動き、震える二人を連れ出し、そのまま一限目が終了しても帰ってこなかった。

 あのータンガさん。俺は休み時間にってお願いした、つもりだったんだけど。

 スマホを購入した方がいいかな。


「サトルくん、タンガくんからメッセージが来たよ、昼休みまでには戻るって、学園の外まで行ったみたいだね」


 やっぱりスマホの購入を真剣に考えよう。

 連絡が不便だからであって、タンガがヒカリとメッセージのやり取りができることを羨ましいと思ったわけでは無い。




 昼休みになり、今日は屋上ではなく洞窟探検フットサル不思議研究部の部室へとやってきた。


「はいサトルさん」


 今日も今日とてヨシカは俺にお弁当を差し出してくれる。

 ヨシカの弁当がうますぎて、もう売店の弁当には戻れないかもしれない。


「こっちも、はいこれ」


 お弁当と引き換えではないが、約束した学園名探偵ポリスの単行本をヨシカに貸した。


「ありがとうございます。今から楽しみです」


 タンガ以外は全員が部室に集った。

 屋上もいいけど、部室で仲間と食べるご飯もいいな、まさに学生をしている。

 ヨシカに感謝とお弁当の感想を伝えながら箸を進め、ヒカリからもおかずをわけてもらい、サリとポリスに付いて語り合い。


「わりィ待たせた」


 ファンサム初心者組のレベリングを次はどこでやろうかとホカゲと相談していた所に、学園の外からタンガが戻ってきた。


「何か情報を掴んだようだな」

「でなけりゃ、わざわざ外にまで行かねェ」


 俺はタンガのために買っておいた水のペットボトルを投げ渡す。


「サンキュ兄弟」


 外まで情報を収集に行ってくれたんだから、これくらいはする。タンガは水を半分ほど一気に飲み干してから掴んだ情報の説明を始める。


「まず、焼銅やきどうたちが襲われたのは確実だな、教室で震えていたヤツらは、襲撃された時、一緒にいたらしい」


 焼銅とは入院したクラスメートの一人。タンガの聞き出した情報によると、昨夜は四人で街をブラブラと歩いているところを一人の大柄な男に遭遇した。見るだけで嫌な予感に襲われたらしく、四人全員が即座に男から逃げ出した。

 逃げている最中に二手に分かれ、それから教室にこなかった二人と連絡が取れなくなっていたらしい。

 俺は食べかけの弁当箱の上に箸を置いて質問をした。


「じゃ、入院を知ったのはホームルームの時間なんだ」

「だとよ、意識不明と聞いてかなりビビってたぜ」

「襲撃者の正体は」

「確認している余裕は無かったとよ」


 期待していただけに、ちょっとガッカリ。


「だが、別の情報なら掴んだ。ウチの学園じゃないが、他の学校の連中も昨夜に襲われたらしい」


 タンガが焼銅たちから話を聞いている時に他校の不良仲間から急報、昨夜から連絡が取れない連中が何人もいると。

 学園の外にまで出かけたのは、その情報の裏取のため、学生が何人も一晩に襲撃されればもっと大きなニュースになりそうだが、病院送りにされた生徒は揃って素行が悪く、数日登校しないのが珍しくないため学校側も情報が掴み切れていない様子。

 俺の質問が無くなると、ケンジがいつものメガネをクィっとやって質問を引き継ぐ。


「タンガ、襲われた連中の入院先はわかるか」

「一応聞いてはきたが、全員漏れなく意識不明だそうだぜ、幸いって言っていいのか分からねェが死人は出てないとよ」

「それなら放課後、ヨシカを連れて様子を見てきてくれ、傷の具合を見られれば襲撃者の正体が絞りこめる」


 聖女は治療のエキスパート。向こうの世界では、この世界には存在しない魔法や魔獣の傷まで治療していた。ヨシカが容体を確認すれば、襲撃者がどんなスキルを用いたかわかるかもしれない。でも面会できるのかな。


「意識不明なら、面会謝絶なんじゃないか」

「フォフォフォ、ふぉんなこともあろうかと」


 セリフが使えるチャンスが来たと、使いたくなる気持ちはわかるが、口にごはんを詰め込んでいる時に喋らない方がいいぞ。


「失礼、こんなこともあろうかと」

「「言い直さなくてもいいのに」」


 お、偶然にもヒカリと言葉が被ってしまった。目と目が合い自然と微笑み合ってしまう。


「そこのバカップルは放っておけ、何か良い道具があるのか」

「まだお二人はカップルじゃありませんよ」


 その通りですがヨシカさん、そこまで必死に否定しなくても。


「俺が悪かったから話を進めるぞ、レンサク道具を出せ」

「どうして命令系なのですか、言われなくても出しますが」


 レンサクが取り出したのは、香水のビン、霧吹き用のスイッチが付いたタイプ。


「これは認識阻害薬を霧状に散布できるようにしました。これを使えば面会謝絶の病室にもバレることなく侵入できます」

「おいレンサク、ヨシカに違法なことをやらせるなよ」

「俺はいいのかよ兄弟」

「タンガだし」

「意味がわからねぇぞ」


 部室に笑いがおきる。

 クラスメートに襲撃者がいるかもしれない。だからって暗い雰囲気を醸し出す必要はない。嫌なことが起きた時ほど明るくふるまえ、母さんが言っていた。

 雰囲気の時に、顔をすると、さらにだけ、だから。


「「三暗さんくらはダメ、絶対に」」


 またヒカリと言葉が被った。記憶を無くす前の俺はヒカリにこの話もしていたのか。

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