第23話『洞窟探検フットサル不思議研究部Ⅰ』

 部室のドアに一度は手をかけた岸野さんだけど、開けることなく放してしまった。

 その気持ちは大変よくわかります。

 この看板は人を遠ざける効力でも持っているのか。


『洞窟探検フットサル不思議研究部』


 何度見直しても部活名に変化はない。

 フットサルって五人でやるサッカーに似た球技だよな、それの不思議を研究する部活なのか、だったら頭の洞窟探検とはいったいなに。


 俺がアイコンタクトで「帰りませんか」と送ってみたら、岸野さんから「そうしよっか」との返事をもらえた。俺たちは通じ合っている。状況がこんな場面でなければ素直に喜べたのに。


 入ることもできずに戸惑っていると、部室のドアが中から開かれた。


「入りにくいのは理解するが、目的地はここで合っている。早く入ってこい」


 ドアをあけ俺たちを招き入れたのは、廊下で足止めをしてくれた刻時であった。

 部室の中は広く、いつも使っている教室の半分ぐらいか、大きな黒板があり、四つの長机を繋げ大きな長方形に置かれていた。


 長机には八脚のパイプ椅子があり、すでに六席は埋められていた。

 俺と岸野さんを入れて八人、ちょうど椅子が埋まる。メンバーはいつも幻覚に登場するメンバーだ。青磁さん、真帆津さん、盾崎、金築、刻時に伊賀野さん、それに俺と岸野さん。


 伊賀野さんはまだ幻覚には登場していないけど、昼食を一緒に食べたことや、幻覚の中では仲間は八人と聞いていた。だから、そういうことなのだろう。

 男女は丁度四対四、男性陣が黒板側に女性陣が反対側に腰を下ろしている。


「ケンジくん、あの部活名は」

「俺も先程まで問いただしていた。諸悪の根源は、そこの部活申請を出した頭が異世界体育会系だ」


 すごい系統だ異世界体育会系。確かに洞窟でフットサルの不思議について研究するなんて、この世界の住人には思いつきそうにない。


「だって、申請を出した時にやることが決まってなくて、パッと名前が思いつかなかったんだもん」


 普通はやりたい活動があって部活申請をするものでは、それでよく申請が通ったものだ。


「だから、その場で思いついたやりたいことを並べたら、こんな名前になっちゃった」

「サリらしい、でも、よく申請が通ったね」


 同じことを考えていましたか。


「部活を作るのに必要な規定人数はいたし、これでもあたしは元日本世代別代表だよ、フットサルって名前を入れたら簡単に受理してくれたの、顧問の先生も部活やってない先生に名前だけでいいから貸してってお願いしまくったらなってくれたし、まったく問題なしだよ」


 部活申請なんて面倒な仕事をやってくれたに、ポーズとってやり切ったと宣言する真帆津さんを褒めるメンバーはいなかった。


「知っていたけど、すごい行動力ね」


 捕まった先生、誰か知らないけどご愁傷様です。


「フットサル部だけでもよかったんだけど、ちょっとそれだけだとつまらないって思って、ああ、頭の洞窟探検の洞窟はダンジョンって読んでね」

「本当に自由に決めたのね」


 ダンジョンなんて日本のどこにあるのだろう。

 少しだけあきれる岸野さん、他のメンバーはすでに同じ問答をしたのか、攻める視線を送るだけで口を開く者はいなかった。真帆津さんはそれをペロリと舌を出した笑顔で受け流している。


「学園内での我々だけの拠点が欲しくて部活を作ると決めたまではよかった。面倒な申請手続きを買って出たところまでは褒めてやっていたのに、まさかこの私が最後に油断をしてしまった」


 あのいつも自信が溢れている刻時を本気で凹ますなんて、真帆津さんはある意味すごい。


「落ち着けケンジ、もう後戻りはできない、沢庵をわけてやる」


 伊賀野さんが取り出したのは白いお皿に乗った、見事な黄色をした沢庵。部室で御菓子ならわかるけど、なんで沢庵、お弁当もそうだったけど、伊賀野さんは徹底して和風に拘っているのか。

 刻時は差し出された沢庵をポリポリといい音を出して齧ると気を取り直したようだ。


「やれやれだ」


 四角いメガネを指でクイっと持ち上げ部活名の話題を終わらせる。


「本題に入るぞ、ヒカリ、グレイウルフが出たそうだな」

「うん、倒したグレイウルフは魔法で処理しておいたよ、魔核だけは抜いてきたけど」


 そう、倒したグレイウルフは岸野さんが光の魔法で消滅させ、残ったのが、この緑色の石だけ。魔核を手に取ったのは丸メガネの金築。


 職人で錬金術師だったか、手に取り簡単に観察しただけで、グレイウルフで間違いないと鑑定をしてみせた。


「グレイウルフは低級の魔物なので素材に使えないからいいですが、次に魔物が出た時は魔核以外の素材も確保しておいて欲しいです」

「今回は学園の敷地内で持ち運びできなかったから、次は運べないか手段を考える」

「そうですね、こんな時こそルトサのスキルが恋しくなります」


 七人が一斉に俺を見る。

 どうしてだ、物を持ち運ぶ事と俺のスキルがどう関係する。意味がわからず冷や汗が流れた。


「やはり、サトルさんの記憶は完全には戻っていないのですね」

「ヒカリを呼び出し時はもしかしてと考えたけど、残念」


 青磁さんに伊賀野さんがとても悲しそうにつぶやく。


「でも、兆しはあったんだ、サトルくんは記憶を無くしていることを自分で気が付いてくれたんだよ、それに向こうの世界のことも断片だけど見ることがあるんだって」

「詳しく話してもらえるか」


 刻時に促されて、俺は正直にあの誘拐騒動の後から見るようになった幻覚の内容を思い出せる限り話した。


「確かに記憶の断片のようだな、サトル、断言しよう。それは幻覚などではなく、間違いなくお前が向こうの世界で体験した出来事だ」

「俺と兄弟の杯を交わしたことを思い出すとはさすがはサトルだぜ、まだお前には向こうの世界で作った沢山の借りがあるからな、それを俺が返しきるまで死ぬんじゃねえぞ」


 今まで黙っていた盾崎が嬉しそうに声を出した。

 みんなは、俺が見た幻覚が真実であると証言してくれた。これで理解できた。岸野さんたちが俺に優しくしてくれる理由が、これまで見た幻覚すべてが過去の出来事であったんだ。


「あれ、でも、俺が見た幻覚の中で、異世界じゃない物もあったんだよな」

「なんだと、聞かせてみろ」


 そう今朝、見たばかりの幻覚。


「岸野さんと青磁さんが、俺の家の庭にいたんだ。これって異世界と関係ないよな」

「そ、それはサトルくんが夢を見たんだよ」

「そうです、わたくしはまだ、サトルさんに招待もされていないのに、家に訪れるわけがありません」


 今までみた幻覚は全て真実と肯定してくれていたのに、今朝の幻覚だけは岸野さんと青磁さんに激しく否定されてしまった。


「乙女心は難しいのです」


 金築よ、それはどういう意味だ。


「話を戻すぞ」


 咳払いをした刻時が話題を修正する。


「記憶の断片だけでも戻ったのはいい傾向だ。それで、影法師のスキルはどこまで残っている」

「それが、まったく、家で試してみたけど影はまったく動かないし、いや、気配を感じることはできてたかな」


 さっきグレイウルフに襲われた時、姿を確認する前に殺気を感じ取れた。


「ふむ、少し診て見るか。サトル目を瞑って体の力を抜け」


 俺は言われた通りに椅子に座ったまま、目を閉じて体の力を抜いた。

 頭に刻時の手が置かれ、魔力なのか不思議な力が流し込まれ、体の隅々まで検査されてしまった。ちょっとくすぐったかった。


「なるほど、だいたい理解できたぞ、サトルがスキルを使えなかった理由」

「もったいぶるんじゃねぇえよ、兄弟の体に何があったんだ」

「実に簡単なことだった、サトルがスキルを使えない理由、それは単純にレベルが下がったからだ」


 レベルが下がった。そう言えば、異世界ではレベルがあるとかたまに話をしていたな。


「以前はレベル100だったが、今のサトルはレベル10だ」


 十分の一までレベルが下がってしまったのか、それは幻覚や記憶の断片で見た動きを再現できないわけだ。岸野さんのホールドから抜け出せなかったのも納得、皆はレベルが100のままなんだ。


「すべてが無くなったわけではない、レベル10でも一般人よりは強いだろう。一流の格闘家などには負けるがな」

「それって、地区大会では活躍できても全国大会では歯が立たないって感じかな」

「そんなところだ」


 微妙に力の残りカスがあるだけだと判明、不良には勝てたけどグレイウルフ相手にはまったく動けなかった。


「サトルくん、落ち込むことないよ、レベルが下がっただけなら、また一緒にレベリングしよう。異世界ではたくさん助けてもらったんだから、今度は私が助ける」

「そこは私たちと言って欲しいですねヒカリさん、サトルさんに助けていただいたのは、わたくしも一緒ですから、協力は惜しみません」

「はいはーい、あたしもサトッチにたくさん助けられたから協力します!」

「私も同じ、サムのレベルアップに全力協力」


「レベルに関しては女性陣に任せる。それと覚えたスキルや魔法は失ったわけでは無いようだ、使えないのは魔力不足、魔力さえ増やせれば、また使えるようになるだろう」


 確かに、使い方は記憶の断片のおかげでなんとなくわかっている。車があって免許も持っているのに、ガソリンが無いから使えない、そんな感覚だ。


「ふふふ、ふふふ、どうやら僕の出番のようですね」


 金築の丸メガネがキラリと光り、含み笑いを続ける。


 俺はその笑いにとてつもなく嫌な予感がした。悪寒が背中でスピードクライミングするくらいの嫌な予感が。


「ふふふ、こんなこともあろうかと――」


 金築が上着のボタンを外して、ガバっと開いた。


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