第21話『ちょっと違う』
岸野さんに異世界の事を質問しよう。
そう決意して登校してからチャンスを伺っているけど、そのチャンスが一向に訪れる事もなく四時限目になってしまった。
そもそも、思い返してみれば俺から岸野さんに話かけたことなんて一回も無かった。
あの爆発が起きる前は、挨拶するだけがやっとだったんだぞ、そんなチキンハートの俺がどうやって話かければいいんだ。しかも質問の内容を考えるなら、他の人には聞かれたくない。
もんもんとしている内に四時限目が終わりお昼になってしまった。
「お昼だー!!」
昨日も聞いたな、あの叫び。
「サトッチ、今日も天気がいいから屋上で食べようね」
これはチャンスかもしれない。昨日のメンバーで食べるなら、岸野さんに質問をするチャンスが巡ってくるかも、と思ったんだけど。
「ホカッチのお弁当って個性的だね」
「今日は納豆巻きが食べたい気分だったから」
屋上での昼食会は昨日よりもメンバーが一人増えていた。
伊賀野帆影さん。ミステリアスで無口なクラスメート、そのお弁当は竹の皮に包まれた、太巻きサイズの納豆巻きが五本だった。
「微かに竹の香りが付いたご飯が好き、サムも食べる」
「ありがとう」
雰囲気がファンサムのギルドメンバーシャドウさんに似ているからか、苦手意識はないんだけど、話す話題も思付かない。
ただ納豆巻きのお礼を言って会話が終わってしまった。
「この納豆も美味しいですね、これはお醤油が市販の物とは違いますね」
「流石はヨシカ、その通り、醤油専門店で買ったもの、オリジナルブレンドだって」
「専門店ですか、教えてもらっても」
「もちろん、今度一緒に行こう」
「これが竹の香りか、お米も美味しい、やっぱり日本人ならお米だよね」
「だよねヒカッチ、私も帰ってきてから毎食お米食べてるよ」
和気あいあいと盛り上がる女性陣に、質問をする隙が無い。
別にのけ者にされているわけではない、メインは青磁さんのお弁当だけど、伊賀野さんの納豆巻きだけではなく、岸野さんも真帆津さんもそれぞれのお弁当の中で、自慢の一品を分けてくれたり、たわいもない会話を振ってくれている。
とても盛り上がり、楽しい空間、こんな状況で異世界についての質問、無理ムリできるわけがない。やっぱりどうにかして岸野さんと二人になれるタイミングを見つけないと。
そんなタイミングなどくるのだろうか。
お昼を美味しく頂き、何もできないまま教室へ戻ってきてしまった。
ダメだ、名案が浮かばないまま、チャンスと思っていた昼休みも終わってしまう。
「サトルさん、どうかされましたか、今日は朝から難しいお顔をされていますが」
「サトッチ、何か難しいことでも考えてるの」
「ああ、ちょっと岸野さんと二人っきりで話がしたくて――」
「――え、私と」
おい、ちょっと待ってくれ、俺は何を口走った。
悩みすぎて、口からとんでもない言葉が垂れ流されてしまったぞ。
「えっと、何かなサトルくん」
岸野さん、お顔が赤いですよ、そして何やら期待をしているように感じる瞳はいったい。岸野さんが俺の言葉を待ってくれている。今が質問をする絶好のチャンス――。
って、そんなわけあるか、ここは教室で、大きな声で話していたわけじゃないけど、小さな声でもなかった。
すでにクラス中の視線を集めている。
男子からは、妬みや殺気。
女子からは、驚きや好奇心が伝わってくる。
こんな状況で「俺たち異世界に行ったことがあるかな」なんて聞けるわけがない。
「ここではちょっと、どこか人目が無い所で」
「それって」
男子から岸野さんがそんな誘いをOKするわけないだろとあざ笑う視線が飛んでくる。岸野陽花里と言えば、サッカー部のエースも次期生徒会長もこのクラス一番の人気者もことごとくごめんなさいを食らわせた神聖鉄壁の防御力を持っている。
お前のような男が、昼食を一緒にするだけでも許せないのに、告白するなんて無謀以外の何物でもない。せいぜい盛大にフラれろって聞こえる。目は口以上に語るってホントなんですね。
「学園で人目がなく二人きりになれる場所、でしたら体育館裏がラブコメの定番なのです」
すでに昼食をすませ、自分の席にいた自称相棒の金築がアドバイスをくれる。ありがたいがラブコメって言うな、もうこの状況だと後には引けなくなってしまったじゃないか。
ええい、もう押し切るしかない。頼む、幻覚の中の勇ましい俺、どうかチキンの俺に力を貸してくれ。
「じゃあ、放課後にそこでいいかな」
「うん、わかった」
赤い顔ではにかむ岸野さん。これではまるで告白する前の展開みたいじゃないか、俺はただ、異世界について質問をしたいだけなんだけど。
あざ笑っていたいた男子の雰囲気が驚愕に変わる。まさかのOK。
噂が広まるのが早い。そして噂は曲解されるものなのだと初めて実感した。
五時限目の終わりには昼休みに教室にいなかったクラスメートにまで、俺が放課後に岸野さんへ告白すると知れ渡っていた。
一度も告白するなんて言ってないけどね。
この分では六時限目が終わる頃には別のクラスにまで広まっているだろう。岸野さんのファンは多いから。
授業中なのに、やたら俺に視線を向けてくるクラスメートたち、それを自称親友の刻時は盛大なため息であきれを表現して、自称兄弟の盾崎は声を押し殺して笑っていた。
心の中に、早く放課後になってくれと願う自分と、放課後にどう行動すればいいのかと悩む自分がいる。
放課後になってしまった。
「それじゃ、サトルくん先に行って待ってるから」
行動が早い岸野さん。HRが終わると無駄の一切ない動きで、教室から出て行ってしまった。悩んでいた俺は出遅れる。
もう後戻りはできない。
想定とはかなり状況が違うけど、場所は用意されたのだ。勇気を出せ、そこに岸野さんがいるんだぞ、ビビるな、行くんだ体育館裏へ。
俺が席から立ち上がると、同じように複数の男子が立ち上がった。
俺が廊下に出ると、あとに続いて複数の男子が出てくる。
俺が廊下を体育館へ向かい歩き出すと、複数の男子も体育館へと歩き出す。
俺が別のクラスの前を通ると、複数の男子に別のクラスの複数の男子が合流した。
俺が足を止めると、数が増えた複数の男子が足を止める。
「…………」
俺が振り返ると、複数の男子が一斉に目を逸らした。
もしかしなくても体育館裏まで付いてくる気か。俺と岸野さんの話を野次馬でもするつもりなのか、それとも。
「彼らは岸野陽花里に恋慕している集団なのです。告白したのは数人のようですが、結果は知っての通り、ヒカリはこれまで一度も男性との交際経験はありません」
いつの間にか隣に出現した金築が集団の正体を解説してくれた。
知っての通りって知りませんでしたが、それにしても人気があるのは知っていたが、付いてきている男子は三十人を超えていた。
「まったく、昼休みのヒカリの反応で告白すればOKが出ると理解できたのだろう。だから集団で妨害行為にでるつもりだ、もっとも一人では勇気が持てず集団になるような連中の妨害行為だ、集団で体育館裏に集って告白などできない雰囲気にするのがやっとだろうがな」
あんたもいつ現れた刻時さん。壁になるように俺と男子集団の間に立ってくれるのはありがたいけど、それより、告白すればOKが出るって、マジですか。
もう質問から告白に切り替えても、いやいや、そもそもどうして岸野さんたちが、そこまで俺に好意を向けてくれているのかを知りたいんだ。それが判明するまでは告白なんてできるわけがない。
第一、こんな大勢を引き連れては告白どころか質問もできなくなってしまう。
「世話が焼ける兄弟だぜ」
進行方向から盾崎までやってきた。
俺が教室を出た時にはまだ、自分の席に座っていたはず。どうやって先回りしたんだ。
「サトル、ここは俺たちに任せて先に行け」
物語のクライマックス直前に死んでいく仲間が口にしそうなセリフをカッコよく言い切る兄弟盾崎。
人生で一度は言ってみたいセリフではあるが、だが、使う場面がちょっと違うんじゃないかとツッコミたくなる。
盾崎が登場した時点で男子集団は及び腰になっているけど。
とにかく、これで邪魔なく岸野さんの待つ体育館裏へ行ける。
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