第20話『決意の朝だったけど』

 目が覚めてしまった。

 時間を確認すると、いつも起きている時間よりも一時間以上早い。


 昨晩は久しぶりにシャドウさん以外ともファンサムでパーティープレイを楽しめたので、つい夜更かしをしてしまったはず。

 それなのにこんなに早起きをしてしまった。


 窓の外は薄暗い、まだ日の出前だ。

 二度寝をしようとも思わない、完全な目覚め、今日岸野さんに幻覚で見る異世界について尋ねようと決意したので緊張でもしているのだろうか。


 俺はベッドから起き上がり大きく伸びをする。

 体に異常はなし、全身の傷痕もまったく痛まない。


「することがないな」


 こんな時間に目覚めたのは初めてで何をしたものか。


「ちょっと、試してみようかな」


 幻覚の中での俺は影法師のジョブを持っており、影を自在に操っていた。

 電気を点けて。


「モノは試し」


 壁に手で作ったキツネの影を映し出し「動け」と念じてみた。


「ですよね」


 影のキツネはまったく動かなかった。

 幻覚を信じるなんてどうかしていた。こんな事を今日岸野さんに聞こうとしていたなんて、急に恥ずかしくなってきたじゃないか。


 そもそも幻覚の中での自分は、支配領域にある影を踏んだ人物は全て探知するほどの能力を持っていたと思う、多分。最終決戦らしき戦いでは悪魔王の弱点だって看破していたような、気がする。


「場面が途切れとぎれで、時系列もメチャメチャだから、いまいち影法師のスキルが把握しきれないんだよな、現に気配なんて探知もできない……あれ、一階で寝ている母さんかな、探知できているような、それに庭にも誰か、二人いる?」


 俺の家は木造二階建ての庭付き一軒家。それだけ聞くと聞こえはいいかもしれないが、築五十年以上で、ちょっと強い雨が降れば雨漏りするくらいには痛みがある。

 庭だって、そんなに広くはない。

 せいぜい物干し竿が二本使える程度の広さだ。その庭に侵入者なのか、金目の物が無いって一目でわかるだろうに。


 二人の人物は、庭にしゃがみこんで作業をしているようだ。いったい何をしているのか、ここは二階、侵入者はちょうど窓から覗ける位置にいるようなので恐る恐る覗いて見ると、そこにいたのは。


「岸野さん、それに青磁さん」


 あまりの予想外の人物に、思わず声が出てしまった。

 声が聞こえた二人が、ガバッて効果音が聞こえるぐらいの勢いでこちらへ振り返って唖然とした。


「あ、えっと、そのー、早起きなんだねサトルくん、おはよう」

「本日はお日柄もよく、えーとですね、ごきげんよう。サトルさん」


 ものすごく気まずそうに朝の挨拶をしてくる二人、ああ、これは夢か幻覚だ、実は俺まだ朝の目覚めを迎えていなかったのか。


 もう思考が動きません。

 なんで、憧れの女の子が、俺の家の庭でこそこそしているのか、まったく理解ができません。

 それでも一応、挨拶されたのだから、挨拶を返そうとしたら。


「まぶし――」


 ちょうど朝日が庭に差し込むと、岸野さんたちの足元から強烈な光が放たれ、目が開けられなくなる。その時間は数秒だったと思うけど、再び目を開けてみれば庭には誰もいなくなっていた。


「やっぱり幻覚だったか」


 どうしよう。今まで見た幻覚の中で一番現実味がない、俺の仮説では教室で爆発に巻き込まれた後、異世界に飛ばされて記憶を失って帰ってきた。これまでたまに見る幻覚は失った記憶の残滓ではないか、そう考えていた。そして岸野さんたち数人は記憶を残している。

 だからこそ、今日思い切って質問しようと思っていたのに。


 今回はまったく異世界と関係無かった。やっぱりただの幻覚だったのか、ものすごく決意が揺らぐ。


「質問するのやめようかな」








 質問するべきか、しないべきか。

 答えが出ない。

 考えを整理しようと、一週間のルーティーンを破り、缶コーヒー微糖を買って日時計公園へとやってきた。


 すると、いつも座っているベンチに先客がいた。


「サトルくん!?」

「サトルさん!?」


 今度は幻覚じゃないよね。

 俺も驚いたけど、彼女たちも驚いている。


「えっと、おはよう二人とも」

「お、おはようサトルくん、ここで缶コーヒーを飲むのって、一週間に一回じゃなかったの」


 強引に缶コーヒーの話題を振ってきたように感じたけど、もしかして今朝見た二人は幻覚じゃなくて、本当に俺の家の庭に来ていたり、なんて、そんなわけないよな、二人が俺の家の庭に来てこそこそする理由なんてない。


「いつもはそうなんだけど、昨日は出費が少なかったから、考えたいこともあったし」

「そうなんだ」

「二人こそどうして、ここに」

「ヨシカにサトルくんがここで缶コーヒーを飲んでるって教えたら、やってみたいって」

「はい、サトルさんの好みをどうしても知りたく、大切な場所に勝手に来てしまい申し訳ありません」

「いやいや、謝る必要はまったくないから」


 この公園は別に俺の物じゃないから、そんなに深く頭を下げないでください。

 しかし、すでに缶コーヒーは買ってしまっている。いつものベンチには二人がいるから、どこか別の場所で飲もう。


「どこに行くのサトルくん」

「いや、向こうのベンチで飲もうかと」

「そんなことする必要ないよ、昨日みたいにここで一緒に飲もう」


 昨日は二人だったから距離を取って座れたけど、今日は三人いる。公園のベンチは長いと言っても三人が座れば距離の間隔は狭くなってしまう。


「ほらサトルくん」

「こちらにどうぞ、サトルさん」


 だがしかし、この俺が、学園トップレベルの美少女二人のお誘いを断る勇気など持っているわけもなく、誘導されるがままに、二人の間に腰を下ろしてしまった。

 右を見れば岸野さん。


「今日くらいの気温が一番すごしやすいね」

「そうだね」


 左を見れば青磁さん。


「今日もお弁当を作ってきました。また屋上で食べましょう」

「そうだね」


 俺は「そうだね」しか言えなくなってしまった。

 岸野さんたちと一緒にいられるのは嬉しい、嬉しいのだが、ここに来た目的、異世界に付いて質問するかどうかを考えることなど、できるわけが無かった。


 その後はチビチビと缶コーヒーを飲み、登校時間になったので三人で並んで登校。

 もちろんなのか、俺のポジションは変わらず中央のままで左右を美少女に挟まれている。


 公園を出てすぐ緊張で固まると思ったら、何故だろうか三人で歩くことにまったく緊張しなかった。これは間違いなく異世界の幻覚の影響だ。


 幻覚の中での俺は岸野さんや青磁さん達と旅をして、三人で歩くなどよくしていた。それを体が覚えているので緊張しないのだろう。


 体が、いや心が間違いなく喜びを感じている。この心を失いたくはない。

 やっぱり、質問しよう。異世界のことを。

 そう決意して校門を通ると、昨日以上の鋭い視線の雨にさらされた。


 ああ、そうだった。この二人はトップクラスの美少女であり、人気もトップクラスであったのだ。そんな二人を両側に侍らしているように見えてしまう状態に恐怖した。


 休み時間や放課後に襲撃されないか心配だ。

 そして、異世界の事を質問するなら、日時計公園でやっておけばよかったと、今さらながらに気が付き落ち込んだ。


「どうしたの急に俯いて、心配事、相談なら何でも話して」


 異世界の事を聞きたいけど、ここでは人が多すぎて聞けない。本当にさっき聞いておけばよかった。


「自分のバカさ加減がいやになる」

「サトルさんはバカじゃありませんよ」


 青磁さん、否定してくれるのは嬉しいですけど、そんなに体を寄せないで、気が付いていないようだけど、あなたの立派な果実が俺の肘にあたっています。


 落ち込む俺を親身になって励ます二人、この光景が他者からどう見えるかは、考えるのをやめた。


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