第19話『聖女ヨシカⅣ』

 サトルは悪魔の爪の杭を大きく振りかぶり、重なり合っている十二の影に全魔力を乗せ突き刺した。


「スキル『幻影転写げんえいてんしゃ』」


 魔力が目に見えて杭に吸い取られていく、たった数秒で大量の汗が吹き出し、サトルの目の下にははっきりとしたクマが浮かんだ。


 サトルの魔力が杭から流れ、影を伝わり、動けない宮廷魔法使い達に流れ込む。それを見届け杭から手を放すと、魔力を失いふらつく、倒れそうになるがギリギリのところで踏みとどまった。


「サトルくん!」


 ヒカリが心配してサトルの名を呼ぶ、ヨシカも猿轡をされていなければ叫んでいた。


「大丈夫、スキルは成功したみたいだから」

「そっちじゃないよ、いや、そっちも心配したけど」

「俺の体も大丈夫だって、ほら」


 取り出した魔力回復ポーションを一気飲みすると、ふらついていたサトルの足に力が戻る。


「何をした、貴様はワシに何をにをしたのだ!!」

「慌てなくても、今から説明しますよ」


 護衛騎士が全員戦意を失い動けない貴族たちと、影縫いで縛り付けられている宮廷魔法使いたち、もうこの場にサトルの行動を邪魔できる者はいない。


「今、俺が使ったスキルは影法師専用のスキル『幻影転写』です。覚えるのに苦労しました。素材集めのグレートデーモン狩りがレベルアップに繋がって一石二鳥でしたよ」


 レベルが上がったのはヒカリだけではない、始めは影を動かすことしかできずバカにされていた影法師のジョブもレベルが上がるにつれて隠された実力を発揮してくれた。


「このスキルは影を通して、対象の相手にジョブをコピーすることができるんです。まだ使い慣れていないので、道具の補助が必要だったんですけどね」


 悪魔系の素材は闇や影のスキルをブーストする効果を持つ物が多い。一発勝負で絶対に失敗できないため、現状で手に入る最高の素材を用意した。


「ジョブのコピーだと、ま、まさか」

「気が付きました。ここに第一王女殿下よりお借りした。ジョブ鑑定の宝珠があります。岸野さん」

「了解」


 サトルから宝珠を受け取ったヒカリは筆頭のジョブを鑑定、結果を他の宮廷魔法使いや貴族に見えるよう光の魔法で儀式の間の空間に拡大投影してみせた。


 そこには筆頭のジョブ鑑定結果『魔法使い』の後ろにはっきりとセカンドジョブとして『聖女』が表示されていた。


「この幻影転写には欠点もあって、コピーしたジョブに関しては育てることができないんです。つまりいくら頑張って経験値を稼いでも初級のスキルしか使えません。だけど――」


 ここで言葉を区切ったサトルがまっすぐに筆頭を見る。


「――生贄の代りは十分に務まりますよね」


 影縫いに使っていた漆黒の刀を地面から引き抜きヨシカを拘束している鎖を切断する。しかし鎖の聖女を捕縛する機能は失われておらず、聖女であるヨシカを再び縛り上げようとするが、サトルは刀の峰で筆頭の方へと打ち返した。


「バカなッ!!」


 鎖はあくまでも魔道具、効果は一番近くにいる聖女を縛り、魔法陣の中央へと連行すること。


「ヨシカ、そこにいると危ないからこっちに」


 解放されたヨシカを抱き上げ、サトルは魔法陣の中央から退く。


「放せ、放さぬか!!」


 絡め捕られた筆頭は、儀式の間を引きずられ、先程までヨシカの居た位置に固定された。


「代われるなら代わってくれるんですよね。だから代りをよろしくお願いします」

「待て、こんなことをして、貴様らはタダではすまんぞ」

「それは大丈夫です。第一王女にお願いして国王にお伺いしたところ、本人が望むなら交代も止む無しと」

「ありえん、国王がワシよりも異世界人を選ぶだと」

「そうだ、国王の名をかたるとは信じられない無礼者だ」


 筆頭だけでなく他の宮廷魔法使いたちも騒ぎ出した。


「あれ、知らなかったんですか、四日ほど前に、勇者があなたの名前を使って宝物庫から聖剣を持ち出して、たった一日でへし折ったんです」

「そんな話、ワシは聞いておらんぞ」

「建国王の剣とかで、たまたま事態を知ることができた国王が最大レベルの箝口令を敷きましたからね」


 国王が知ることができたのは本当に偶然である。たまたま窓から訓練場を眺めていた国王は、メイドをナンパした勇者が鍛錬場で必殺技を、これまた筆頭の名前を使って持ち出した国宝級の盾を的にして放ったのだ。


 その結果、聖剣は折れ、盾には修復不可能な亀裂を入れた。


 激怒した国王は、気品をかなぐり捨てダッシュで鍛錬場へやってくると、その場の者すべてに箝口令を敷いた。サトルが筆頭を追い込むためここで箝口令の内容を明かす許可を取るのに苦労をした。


 それほど厳重な箝口令をどうしてサトルが知っているのか、それはたまたま鍛錬場にいて、聖剣が折れる瞬間を目撃したからだ。

 そして事後処理の過程でヨシカが囚われていることを知った。


「あの勇者まったく反省していませんよ、聖剣を折っても勇者の剣が戻ってくるまでの繋ぎだって堂々と言ってましたから、国王の前で」


 騒いでいた宮廷魔法使いたちの口が硬直して顔が青くなっていく。


「国王もあの勇者に剣を渡すのは懐疑的ですよ、それでも勇者の剣が必要なら、国宝である聖剣までも破壊させた筆頭殿が代りを務めるなら構わないと」

「なぜだ、なぜこんなことに」


 宝物庫を開けさせる許可など国王や宰相など一部の者にしか許されていない、ここに集った貴族たちの中でも許可を与えられる者は筆頭だけなので、罪を肩代わりさせる相手はいない。


「甘い蜜を吸うために、勇者を甘やかしすぎたからですよ」


 たった一カ月たらずで、向こうの世界では真面目な優等生だった男がずいぶんと欲望の固まりへと進化したものだ。日本にいた頃は仮面をかぶっていただけかもしれないが、クラスメートである以外の接点がなかったサトルにはわからない。


「ああ、ちなみに、聖女のジョブは宮廷魔法使いさん全員にコピーしておきましたので、あの勇者に教えておけば、安心して、あと十一回は剣をへし折りますね」


 青を通り越して真っ白な顔になる宮廷の偉い魔法使い達。

 国王の怒りに触れた勇者が、ヨシカとは別の地下牢に監禁されていることは教えない。


「では、ヨシカの手当てもしたいので失礼します。もう儀式の邪魔はしませんので、お好きに続けてください」


 そう言い残し、サトルは抱きかかえたままのヨシカと近くに戻ってきたヒカリが肩に手を置くのを確認してからスキル影抜けを使い、儀式の間から姿を消すのであった。








 連続影抜けで王都の外までやってきてようやく一息つくサトルたち。


「しばらくは王都に近づかない方がいいな」

「そうだね」


 勇者の剣復活の儀式が続けられたのかは、もうわからないが、代わりの中年オヤジ聖女を大量に用意したのだから後は放置だ。


「ヨシカ、助けるのが遅くなってゴメン、体は問題ないか」

「はい、問題はありません。サトルさん、それに岸野さん、助けていただき本当にありがとうございます」

「どういたしまして」

「友達なんだから助けるのは当たり前だよ」


 ヨシカのお礼を笑顔で受け取る二人、つられてヨシカの表情も笑顔になる。


「ところでサトルくん、一つ聞きたいことがあるんだけど」

「なんでしょう岸野さん」


 落ち着いた所で、何故か岸野さんが怒りのオーラを微かに出しながらサトルに質問をする。


「いつの間に青磁さんのことをヨシカって呼び捨てにするようになったのかな」

「え、いや、いつだったかな」

「私だって未だに岸野さんのままなのに、ずるい」

「ずるいと言われましても、当方といたしましては、持ち帰り時間をかけて精査してみないことには」

「政治家みたいな言い訳しないの」


 青磁と政治をかけたギャグでは流せなかった。


「えっと、冷静に話し合おう」

「サトルくん、私のこともヒカリって呼んで」

「え、呼び捨て」

「ダメなの」

「ダメじゃ、ぜんぜんダメじゃ、ないんだけど、まだ、その心の準備が――あれ、急に体の力が抜けて」

「サトルくん⁉」

「サトルさん⁉」


 ヒカリとヨシカが倒れるサトルをギリギリのところで抱き留めた。その時背中をさわった二人の手には赤い液体が付く。


「これは」


 聖女でありケガの治療をする機会が多いヨシカが正確に異変を察して、サトルのマントを外すと。


「これって、グレートデーモンと戦った時の傷」


 サトルの背中には大きな三本爪で切り裂かれた傷があった。


「すぐに手当てをします」


 スキル幻影転写を使うために必要だった悪魔の杭の素材、それを集めるため、ギリギリまで戦っていたのだ。戦闘終了後、その場で錬金術師に杭へと加工してもらい、そのまま儀式場へと直行して乱入。傷がバレればヒカリに止められるかもと考えたサトルは傷のことを誰にも言わなかった。


「だから、普段はしないマントを装備したんだ」


 幸いにして致命傷ではなかったので、ヨシカの回復魔法で傷はふさがれた。少し跡は残ってしまったが後遺症はないだろう。


「こんな傷を負ってまで、本当にありがとうございます」


 血を流しすぎて意識を失ったサトルを抱きしめるヨシカ、その行為を止めたいけど、苦渋の表情で踏み止まるヒカリ。


「今回だけだからね、ヨシカ」

「どうやら一歩出遅れているようですが、負けませんよ、ヒカリさん」


 サトルとの出会いから始まり、ヨシカにとってライバルであり親友と呼べる存在ができた事件であった。




 補足、王国において勇者の剣は存在自体が抹消され、二度と勇者の剣復活の儀式が執り行われる事はなかった。これに抗議をしたのはたったの一人、勇者だけであったそうだ。


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