第18話『聖女ヨシカⅢ』

「ふざけた奴だ、つまみ出せ」


 首切り包丁を持っていた騎士が動き、サトルを拘束しようとしたが、サトルの足元が膨らんだかと思うと影が伸び騎士を絡めとり床へ縫い付けた。


「影使いだと、貴様はあの落ちこぼれの影法師か」

「はい、その落ちこぼれの影法師です。その影法師が召喚された時に交わした約定の確認にやってまいりました」

「約定の確認だと」


 騎士一人を床に縫い付けられても動じない宮廷魔法使い筆頭、護衛の騎士はまだこの儀式場にもいる。それに一声かければ外の衛兵も駆けつけて来る。筆頭の安全は保障されている。


「筆頭殿、あなたは確か召喚された我々に向かって悪魔王を倒した暁には、召喚されたクラスメート全員を元の世界に帰還させる。そう約束してくださいましたよね。ですが、ここで彼女を殺せば、その約束を破ることになる。この矛盾の説明を願います」


 筆頭は小さく舌打ちをした。


「矛盾などしておらん、ワシは悪魔王を討伐した暁には生き残った召喚者全員を帰還させると約束したのだ。残念ながら討伐途中で命を落としてしまった者たちは対象外となる」

「おかしな事を、約定を交わした時には生き残った者ではなく、全員とはっきりと仰っていましたよ」

「それはそなたの聞き間違いだ。宮廷魔法使い筆頭であるワシが記憶違いなどするはずがない」


 立場が筆頭の方が上なのだから、筆頭が言葉の方が正しい。日本のブラック企業でも同じことを言っていそうなセリフである。


 サトルはこの展開を読んでいたのか、言った言わないの水掛け論はせず。影の中から一つの羊皮紙を取り出し、この場の全員に見えるように掲げた。


「記憶違いは無くても、記録違いはありますね。ここに召喚時に交わした約定を一言一句違わずに残した証文があります。ここにははっきりと召喚者全員を帰還させるとありますが」

「そんな物、貴様が作った偽物であろう」

「ほう、これを偽物と仰いますか、ではこの証文を記した人物のサインと印も全て、筆頭殿は偽物だと言われるのですね」


 この世界の証文には、証文を書く筆者、文章の内容を確認する証人、そして筆者が清廉潔白の人物であると保証する保証人、三人のサインと印がある。


 筆頭ははなから偽物だと決めつけていたのでサインと印を確認しなかったが、他の宮廷魔法使いたちがざわめき出し筆頭の言葉を訂正する。


「筆頭は勘違いされただけだ、その証文は偽物などではない」

「貴様、何を言い出す」

「筆頭、サインをご確認ください」

「なんだと、確認するまでもないだろう、な、まさか王女殿下のサインなのか」


 上流貴族にして宮廷魔法使い筆頭。そんな人物が自国の第一王女のサインを見間違うはずがない。保証人には召喚の儀に立ち会った文官の名があり、そしてなにより、王女が清廉潔白であると保証する人物の名前が、国王であったのだ。


「もう一度確認しますが、この証文を偽物だと言われるのですね」

「それこそ、そなたの聞き間違いだ、勘違いが起きただけだ」


 聞き間違いの勘違い。意味が分からない。


「では、約定を守ってくださると、彼女をすぐに解放してください」


 ヨシカの目に歓喜が浮かぶ、これで助かるのだと、だが、筆頭が彼女を解放することはなかった。


「確かに約定は守らねばならん、しかし、状況が変わったのだ。我々には勇者の剣が必要である。そして勇者の剣を修復するには聖女の生贄は絶対だ、申し訳ないが今回の儀式は例外として扱わせてもらう」


 開き直る筆頭、証文が本物であると認めても儀式を押し切るつもりのようだ。


 サトルの眉がわずかに吊り上がった。


 ここで解放するならよし、もし解放しないなら手加減はしない。そう語っているようにヨシカには見えた。この時のサトルは知らなかったが、この世界で死んだ召喚者の魂は肉体を失えば召喚陣に保管され帰還の時を待つことになっていたが、魂が儀式に使われてしまえば消滅してしまい、本当の意味での死を迎える。


「随分と簡単に捻じ曲げますね。この分ならいずれ例外のオンパレードになりそうだ」

「そんなことはない、勇者の剣は特別なのだ、彼女も勇者パーティーの一員だった、その責任は取ってもらう」

「だったら、その責任は剣を折った勇者に取らせろ」

「勇者は悪魔王討伐に欠かせない貴重な存在、些細なことで失うわけにはいかない」


 勇者の活躍を水増し誇張して喧伝。集まる支持と名誉にさぞ甘い汁を吸っている勇者派の貴族たちには、さぞ貴重な存在であろう。


「ヨシカは何度も今の勇者パーティーではうまくいかないから、パーティー変更を願い出ていたとの記録も残っているが、この訴えは検討もされることなく即日破棄されていた。だけど、訴えの通りうまく行かずに剣が折れた。パーティーの責任と言うなら、そのパーティーを選んだ人物やこの訴えを破棄させた人物が負うべきではないか」

「そうだな、責任者にも後日責任をとらせよう。そしてこれからは召喚者たちからの訴えを聞く専門の部署も作る。パーティーに付いても再編成を考えよう」


 サトルの記憶では、責任者はここにいる宮廷魔法使い筆頭だったはず。しかし、今の口ぶりでは、この瞬間にも責任者が挿げ替えられているのだろう。


「悪魔王の脅威が迫っているのだ、儀式の中止はありえない、いかに貴様が狡賢く足掻こうとも結果は変わらん、そろそろ、分かってくれないか」

「分かりたくもないな、あのバカ勇者に剣を渡しても半月もせずにまた折るんじゃないんですか、そうしたらどうするんです。もう聖女はいませんよ」

「そうなれば、また異世界より聖女を召喚するまで」


 今の言葉を筆頭は理解しているのだろうか、生贄にするために異世界より聖女を召喚する。つまり筆頭は最初から異世界からの召喚者の命などなんとも思っていないと宣言したのと同じだ。


「穏便に済ますのはやっぱり無理だったか、だったら、もう遊びは終わりにしようか」

「何か言ったかね」

「わざわざ召喚で呼ばなくても、この世界の人が聖女になればいいじゃないですか」

「ふん、分かっておらんな、勇者や聖女のような強力なジョブは異世界を渡った影響で強化された人間にしか宿らんのだ、ワシも代われるものなら代わってやりたいがの、こればかりはしかたがないこと、いい加減に諦めろ若造」

「確かに聞いたぞ、今度は聞き間違いだとは言わせない」

「なんだと」

「代われるものなら代わってやる。筆頭殿ははっきりと言ったな」

「確かに言ったが、それがどうした」

「だったら代わってもらおうじゃないか、岸野さん!」

「ようやく出番だね!」


 サトルの影の中より白銀の女騎士が飛び出してきた。

 白銀の騎士、岸野陽花里は右腕を掲げて光属性魔法を唱える。


「ライトボール十二連弾」


 ライトボールとは、魔力があるなら一般人でも使える生活光源魔法ライトをボール状に飛ばす魔法。攻撃力は一切なく、洞窟内の探索などで松明代わりに用いられる魔法。


 それが十二個、連続で放ち十二人いる宮廷魔法使いたちそれぞれの背後で止まる。

 ライトボールの光により作られた宮廷魔法使いたちの影が伸び、ヒカリは光源を操作し十二個の影がヨシカの傍で一つに重なった。

 そこに、マントと同じ漆黒の刀を抜いたサトルが、重なった中心に刀を突き刺す。


「スキル『影縫い』」

「なんだこれは」

「動けんぞ!」


 同様する宮廷魔法使いたち。

 影法師のスキル影縫い。影の力が宿った刃物や針で対象人物の影を差すと、影の持ち主の動きを封じる技である。


「影法師、何をするつもりだ」

「言っただろ、代わってもらうって。ヨシカ、悪いけど髪の毛を数本もらうね」


 ヨシカは動かせる首だけで同意を示した。


「ありがとう。ごめん」


 サトルは謝り、ナイフで数本の髪を切り取り、マントの下から取り出した禍々しい杭に縛り付けた。


「説明しましょう。この杭は上位悪魔獣グレートデーモンの左腕の爪二十四本を錬金術で融合させた物、闇や影のスキルを大幅にブーストしてくれる機能を持っています。いやー、集めるのに苦労した」


 それはそうであろう。グレートデーモンの力は強力で、数匹揃えば小国を落とせる力を持っている。そしてグレートデーモンの爪の数は三本、つまり二十四本もの爪を集めるためには、最低でも八体は倒さなければならない。


 どのように倒したのかはわからないが、もし仲間がサトルとヒカリだけならば、たった二人で小国の軍事力以上の力を持つことになる。


「サトルくんの邪魔はさせない」


 ようやく護衛の騎士たちが動き出そうとしたが、ヒカリが煌々と輝く剣を構え、サトルの邪魔はさせないとけん制する。


 剣を抜きサトルへ近づく護衛騎士の剣を光速の斬撃で砕き、ご丁寧に兜だけを切断する離れ業まで披露するヒカリ。もともと騎士のジョブを持っていたヒカリはサトルと一緒にグレートデーモン狩りをしてレベルが上がり騎士から聖騎士へとランクアップしていた。


 並みの騎士では十数人いても今のヒカリには太刀打ちできない。

 動いた騎士から剣を斬り、鎧を斬り、戦意を刈り取っていく。


「サトルくんの邪魔はさせないって言ったよ」

「貴様ら、この重要な儀式を妨害してタダで済むと思うなよ!!」


 影縫いで身動きが取れない筆頭殿がわめき散らす。


「やだな、儀式の妨害なんてしませんよ、逆に協力します最大限に、絶対に勇者の剣を復活させましょう」


 儀式は止めずにヨシカだけを助け出す。それがサトルの立てたヨシカ救出作戦のコンセプトである。


「もちろん、あのバカ勇者を増長させヨシカを苦しめた宮廷魔法使い様たちには、その代償を支払ってもらいますけど」


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