第17話『聖女ヨシカⅡ』

 ヨシカが拘束されて五日目の夜。

 サトルは再びヨシカのいる地下牢へとやってきた。


「また来てくれたのですね」

「約束だからね、当然だよ」


 昨晩、サトルはヨシカを地下牢から連れ出してはくれなかった。覚えたばかりのスキル「影抜け」では人一人を抱えて移動するには熟練度が足りなかったことと、もう一つはヨシカを追われる身にはさせずにここから出るためである。


 生贄の儀式を潰す。


 ヨシカはサトルの言葉を信じてそれに懸けた。


「サトルさん、ケガをされているのですか」


 挨拶を交わしたヨシカはサトルの腕から血が流れていることに気が付いた。サトル本人も気が付いていなかったらしい。


「あの時か、痛みはそんなに感じないからかすり傷だよ、素材を集めるためにちょっと失敗をしただけ」

「見せてください」


 魔法封じから解放されたヨシカは回復魔法でサトルのケガを瞬時に癒す。


「ありがとう。ポーションなんかより断然気持ちが良い」

「どういたしまして」


 ヨシカは地下牢にとどまっているが、もう鎖には繋がれていない、にも関わらず時おり来る見張りが騒がないのは影法師であるサトルのスキル「影映し」で鎖で拘束されているヨシカの映像を空間に映し出していた。明るい場所で観察すればバレる程度の映像だが、薄暗い地下牢では見破れない。


 それでも魔力反応が地下牢から無くなれば逃げたことがバレてしまうので、しかたがなくヨシカは地下牢に留まっている。


「そうだ、今日はコレを持ってきたんだ。昨日は慌てて気が回らなかった」


 サトルは影の中から木製の深皿に入ったお粥を取り出した。


「ここにくる直前に完成させたから、まだ出来立て、熱いから気を付けてね」


 五日ぶりの食事。いくらレベルが上がり空腹にも耐えられるようになったとしても、空腹は空腹である。


 サトルの言う通り、まだ湯気が立っているお粥からは食欲をそそる匂いが、ヨシカは一緒に渡された木のスプーンですくうと冷ますのも忘れ口に入れた。


「アツッ」


 舌を火傷する熱さ、でも美味しい。

 薄い塩味、喉を焼く熱さ、口と喉の火傷は回復魔法で直してヨシカはひたすらに食事を続けた。

 心までもが温まる。昨日に続いてまた涙が出てしまった。


「ごめん、不味かった、料理ってあんまりしたことがなくて、お粥ぐらいなら失敗しないと思ったんだけど」


 泣いた理由を不味かったと勘違いされてしまった。


「いいえ、違います。あまりにも美味しくて、これはサトルさんが作ってくれたのですね」

「ああ、空腹の人にはお粥が良いってラノベで読んだことがあったから」

「ラノベ?」

「いや、そこは気にしなくていいよ」


 料理はこちらの世界に飛ばされてくる前から趣味でやっていた。家もお金持ちだったため様々な場所で高級な料理を口にする機会もあった。しかし、今食べたお粥がこれまで食べたどんな料理よりもヨシカには美味しいと感じられた。


「ごちそうさま、とても美味しかったです」

「お粗末様でした」


 用意してくれたお粥をヨシカは余すことなく食べきった。


「サトルさん、わたくしも料理が趣味なんです。サトルさんのお粥にはかないませんが、ここを無事に出られたら、ぜひサトルさんの為に料理を作らせていただけませんか」

「え、俺なんかでいいの⁉」

「サトルさんがいいのです。持てるすべてを使い頑張らせていただきます」


 サトルの為に料理を作る。そう考えるだけでヨシカの全身に生命力が駆け回るようだった。絶対にこんなところで死んでたまるか、必ず生きてここを出る。


「ありがとう青磁さん、楽しみにしてる。その為にも儀式はきっちりと潰さないとね」

「お願いすることしかできないのが心苦しいですが、よろしくお願いします」

「任せて、きっと成功させるから」


 その後サトルは儀式を潰すための計画の概要を説明してくれた。

 明日は素材集めのために、こられないとのことで残念に感じるヨシカだが、自分の為に頑張っているのだとグッと堪え、その代わり。


「それじゃ青磁さん、二日後に俺は儀式の会場に乱入するからその時に」

「あのサトルさん、その、青磁さんではなくわたくしのことはどうか、ヨシカと呼び捨てでお願いします」

「よ、呼び捨て!」

「ダメですか」

「わ、わかった、ヨシカ、次に会うときはきっと君を開放するから」


 そう言い残してサトルは影の中へと消えていった。




 二日後。

 地下牢へやってきた宮廷魔法使いたちは鎖から抜け出していたヨシカに驚くが、本人がそこにいたため騒ぐことはなく、再び魔封じの鎖でヨシカを拘束し猿轡を噛ますと儀式の間へと連行した。


「これより勇者の剣復活の儀式を執り行う。生贄の聖女を前に」


 緑色に輝く魔法陣、その中央には折れた勇者の剣が置かれており、その横には巨大な首切り包丁をもった筋肉質の騎士が佇んでいた。


 魔法陣を取り囲むのは十二人の宮廷魔法使いたち、その後方には勇者を支援する勇者派閥の貴族たちと護衛の騎士が並ぶ、雰囲気からして宮廷魔法使いの筆頭はそれなりの上流貴族であり、勇者派閥のトップも務めているようだ。


「聖女を生贄にするのは我らも不本意である。しかし悪魔王を倒すため、その身を捧げることは名誉なこと、我らは聖女の献身的な犠牲を永遠に忘れないであろう」


 まるでヨシカが自分で犠牲になることを望んだかのような口ぶりで語る宮廷魔法使い筆頭。永遠に忘れない、本当なのか、今夜にも酒を飲んだら忘れてしまいそうな顔をしている。


 ヨシカが魔法陣の中央に連れてこられると、用意されていた鎖が蛇のように動き、自動でヨシカを縛りあげた。


 この鎖は儀式用に錬金術で作られた魔道具であり聖女のみを拘束する特性を持っている。

 強引に跪かされ、首が首切り包丁を持つ騎士の前に固定される。


「これより勇者の剣復活の儀式を執り行う」


 ヨシカはサトルを信じ抵抗はしない、ただ緩んだ笑みを浮かべる筆頭を睨みつける。

 首切り包丁が振り上げられた、その時。


「ちょっと待ってもらえますか」


 いないはずの第三者の声が響く。

 ありえないはずの乱入者。

 現れたのは漆黒のマントに学園の制服、腰のベルトには刀を下げた少年、夷塚悟が姿を現した。


「なんだお前は、どうやってここへ入った」

「俺は彼女の仲間です。どうやって入ったかって、普通に真っ直ぐに入ってきましたよ」


 真っ直ぐは真っ直ぐでも、影法師であるサトルは真っ直ぐに影の中を進んできのだ。

 約束通りに助けに来てくれた。

 サトルを信じてよかったと、この一週間は泣いてばかりだと思うヨシカであった。


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