第16話『聖女ヨシカⅠ』

 クラス全員が異世界召喚されて間もない頃のこと。

 神殿内にある召喚陣で各自のステータスチェックが行われ、習得したジョブに合わせてパーティー分けが行われた。


 聖女の称号を授かったヨシカは勇者のジョブを獲得した男子率いるグループの所属となった。ヨシカ以外は全員男子。ともに行動するようになった初日の夜から身の危険を感じ始める。


 勇者の称号を得た男子がリーダーシップを発揮しているおかげで、ギリギリのところで危険は回避できていたが、勇者ジョブの男子はクラスの複数の女子から人気があり、ヨシカは他パーティーの女子から目の敵にされた。


 息苦しい。


 パーティー内でもパーティー外でも居場所がない。

 油断すればすぐにでも命を落としそうな世界で、安心して休める場所がない。

 ヨシカは仲間のためではなく、自身を守るためにレベルを上げ、聖女の力を伸ばしていった。しかし、このことがヨシカを地獄へと誘ってしまった。


 一月が経過、強力な聖女の加護を味方につけた勇者パーティーは快進撃を続け、ほめられ、たたえられ、おだてられ、上流貴族に勇者派閥が誕生、少しのミスならもみ消してもらえ、次第に理性的な勇者を演じていた勇者ジョブの男子も欲望を隠すことをしなくなり、ヨシカの体を狙い始める。


「聖女なら勇者に尽くせ」

「日本へ帰るため、戦闘は全力でサポートします」


 本当に身を守るすべが自身の力のみとなった。

 夜は最大の結界を張って寝るヨシカを襲えなかった勇者は、夜の街へと繰り出し、たった一晩でパーティーの軍資金を使い切り、夜遊び酒場で知り合った女性にかっこいい所を見せようと、勇者の必殺技を放ち酒場を崩壊させ、あろうことかクラス全員を召喚した王国から借りていた勇者の剣を折ってしまったのだ。


 軍資金と最大の武器を失った勇者パーティーは本拠地である王都へと帰還してヨシカだけが捕らえられた。

 助けを求めるも勇者パーティーメンバーはヨシカを引き渡せば酒場を崩壊させたことは見逃すと言われ、助ける素振りどころか笑顔で兵隊に連行されるヨシカを見送った。


「ありがとう、君はまさに聖女だった」


 何が聖女だ。

 剣を折ったのは自分ではない、自分は大きなミスなどしていないと必死で訴えるヨシカだが、ヨシカを捉えた兵士、指示を出した宮廷魔法使いたちは取り合ってはくれなかった。

 そして初老に差し掛かり頭部が薄くなりだした宮廷魔法使い筆頭から告げられた言葉に絶望した。


「勘違いをするでない、貴様を捕らえたのは勇者の剣を復活させるためだ」


 意味がわからない。


「破損した勇者の剣を復活させるには複雑な魔法儀式が必要なのだ、そしてその儀式に欠かせない材料、それは聖女の生贄だ」


 逃げられないよう両足を折られ、魔法封じの鎖で雁字搦めにされたヨシカは窓もない地下牢に天上から吊るされた。

 口には自殺防止の猿轡もされている。


「勇者の剣再生の儀式は七日後の新月の日に執り行う」


 三日三晩泣き、見回りの兵士が下卑な笑みで覗く以外は誰も訪れない。


「もったいないな、かわいい顔をして体も最高なのに、どうせ殺すんだろ、今のうちに楽しめないか」

「やめておけ、同じこと言った下級貴族が宮廷魔法使い様に制裁を受けていたぞ」


 レベルが上がり七日程度なら飲まず食わずでも生き長らえるようになってしまった体が恨めしい。

 なぜ自分がこんな目にあっているのか、ただランダムに聖女のジョブを与えられただけなのに。

 初めは鎖が食い込んだ部分が痛かったが、感覚がマヒして痛みも感じなくなってしまった。


 悔しい、そして憎い、悔しい。


 自身の中で認めたくないどす黒い感情が渦巻いていく。


 そして、涙も出なくなった四日目の夜。

 鉄格子の先にある見張りの待機場所から、わずかに差し込む明かりが唯一の光源である地下牢の中で、身動きを封じられたヨシカの影が揺らめいた。


 もはや視覚すらおかしくなってきたと感じたヨシカであったが、それは勘違いであった。本当に影が揺らめき、濃く大きくなっていく。

 影は人一人が通れるほどに拡大したところで、今度は盛り上がり立体になると中から一人の男が這い出してきた。


「はー、何とか通り抜けできた」


 出てきた男にヨシカは見覚えがあった。クラスメートであり、一緒にこの世界に召喚された男子の一人。名前は夷塚悟。挨拶程度しか会話したことのない異性である。


「ごめん、遅くなった青磁さんの居場所を見つけるまでに時間が掛かった」


 どうして彼が謝罪をするのかヨシカにはわからない。


 彼はヨシカを裏切ったパーティーのメンバーではない。


「見張りに見つかると面倒だから音は出さないでね」


 取り出した刀身が真っ黒な刀、居合の構えを取り集中力を高め抜き放つ。


影真陰流かげしんかげりゅう抜刀ばっとう斬鉄ざんてつ


 繰り出された斬撃はヨシカを拘束していた全ての鎖を切断、重力に従い落下するヨシカの体をサトルは優しく、されど力強く受け止めてくれた。

 久しぶりに感じる人の温もり、人とはこんなにも暖かい存在だったのかとヨシカは思う。


 頬に食い込むほど硬く付けられていた猿轡も外してもらい、ヨシカを縛り付けていた全てが無くなる。


「口の中も切れていて、しみるかもしれないけど頑張って飲んで」


 サトルが取り出したのは回復ポーション、それも値段が張る上級ポーションだ。勇者パーティーには上流貴族がサポートしていたので数本は所持していたが、他のパーティーにはよくて中級が一本支給されれば好待遇だったはず。


「遠慮しない、口を開けられる」


 三日も鎖で締め上げられていた腕は青く変色して動かすことができなかった。それを悟ったサトルはポーションの蓋を開けてヨシカの口にゆっくりと注いでくれた。

 すると腕に感覚が戻り、折られた両足が後遺症なく回復する。


 とらわれる前の健康体に戻ったヨシカは抱きしめられたままになっている状態をはっきりと感じられるようにもなってしまった。


 家族以外に異性にここまで密着されるのが初めての経験であるヨシカは、急に恥ずかしくなる。だからと言って、心地よく感じてしまう温もりを手放すことはできずサトルの腕の中で丸くなるのであった。


「あ、ありがとう。助けに来てくれて」

「どういたしまして、青磁さんは覚えていないかもしれないけど、俺はこの世界に来てすぐに君に助けられているんだ。間に合ってよかった」


 ヨシカがサトルを助けた。すぐには思い出せず記憶をあさる。

 こちらの世界に来てすぐの頃。

 助けた男子。


「あの時の」


 思い出した。ジョブ鑑定の後、すぐの事だ、まだパーティーの組み分けもされる前、獲得したジョブに慣れるため鍛錬場で各自が訓練をしていた時、建物の影で一人の男子がスキルの的にさせられていた。


 まだ覚えたてで、殺傷力の強くない技ばかりだったが、それでも的にされた男子は血を流すほどのケガをしていた。たまたま現場を一緒に目撃した岸野陽花里さんと一緒に止めに入り、覚えたての回復魔法で治療をした事があった。


「思い出してくれた」


 それがサトルだった。


「いつか恩を返そうとずっと思っていたんだ。それがこんな形になるなんて想像もしてなかったけど」

「まさか初級の回復魔法一回分のお礼にここまで助けにきてくれるだなんて」


 上級の回復魔法を幾度となく掛けサポートした勇者パーティー全員からは簡単に見捨てられたのに、サトルは見つかれば自身も厳罰の対象になるとわかっていてここまで来てくれた。


 枯れたと思っていた涙が目尻に浮かんでくる。

 ヨシカは黒く染まりかけていた心が洗われ、歓喜によるものか自身も気が付かない内にサトルの腕を強く抱きしめていた。


「このまま、外に連れ出して逃がしてあげたいけど、それだと青磁さんが追われる身になる。だから、反撃しよう。儀式をぶっ壊して堂々とここから解放されよう」

「そんなことが、できるのですか」

「今はまだできない、けど、必ず儀式まで、後四日の内に準備を終わらせるから、俺を信じてほしい」


 サトルは真っすぐにヨシカの目を見て宣言した。


「はい、あなたを信じます」


 これが本当の意味でのヨシカとサトルの出会いであった。

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