第15話『記憶を残す者【青磁芳香】』

 周囲からは青磁豪邸と呼ばれている屋敷、そこが青磁芳香の暮らしている家である。

 家へと帰ったヨシカはケンジに頼まれた結界具にサトルのため全身全霊の祝福をする。異世界の脅威からサトルを守るため、二時間を費やした祝福の魔法。

 持てる魔力を全て注ぎ込んだヨシカは、祝福が終わると全身から汗が噴き出し肩で息をしていた。


「はぁ、はぁ、流石に、疲れました」


 確かな手応えに大満足、祝福を受けた結界具は聖なる光を宿していた。

 全身疲労でこのまま眠ってしまいたいと思ったヨシカだが、今日はまだやらなければいけない事、そしてやりたい事が残っている。

 シャワーを浴びて汗を流すと、今度はキッチンへとやってきた。

 ここでやることは当然料理である。異世界で培った料理スキルを使い、夕食を作りながら父親の帰りを待つ。

 昭和時代の頑固おやじ、それが周囲からのヨシカ父の評判でありヨシカ自身もそうだろうなと感想を持っている。

 幼少の頃より父の言いつけを守り生きてきたヨシカ、学校帰りに寄り道はしてはいけない、漫画など低俗な書物は読んではいけない、ゲームなど目が悪くなるだけ所持など許さない。などなど、etc.etc.……。

 高校に入り幾分緩和されたが、それでもまだまだ禁足事項は多かった。

 命懸けで異世界から帰ってきて、両親がいる有難みが本当に理解できた。家族と会えるだけでうれしい、一緒に食事をする時間など一度失えば一生取り戻せない。

 それは分かっている。

 分かっているが、それでも戦わなければならない。


「今夜は決戦です」


 命の尊さを異世界で学んだ。

 そして、若いときは思いっきり遊ぶべしとも学んだのだ。

 食卓には父の好物ばかりが並ぶ。


「芳香、料理好きは知っていたが、いつの間にこんなに」


 二つ年上で大学生の兄が驚く、いや母親も驚いている。


「愛ゆえにです」

「まあまあ、芳香にもついに良い人ができたのね」

「残念ながらまだですお母様、ですがあの人の心を射止めるためにも、学校帰りの寄り道の許可などをいただくつもりです」

「それで、こんな料理を作ったのか、うまそうだけど、これだけであの頑固親父が許可を出すかね」

「いいえお兄様、これは交渉を行う上でのカードの一つです。本日は決戦、勝利の為にいくつかの勝負札を用意しました。つきましてはお母様、お兄様に援護をお願いしたいのですが」

「私は芳香が寄り道くらいしてもいいと思いますけどね」

「全員で説得に回ったら、かえって意固地になる可能性があるぞ親父の場合」

「そうですね。その可能性も十分に考えられます。では交渉の間、中立の立場を取っていただきたいです」


 援護はかなわなかったが、芳香は母と兄が父親の味方になることは阻止した。

 これで実質、ヨシカと父の一対一の決戦となる。


「こちらは用意周到、あちらは不意打ち、これだけの戦力差があり勝利できなければ決してヒカリさんたちには勝利できません」


 その後、帰宅したヨシカ父が娘の手料理に大いに喜んだが、兄の推察通り、寄り道の許可を求めると態度を一変させた。


「そうですか」


 ヨシカは言葉で攻めるのではなく、父親の前にある夕食だけを素早く片付ける。もちろん捨てるなんて真似はしない、高速の手捌きで四人分の料理が三人分に盛り付けなおされたのだ。

 そして父親の前には、ご飯と焼き魚、生野菜のサラダが出現する。ご丁寧にサラダの種類は食べられなくはないが、父親が苦手とする野菜ばかりだ。苦手を除けば普通の夕食である。しかし、他の三人の前に並べられた食事とは比べ物にならない。


「な⁉」

「それでは、お母様、お兄様、いただきましょう。今宵は私が腕によりをかけました」


 父親の鼻には食欲を刺激するたまらない匂い。


「なあ、芳香よ、お父さんにもおかずを少し」

「お兄様、わたくし今料理の練習をしておりまして、よろしければ明日のお昼のお弁当をわたくしに作らせてはいただけませんか」

「え、ああ、かまわないが、俺を睨まないでくれ親父」


 愛娘のお弁当。それがまさか息子に取られることになるとは、父親は射殺さんばかりの眼力を息子にぶつけている。


「許可をいただけるのでしたら、明日からのお父様のお弁当もお作りしますが」

「ぐむむーならん」


 奥歯をかみ砕きそうなほど口を震わせて言葉を絞り出す。


「そうですか、ではアルバイトを始めてもよろしいですか。できれば料理を学べる喫茶店などが良いのですが」

「ならん! アルバイトなどする必要はない」

「学園で流行っている漫画を買ってみたかったのですが」

「ならん、漫画を読むなど時間の無駄だ」

「では友人たちをこの家に招待してもよろしいでしょうか、ぜひ家族に紹介したい友人たちができました」

「その友人たちとは全員女性か」

「いいえ、半分は男性ですね」

「ならん!! 男をこの家に呼ぶなど絶対に許さん!!」

「お願いします。ぜひ一度会っていたいただきたい人が――」

「ならんっと言っておるだろ!!」


 言葉を最後まで言わせてもらえなかった。


「あなた、会うぐらいいいじゃありませんか」

「おまえは黙っていろ!!」


 母を怒鳴りつける父にカチンと来てしまったヨシカから表情が抜け落ちる。


「では、学園をやめ、この家を出、青磁の名を捨てなければ私には一切の自由がないとお父様は仰りたいのですね。娘は戦略結婚の駒でしかないのだから、余計なことは一切するなと」


 娘の本気のまなざし、大企業の社長でもある父親が思わず慄くほどの強さがあった。

 ヨシカは家族の有難みを思い知らされた。

 家族と再会できた喜びはとてつもない幸福。

 そんな家族に自分が大好きになった友人たちを紹介したい。しかし父親はその友人が男性であると言う理由だけで拒絶する。

 きつい物言いになって父には申し訳ないと思う。しかし、いささか頭が固すぎる。当然、青磁の名前を捨てるつもりなど無いが、会いもしない友人を否定し母を怒鳴りつけたのだ、だったらヨシカも強力なブラフを使う決意をした。


「そこまでは言っておらんだろ」

「では、どこまでなら許されるのですか」


 異世界で鍛え上げられた眼力は父をも怯ませ、ブラフを信じ込ませる。


 娘が家を捨てる。それに比べれば学校帰りに寄り道なんて何でもないことのような感覚になる父親。そこからは一方的な交渉であった。


 今日の夕食は父親の分を用意しなおす。これからできる限り毎日のお弁当を作るなど、父親が喜ぶ条件を提示しながら、学校の帰りの寄り道や部屋でのゲームの許可など、今まで禁止されていた様々なことの許可をもらうことに成功していた。


「妹があの親父を言い含めている」

「愛ゆえによ、あの子も間違いなく青磁家の娘ですね」


 兄は妹の迫力に家を出る宣言を本気で信じたようだが、母親だけは娘のブラフを見抜いていた。


ヨシカ【はじめまして、僧侶のヨシカです。よろしくお願いします】


 自室でのゲームプレイの許可を勝ち取ったヨシカはさっそくケンジから送られてきたファンタスィ・オブ・サムデイⅠをインストールしてサトルたちに合流するのであった。


「サトルさん、あなたは忘れてしまいましたが、今のわたくしがわたくしでいられるのは、あなたのおかげなのですよ」


 ヨシカは異世界にてサトルと一緒に行動することになった切っ掛けの事件を思い出していた。

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