第14話『記憶を残す者【賢者ケンジ】』

 レンサクに情報をもらいケンジは一人でセイジカメラ一号店へとやってきた。

 喫茶店にいたメンバー、ヒカリとホカゲは帰宅、タンガはバイトへ向かった。

 ケンジがここへ一人で来た理由、それは、偶然を装いサトルへ新型パソコンをプレゼントするためである。

 資金面は向こうの世界で十分に稼いだので問題はない。

 問題はどうやってサトルにパソコンを渡すかである。


「流石にお人よしのサトルでも、高額なパソコンを無料で受け取るわけがない」


 家に余っているお古だからと渡す手は最終手段にしたい、保証書などで購入日がばれてしまう恐れがあるし、親友に渡すものを保証無しにしたくもない。


「む、これは」


 悩んでいたケンジの目に留まったのは、豪華パソコンセットのモデルルームである。価格はまとめて780万円。


「いいデザインだ、ヨシカの実家なだけはある」


 買えない金額ではないが、流石に衝動買いで出せるレベルでもない。


「まてよ、確かキャンペーンをしていたな」


 新生活何とかキャンペーンで景品が出る千円につき一枚もらえる福引券。

 ハズレ、ポケットティッシュ。

 六等はホットケーキプレート。

 五等は電子レンジ。

 四等はBLレコーダー。

 三等は多機能扇風機。

 二等はゲーム機本体&ソフト10本セット。

 一等は最新パソコン。


「これだ」


 ケンジは閃いた。


「そこの店員、これをくれ」

「すみません、お客様、これとはどちらの商品でしょうか」


 ケンジが指さす方向にはモデルルームしかないので困惑する店員。


「この空間の全てだ」

「こ、こちらでございますか?」


 高校の制服を着た男子が、この店舗で一番高額な商品を指さしている。いたずらか、金額の読み間違いだと判断しても責められないだろう。

 しかし、ケンジは店員の言葉よりも早く、次の行動に移る。


「支払いはキャッシュだ、会計を急いでくれ」


 厚さ的におかしいだろと店員は叫びかけた。

 制服の内ポケットから銀行の帯が付いた札束が手品の鳩のように出てくる出てくる。そして店員の手に積まれた札束の山、計八束。

 店員はそれを抱えたまま、レジではなくフロアマスターの元へと走っていった。


「会計を急いでくれと言ったのだが」


 動じることのないケンジは腕を組んでその場で待つ。ついでにキャンペーンの詳細も確認。


「お客様、大変失礼をいたしました」


 待つこと数分。

 やってきたのはPCエリアの責任者であるフロアマスターだけではなく、店舗全体を管理している店長までもがやってきた。


「なんだカードの方が良かったか」

「いえ、それには及びません。当店自慢の一品をお買いいただきありがとうございます」


 店長はケンジが何気なしに見せたキャッシュカードの名義の名前を読み、一瞬でケンジの正体が芸能人一家の息子だと見抜いたようだ。ケンジ自身も子役時代に活躍している。顔に覚えがあり高校生が数百万を持ち歩いても不思議ではない人物と判断したのだろう。


「こちらはいつ頃までに配送すればよろしいでしょうか」

「急ぎではない、そちらの都合に任せる」

「かしこまりました」

「ただ――」

「何か」

「あの新年度新生活応援キャンペーンの福引券は今すぐ用意して欲しい」

「――へ?」


 百戦錬磨、様々なお客様に対応した経験を持ち、すぐさまケンジがVIPの一族であると見抜き、会社の看板である大型店舗その第一号店を任せられる店長でも、まさかケンジが福引券欲しさに数百万円の買い物をするとは予想だにしなかった。


 キャンペーンが始まって数週間。

 まだ一等の景品が残っていることは待っている間に確認済み、ケンジの計算では残りの福引券の総数は二万枚弱、そして手に入れた福引券は七千八百枚、一等が当たる確率は三分の一以下、悪い確率ではない、そこにこっそりと賢者スキル『運気上昇』をかけておくつもりなのだ。

 ケンジの中では当選確実。

 レンサクと連絡を取り目的の人物を探してゲームコーナーへ。その後ろを福引券の入った段ボールを抱えた店員と何故か店長とPCコーナーのフロアマスターまでが続く。


 迷いなく最短ルートでやってきたケンジは制服を着た女子と一緒にいる同じ制服の男子の前で足を止めた。


「サトルにサリか奇遇だな、お前たちも買い物か」


 明らかに狙った遭遇、モノ言いたそうな店員をサトルにバレないように一睨み。


「やっほー、クロッチも買い物」

「それ以外でここに来る目的はないだろ」


 ケンジがやってくることを知っていたサリの挨拶は少しぎこちない新人アイドルのような演技だ。サトルが隣にいるので睨むことができない。幸いにしてサトルは気が付いていないようだ。


「まとまった臨時収入が入ったので、部屋の模様替えをしようと思っていてな、あちらのデモルームにまあまあ理想に近い展示があったのでまとめて購入したところだ」


 モデルルームを示すとサトルだけでなくサリまでもが演技ではなく巣の表情で驚いている。


「そうだ、まとめて購入した時に、こんな物をもらったのだが、私には興味のない物だからサトルに譲ろう。有効に使ってくれ」


 目的は完璧に達成された。

 意気揚々とワゴンセールにて百円で売られていたファンタスィ・オブ・サムデイⅠを持っていない仲間全員分を購入、これまた賢者スキル『空間転送』でメンバーの部屋へ転送して帰宅した。


「は、ハズレた、だと」

『腕がとてつもなく痛いのです』

「ええい、この未熟者どもめ、なさけないぞ、なぜ一等を当てなかった!」

『くじ引きで未熟者って言われたの初めてだー』


 今夜のサトルの護衛についたサリとレンサクにケンジが悪態をつく。


「まったく、この埋め合わせに今夜はしっかりとサトルの護衛をするんだぞ」

『わかってるよ、でも、護衛は今夜だけでいいの?』

「明日の朝にはヒカリとヨシカが結界を張るから自宅周辺は安全になる」

『信じないわけではありませんが、念のために、僕特性のガードゴーレムを電柱に擬態させておくのです。これで、僕たちが駆け付けるまでレッドオーガの群れくらいなら抑えられるでしょう』

「ヨシカもサトルを守るために別の結界を張ると言っていった、まったく揃いも揃って過保護なやつらだ」


『『お前もな』』


 呆れてぼやいたケンジは、サリとレンサクに同時にツッコまれ苦笑いを浮かべることしできなかった。


 その後ケンジは、膨大な人脈を持つ姉に頼み込みファンタスィ・オブ・サムデイをプレイしていた知り合いを探してもらい、その中から廃人レベルで賢者プレイヤーのアカウントをゴールドパワーで譲り受けるというゲーマー大ブーイングのリアル課金行為でサトルたちと合流したのである。


クロノス【なるほど、こうやって操作するのか、だいたい理解した。貴様がこのギルドのリーダーか、俺はクロノス。世界最高の賢者をやっている。俺が力を貸す以上グランドストーリー制覇は約束されたぞ】


 ケンジのジョブ賢者には触った物の理解を早める特典があった。その能力をフルに活用し、やった事のないゲームの操作方法を習得したケンジは古参プレーヤーであるかのような演技をする。


 ケンジを芸能界に引き戻したい姉に少々大きな借りを作ってしまった事は、今は考えずに親友と遊ぶことに全力を注ぐ。


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