第11話『記憶を残す者たちⅠ』

 時間は今日の朝まで遡る。

 日時計のある公園の外でサトルとすれ違った伊賀野いがの灯影ほかげは、紫色の光のドームで覆われた日時計公園へと足を踏み入れる。

 何もない空間に亀裂があることを確認すると、複雑な文字が刻みこまれた杭を取りだし地面に突き刺した。

 すると、紫色のドームを包み込む一回り大きい白い光のドームが出現する。

 灯影はスマホを取り出し、動く事を確認すると通話を始めた。


「聞こえるケンジ」

『いささか音が悪いが聞こえているぞ』

「異世界に繋がるゲートを確認、ゲートはそれほど大きくない、これなら通れても小型まで、今、小型三匹が現れた」

『まったく、助けてやった恩を忘れ、私たちの世界にゴミを送り込んでくるとは、この件はいずれ高い代償を支払わせてやる』

「それは賢者のお前に任せる。私は影の仕事をこなすだけ、一度通話を切るぞ殲滅する」


 ゆっくりと通話を切り、慌てることなくスマホをしまう灯影。

 それの数秒後に、亀裂の内側に半透明で見えていた小型の魔物、小柄な緑の体に腰布を巻き特徴的な裂けた口と吊り上った目、手にはボロボロの剣を装備した異世界の魔物ゴブリン三匹がこの世界で実体化した。


「一度だけ勧告だ。ここはお前たちの世界じゃない、大人しく元の世界に帰れば見逃す」


 ゴブリン達は灯影の姿を見て、下卑な笑みを浮かべて襲いかかってきた。


「勧告はしたぞ」


 抜き放った短刀を煌めかせ、姿を消す灯影。

 いや、見失うほどの速さで動いただけ、繰り出した短刀はまばたき一回分の速さでゴブリン三匹の首を斬り落とした。

 スマホを取りだし再びケンジへ電話を掛ける。


「ゴブリン三匹殲滅完了。でもまだゲートが開いたまま、隔離結界を維持したまま監視を続ける」

『ご苦労、代返はしておく』

「気にしない、私はサムの影、こっちに戻ってもそれは変わらない、サムの脅威は私が取り除く」

『一人で背負い込みすぎるなよ、手におえない時は俺たちを呼べ、仲間なのだから』

「もちろんわかっている。仲間がいる嬉しさ、それがサムに教えてもらったこと」


 通話を切った灯影は誰もいない日時計公園で、開いたままになっている異世界に通じるゲートの監視を続けた。




「送られてきたゴミは、ゴブリンが三匹だそうだ」


 通話を終えた刻時賢二ことケンジは灯影の連絡内容をバイクを改造している金築連作ことレンサクと興味深そうにレンサクの作業を眺めている真帆津紗里ことサリに伝える。


「本当にゴミレベルの魔物ですね」

「それくらいなら私たちの世界に押し付けなくても、向こうの冒険者で十分に討伐可能だと思うけど」

「大きなゴミを捨てるためのテストでもしたんだろう」

「それじゃ、クロッチはこれからもっと大型の魔物が送られてくると思う」

「確実に送られてくるだろうな、腹立たしい」

「そのためにも、準備万全で備えるのです」

「これでホントに紫の結界の中でも動けるの」

「俺が確立した魔法理論をレンサクが刻み込んだのだ、例え紫の結界内、一々紫の結界内と言うのも面倒だな、これからは異界と呼称する。異界でも問題ないと断言する。レンサクの組み込み作業が失敗していなければな」

「それは聞き捨てならないのです。僕の作業は完璧です。ケンジの理論が完璧なら異界でも問題なく、いえ特撮ヒーローのバイク並のアクションが可能なのです」

「いったいタテッチのバイクにどんな改造をしたの」

「バカ、サリそれを聞いてはいけない!」

「あっ!? ごめんクロッチ」


 サリは慌てて自分の口をふさぐが、すでに言葉が出た後では意味がない。


「ふふふ、よくぞ聞いてくれましたサリお嬢。流石は僕の相棒の彼女候補、説明させていただきましょう。僕はこのバイクに施した改造は、まず動力をすべて魔導式に切り替えたことです。切り替えたことにより、日本の機械類が法則の違いで正常に働かない異世界と同じ環境に作り換えられてしまう異界内でも支障なく使えるようになります。それはホカゲに渡した魔導方式に改造したスマホでさきほど実証されました。また魔力により出力の大幅アップによる――……」


 延々と続くレンサクの説明。


「おい、サリ」

「だから、ごめんって」

「あいつの彼女候補って言われて喜んでいるだろ」

「え、ええー、そんなこと、ないよー」


 その後、レンサクの説明は朝のチャイムが鳴るまで続けられた。


「もう、こんな時間になっていましたか、あとは昼休みに最終チェックをしてタンガに引き渡すだけです」

「これが無ければ、こいつも親友と呼んでいたかもしれないのに」




「もう昼休みの時間か」


 日時計公園でずっと見張りを続けていたホカゲは、スマホの時間表示を見てそう呟く、本当なら今日の昼休みはヒカリに誘われてサトルと一緒に昼食をとっていたはずなのだ。

 それをこんな形で邪魔されて、とても不愉快である。

 異世界へとつながる亀裂は徐々に薄くなっている。

 このまま順調に進めば、放課後になる前には消えてなくなるだろう。

 ヒカリはホカゲに気を使い今日の昼食会をやめようかとも提案してくれた。でもそれはダメだとホカゲが否定した。


「少しでも刺激を与えて欲しい」


 ケンジの分析ではサトルに記憶が戻る可能性は低いとのこと、それでも、わずかにでも可能性があるのなら、ヒカリたちにはそちら方面で全力を出してほしい。それがホカゲの偽りない願い。


「それにサムに迫る脅威を取り除くのが、サムの影になると決めた私の命題、私の誇り。サムの平和な暮らしは私が守る」


 ホカゲは異世界へ通じる亀裂を睨み付けた。

 ケンジならば腹立たしいと言うであろう。

 あろうことか奴らは、サトル達クラスメート全員を異世界に召喚した連中は、悪魔王を倒した英雄であるはずのサトルを目印にして、自分たちの世界にいる魔物を押し付けてきたのだ。

 賢者であるケンジがそのことを察知してサトルをこの公園から避難させることはできたが、もし、異世界の魔物に襲われれば、一般人に戻ってしまったサトルでは抵抗もできずに殺されてしまう。

 まあ、ヒカリの見立てでは、あちらで鍛えた影響が少しだけど残っていたとのことなので、ゴブリン程度なら返り討ちにできるようだが。


 それでも。


「頭にくる」


 早く消えてくれと願うが、ホカゲの願いとは反対に亀裂が突如広がり、おぞましい気配がこちらの世界に流れ込んできた。

 今度はスマホを取りだし悠長に通話はしない、短く増援要請『一人手伝い欲しい』とだけ送り、出てくるであろう大型魔物に対して有効なトラップを公園中に仕掛けはじめる。


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