第9話『新年度新生活応援キャンペーン』
『最後に大事なことを伝える。この世界での死、召喚陣に魂が保管されてしまうと、この世界での記憶も体得した能力も殆どが失われるから注意しろ』
なんだって幻覚を信じるなら、俺は向こうの世界で死んだってことなのか、そして岸野さんたちの態度を考えると、他の皆は記憶を残して帰ってきた。
「サトッチどうしたのボーッとして」
「いや、ちょっと考え事をしてただけ」
真帆津さんに思い切って聞いてみるか、俺たちは異世界に召喚されて仲良くなったのかって。
「あの真帆津さん」
「なに?」
「い、いせ、いや何でもない」
ダメだ、聞く勇気が持てない。
もしも違っていたら中二発言だ。
でも聞いてみたい。
しかし、違っていたら、俺は明日から学園に通う自信が無い。
どうしたモノかと頭を抱えていると、複数の店頭スタッフを引き連れたクラスメートであり、先程の幻覚の中で賢者ケンジとして登場していた刻時賢二が現れた。
「サトルにサリか奇遇だな、お前たちも買い物か」
両親に祖父母、おまけに姉までもが芸能人の芸能一家の末っ子。小学生までは本人も子役として活動していたらしいが、今は芸能活動はしていないと、クラスメートが噂話をしているのを聞いた。
『私が芸能界をやめた理由だと、ずいぶんと低次元な質問をするのだな、まあ親友の質問だ、くだらない内容でも答えてやるさ』
俺はあの、クラス一の貴族風男子の親友になっていた。あくまでも幻覚の中で。
『友が欲しかった。こいつなら命を預けられる。そんな友、親友が欲しかった。それがまさか訳のわからん異世界に放り出されて手に入るとは、人生とは不思議なモノだ』
今回は短い幻覚だった。兄弟に相棒ときて親友までできていたのか、もし本当に記憶を失っているのだとしたら申し訳ないな。
「やっほー、クロッチも買い物」
「それ以外でここに来る目的はないだろ、まとまった臨時収入が入ったので、部屋の模様替えをしようと思っていてな、あちらのデモルームにまあまあ理想に近い展示があったのでまとめて購入したところだ」
え、あっちのデモルーム、指を差した方角には、あの780万のデモルームしか無かった気がするんだけど、気のせいだ。きっとデモルームなんてたくさん用意されていたに違いない。
「そうだ、まとめて購入した時に、こんな物をもらったのだが、私には興味のない物だからサトルに譲ろう。有効に使ってくれ」
刻時に押し付けられたのは、赤い色の紙の大量の束だった。あまりの多さに持ちきれず真帆津さんにも持ってもらった。
「これって何かの券?」
「ここの新年度新生活応援キャンペーンクジの券だ、期限は残り少ないから早めに引いておくことだ」
えっと、券の裏にキャンペーンクジの説明があった。使用できるのはここ一号店だけで、一階の特設スペースでクジを引ける。この券はお会計千円ごとに一枚貰える券だと!!
「千円で一枚貰える券」
ここには何枚ある。おそらく帯で括られている束が百枚だよな、その束が、ざっと目算しただけで五十束超えています。俺の予想が正しければ七十八束あるのではないでしょうか。
マジか、マジであの理想を追い求めてデバフを掛けるためのデモルームを丸ごと購入したのか。
「ではここで、この後急ぎの用事があるので失礼する」
あまりの衝撃に俺も真帆津さんも金築が帰ってくるまで動くことができなかった。
「お待たせしました。やっと購入することができました。これレジでもらったキャンペーンのクジ十枚ですが、ルトサにあげます」
おい金築、この大量のクジの束を見て何とも思わないのか、平然と束の上に十枚のクジを乗せるんじゃねー。
その後キャンペーンの特設ステージの横で、クジを引くのではなく、クジの入ったボックスを受け取り(7810枚分)、ひたすらに三角に畳まれたクジを開く作業をした。あまりの多さに真帆津さんと金築も手伝ってくれたが、全部の確認が終わるまで一時間以上かかってしまった。
「二人ともありがとう」
「腕が痛いのです」
「だらしないよレンサッチ、このくらいで」
「僕は職人です。戦闘職のいかれた体力と一緒にしないで欲しいのです」
もう現実ではあてはまらない会話を繰り広げているが、幻覚を信じるなら納得できる二人の会話、この二人を含め、俺に優しくしてくれる岸野さんや青磁さん、そして盾崎など異世界のことを明確な言葉にはしていないけど、隠す気もないようす。まるで俺が記憶を取り戻せるようにと促している気さえする。
このままではダメだな、明日ちゃんと聞いてみよう。
あの教室での爆発の後に何が起きたのかを。
勇気を持つんだ。例え幻だったとしても、幻覚の中での俺は勇気を持っていた。あの勇気の十分の一でも持つことができたら人生が変わる。そんな予感がした。
そう言えば、八人パーティーって言っていたけど、岸野さん、青磁さん、真帆津さん、盾崎、金築、刻時と幻覚には俺を含めて七人しか登場していない、残る一人は誰なんだろう。
『あなたの背中は必ず私が守るから』
「あれ」
空耳なのか、今、やけにリアルに伊賀野さんの声が聞こえた気がしたけど、辺りを見回しても姿は見えない。
「サトッチ、どうしたの」
「いや、気のせいみたい、それよりホントに家までくるの」
「この大量の景品、一人じゃもてないでしょ、だいじょーぶ、私はこれでもサトッチのおかげで前衛に転職したんだから」
「お、おお」
ちなみにクジの結果は、一番良い当たりくじは三等の多機能扇風機、他にも四等のブルーレイレコーダーや五等、六等と複数当たり、外れのポケットティッシュは百個だけもらって残りは辞退、この百個だっていつ使い切れるかわからないけど、これは確実に母さんも喜ぶ景品だ。
「扇風機が当たってよかった、俺の部屋のエアコンが壊れていたから、どうしようか悩んでたんだ。これで今年の夏は乗り切れる」
「熱中症で倒れないでよ」
明日、必ず質問をするできれば一番最初は岸野さんに聞きたい、そう心に誓って俺は大量の景品を抱えて家路についた。
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