第8話『刻の賢者ケンジ』
久しぶりに思いっきりゲームセンターを楽しみ、いつの間にか二時間も経過していた。
「たった百円で二時間も遊んでしまった」
「僕とルトサがコンビプレイをしたのですから、このくらい当然の結果です」
金築はもう一度プレイしようと誘ってきたけど、腕が疲れたので断った。
「話は変わりますが、ルトサはまだファンサムⅠをやっているのですか」
「よく知ってるな」
今さっきみた幻覚の続きみたいだ。
「サービス終了まで続けるつもりですか」
「どうしても終わる前にグランドストーリーをクリアしたいんだ」
「変わりませんね、安心しました」
安心とはいったい、金築はスマホを取りだしどこかにメッセージを送る。返事は三秒とかからず返ってきて、一読すると俺の腕を掴んだ。
なんだろう、今は絶対に帰さないって雰囲気を醸し出している。
「でしたらつき合って欲しい場所があるのです、はい決まりなのです」
「強引なヤツだな」
俺が了承する暇もなく、引きずられるようにゲームセンターを出てしかたがなく金築に付いていく。
やってきたのは駅前にあるテレビCMでもお馴染みの大型家電量販店、十二階建てのビル全てが売り場のセイジカメラ一号店。全国主要都市には全て出店している園児でも知っている日本最大の店。
その七階にあるPCゲームコーナーの新作スペースが金築の目的地だそうだ。
途中のパソコン販売コーナーには、大きな販売スペースにデモルームが作られており、理想の空間と名を掲げた。最新鋭パソコン、最高級スピーカー、パソコン机、椅子、メインモニターに沢山のサブモニターがその他理解不明な機材がセット780万円で売られていた。
「こんなの誰が買うんだ」
「チ、チ、チ、あまいよサトッチ、あれは売るために作られたデモルームじゃないよ。あれはお客に感覚にマヒのデバフをかけるために作られたデモルームなんだな」
「真帆津さん、部活じゃなかったの」
背後から真帆津紗里が現れた。
「部活が終わったからダッシュで飛んできた、嬉しくてつい全力出しちゃった」
何故ダッシュで飛んできた。
肩が上下して、呼吸も少し荒くなっているから全力ダッシュしてきたのはホントの事のようだ。本当に何故ダッシュでやってきた。
「オホン、オホン、マホツサリさん、お客にデバフとはどう言う意味ですか」
金築、無理やり話題を戻そうとしてないか、わざとらしい咳払いに質問がやや棒読みだぞ。
「知らないの、ならあたしが教えてあげるよ、えっと、最初にお客に店最大の商品にして最大の値段を見せることにより、それ以外を安く感じるように感覚を狂わせているからで、あってるよね」
何かぎこちない言い回しだな。
「そして!」
ビシっと反対側の棚に陳列されている普通のPCを指差した。
「あの780万円の値札を見た後では、20万円のPCがとても安く感じない?」
「確かに、安く感じる」
前にもこんな会話をしたことがあるような気がする。
『見て見てサトッチ、あの魔法の杖、キラキラしててとってもキレイだよ、ゲ、780万エードって信じられないくらい高い、あ、でも隣の20万エードの杖ならギリギリ予算内で買えるよ、よかった安い杖があって』
『待つのですマホツサリ、君はすでに感覚のデバフに掛かっているのです。性能重視で考えれば宝飾品の飾りなど必要なし、5万エードで十分な杖を買えます』
エードとはこの世界の通貨単位の一つ、だいたい1エードが日本円で十円くらいらしい。
『た、確かに、最初は5万エードでも高いって思ってたのに、これが感覚デバフ、恐るべし』
サリは単純すぎないか、一人で買い物に行かせるのが心配になる。大金を持ち歩いた経験が無いって言っていたし、それは俺もだけど。
『元の世界でも同じ手法で販売している店は多いのです。と言うか、これは販売する上での当たり前のテクニックなのです』
『そうだったんだ』
『そうだったんだ』
俺とサリの言葉が重なった。
『まったく、僕がいないとダメダメです。いいですかあちらに戻ったら、大きい買い物をするときは必ず僕に一声かけてくださいね』
なるほど、この時聞いたセリフをなぞったから真帆津さんのセリフがぎこちなかったのか。
「PCコーナーは今は関係ありません。僕の目的地はあちらです」
やってきました新作PCゲームコーナー。
「いつもはネットショッピング派の僕ですが、たまには店頭販売で買うのもいいかと思いつきまして、実行してみたのです」
そう言って手に取ったのは『ファンタスィ・オブ・サムデイⅢ-いつかの幻想-』であった。
「DL版は楽ですが、気に入ったゲームはパッケージ版を買うのが僕の心情なのです」
「もう発売されてたのか」
「今日が発売日なのです。I時代は予約無しには買えなかった物ですが、DL版があるおかげで店頭でも簡単に買えるのです。ルトサは買わないのですか」
「俺のパソコンじゃスペック不足で動かない、Ⅱもそれが理由でやっていなかったし」
「なるほど」
また素早くスマホでメッセージを送ったけど、俺には関係の無い事だよね。会話のすぐ後にメッセージを送るから、俺の情報を送っているように見えてしまうけど、今の会話のどこにも他人に流して意味のある中味なんて無かった。
ふと視線にワゴンセールが入ってきた。古くなった売れ残りのゲームを格安で売っているみたいだ、ちらりと覗いたら、俺が今でも遊んでいるファンサムⅠが百円で売られていた。そりゃあと一カ月でサービスが終了ともなるとこの値段にもなるよな。
ちょっと悲しい。
「それでは、僕はこのソフトを買ってくるので、二人はしばらくここで待っていてください。いいですか、ここで待っていてください」
「うん、わかってるよ!」
やけにここでを強調したな、それを真帆津さんは疑問も抱かずに了承している。
「真帆津さんって金築と仲良かったの」
「え、そう見える。まあサトッチを100としたら、70~80くらいの仲だから、異性としてはけっこう仲のいい方になるのか、でも、サトッチがいなかったら多分、挨拶以外の会話はしていなかったと思う」
俺はいつの間にか真帆津さんから信頼度100を得ていたらしい。加えて、一切記憶にないけど二人の間の仲介までしていたのか。
もうここまでくると、頻繁に見るようになった幻覚を信じるしかなくなってくる。
だが、本当に一切の記憶がない。
岸野さんたちが優しく接してくれるのは嬉しい、でも、どうして優しくしてくれるのか、知り合った切っ掛け、仲良くなった理由がわからないと薄氷の上にいるようで、いつまた挨拶だけの関係に戻るのではないかと不安が襲ってきた。
お昼を一緒にできて幸せだった。でもこの幸せはいつまで続くのか、もしかしたら今日だけの特別なのか。
仲良くなれた理由もわからないことに、今更ながら怖くなってきた。
俺の不安に反応したのか、幻覚が脈絡もなくスタートされた。
『この世界で私たちが死ぬことはありません』
俺たちパーティーのブレーンである四角いメガネの賢者ケンジが衝撃の事実を口にした。あまりの事実にケンジ以外のパーティーメンバー七人全員が驚く。
『ホントかよケンジ、つまり俺たちはこの世界にいる間は無敵ってことか』
『早合点をするなタンガ、私は死ぬ事は無いと言っただけで無敵になったとは一言も口にしていない』
懐から取り出したチョークをタンガの額に命中させる。あのチョークは防御貫通がついていたのか、生身でもグレートデーモンの攻撃に耐えるタンガが額を押さえて痛がっている。さすが賢者ケンジ、芸が細かい。
『死ぬことが無いと言ったのは、こちらの世界で肉体的死を迎えると魂が召喚陣へ保管されるからだ、召喚陣が残っている限り魂が保管され完全な死ではない』
『召喚陣へ保管ですか、以前に蘇生魔法でクラスメートを助けたことがあるのですが』
『それはまだ召喚陣へ魂が送られていなかったから成功したのです。私の解析によると召喚陣へ魂が送られるまで十分ほどのタイムラグがあると判明しました。つまり死後十分を過ぎれば聖女ヨシカの力を持ってしても蘇生は失敗するでしょう』
ケンジの癖である指二本で四角いメガネをクイっと持ち上げて位置を整えてから続きを説明する。
『召喚陣により召喚された人物の魂は肉体的死を迎えると召喚陣に保管される。これはこの世界に異世界の異物を入れない処置であり、善意で設けられた物ではない、パソコンのウイルス駆除と似たような発想の元、作られていた』
『あー悪いケンジ、頭の悪い俺にもわかるように説明してくれ』
『つまりこの世界で死ぬと、召喚陣の中に吸い込まれて帰るまで閉じ込められる』
『帰るまで、つまり私たちが日本へ帰れる方法があるってことだね』
『正解だヒカリ、その点に関してのみ国王は嘘を言っていなかった。悪魔王を倒せば俺たちは元の世界に帰れる。異世界より召喚するにあたり帰還まで組み込まないと召喚は成功しないと世界の法則で縛られていた。死んで魂だけで保管されているクラスメートも含めて全員、失った肉体も召喚陣に召喚時の情報が残っているので送還前に復元される』
『マジか、俺たちは帰れるんだ』
『ああ、契約が完遂された暁にはな』
日本へ帰れる。これはとても嬉しいことだ、隣に座るヒカリと目が合いつい微笑み合ってしまった。もし帰れたらヒカリやみんなを、心から信頼できる友達が出来たって母さんに紹介したい。
『帰る条件は悪魔王を倒す。難しいクエストだけど、今の俺達なら不可能じゃない』
この八人が一緒ならなんだってできる。
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